高齢化社会において認知症は増加の一途をたどっており、その予防は社会的にも重要な課題となっています。認知症の約3分の2を占めるアルツハイマー病は、遺伝的因子と生活習慣などの環境的因子が複雑に絡み合って発症します。その中で食事は、私たちが日常的に選択し、修正可能な環境的因子の1つとして注目されています。
本稿では、20年以上にわたり認知症の予防研究に取り組み、特に食品や食品成分に注目した研究を行ってきた山田正仁先生(国家公務員共済組合連合会 九段坂病院 院長、東京科学大学 特命教授、金沢大学 名誉教授)に、食による認知症予防の可能性についてお話を伺いました。

提供:山田正仁先生
アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβタンパクやリン酸化タウタンパクが蓄積することで神経細胞が障害されて、認知症の症状が現れる病気です。
アルツハイマー病の発症と進行には、遺伝的因子だけでなく、生活習慣などの環境的因子が大きく関与すると考えられています。たとえば、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、運動不足や不適切な食事といった生活習慣、うつ病、頭部外傷などは認知症のリスクを高めます。一方で、適切な運動、野菜・果物・魚の摂取、カロリーを控えた食習慣、知的活動、社会的活動などはリスクを下げる可能性があります。これらは実際に多くの疫学的研究でアルツハイマー病の発症と関連する環境的因子として示されています。そのため、世界保健機関(WHO)発行の「認知機能低下および認知症のリスク低減のガイドライン」や、2024年に公表された「認知症の予防や治療、ケアに関するランセット国際委員会の報告」でも、これらについて述べられています。
このように認知症には多くの環境的因子が関わっていますが、その中でも食事は生活習慣病など複数の危険因子に影響を及ぼす重要な因子です。
食事が認知症に与える悪い影響としては、ビタミンなど必須栄養素の不足、アルコールの過剰摂取による直接的な毒性が挙げられます。さらに食事の影響を受ける糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病も認知症の危険因子となります。また、食事による腸内細菌叢フローラの変化、口腔(こうくう)フレイルと呼ばれる咀嚼機能(そしゃくきのう)の低下による食習慣・食事内容の変化も、認知症の発症に関与する可能性があります。
一方、食品成分の中には抗酸化作用や抗炎症作用を持つものがあり、これらの作用は脳の保護に役立つ可能性があります。さらに、アルツハイマー病の発症に関与するアミロイドβタンパクやリン酸化タウタンパクが脳へ蓄積することを抑制する食品成分の検討も行われています。
食事が認知症に及ぼす影響は、これらのメカニズムが互いに関連し、複合的に作用していると考えられます。
食事による認知症予防については、これまで多くの研究が行われてきました。たとえば、抗酸化ビタミンを含む野菜や果物、オメガ-3系多価不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)、乳製品、緑茶、コーヒー、地中海食などの食事パターンと、認知症リスクの低下との関連を示す結果が報告されています。しかし、これらの研究結果の解釈には注意が必要です。それは、特定の食品を取る習慣がある人で認知症リスクが低かったとしても、それが食品そのものの効果なのか、その食品を取る人が持つ他の有効な生活習慣の影響なのかを区別できないためです。
そのため、特定の食品や食品成分の効果を明らかにするためには、それを用いたランダム化比較試験*による検証が必要です。実際には、食品そのものを偽物の食品と比較することは現実的でないため、食品成分や食品化合物をカプセルに入れ、プラセボ(偽薬)と比較する介入試験が行われてきました。これまでに、ビタミン類やミネラル、オメガ-3系多価不飽和脂肪酸、クルクミンなどのポリフェノール、カロテノイドなどが検討されており、個別の研究では有効性を示すものもありました。しかし、複数の研究を統合した解析結果を踏まえると「単独で認知症予防に役立つことが証明された食品成分はない」と山田先生は説明します。
一方で、特定の食品や食品成分ではなく、地中海食のような食事パターンの改善、食習慣・運動・認知トレーニング・血管リスクの管理といった包括的アプローチが、認知機能低下の抑制に有効であることが介入試験の結果として示されています。つまり認知症予防には、多領域にわたる生活習慣の改善が有効であると考えられます。
*ランダム化比較試験:研究対象者を2つ以上のグループにランダム(無作為)に分けて、効果を検証する研究手法
では、認知症予防に役立つ食事とは具体的にどのようなものなのでしょうか。これまでの研究結果から「特定の食品や栄養素を大量に取るよりも、さまざまな食品をバランスよく摂取することが重要」と山田先生は強調します。偏食があったり、年齢とともに食が細くなったりした場合には、不足する栄養素を補うため栄養補助食品の活用も有効です。さらに、しっかりかんで食べられるように、かむ、飲み込むなどの口腔機能を維持することも大切です。
一方、認知症予防をうたっている高価なサプリメントについて、山田先生は「科学的な根拠がない」と指摘します。偏食などで栄養素が不足している場合や、胃腸の手術を受けた人などで、栄養の吸収に問題がある場合を除けば、特定のサプリメントを摂取することで認知症を予防する効果は証明されていません。また食事は運動と一体のものです。適度に運動することで食欲が増し、夜はぐっすり眠って規則正しい生活リズムを作ることが期待できます。さらに、外出して社会的な交流を持ち、日々の楽しみとなるような活動の機会を作ることも重要です。
バランスの取れた食事と共に、適度な運動、十分な睡眠、社会参加などを組み合わせ、生活全体をよりよくしていくことが、現時点での認知症予防における最適解といえるでしょう。
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