認知症の介護をする方が大きな負担を感じやすいのは、暴言や徘徊などの行動・心理症状(BPSD)だといわれています。今回は、認知症の介護負担軽減への取り組みに尽力されている国立精神・神経医療研究センター病院 認知症センター長/認知症疾患医療センター長の大町佳永先生に、介護者の心のケアの重要性や、同院がある東京都小平市における活動について伺いました。
認知症とは、認知機能が持続的に低下して日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態を指します。主な症状として、中核症状であるもの忘れと、それに関連する行動・心理症状(BPSD)の2種類があります。
もの忘れが進行した場合、家族など身近な人にとってはショックがあることと思いますが、ご本人が穏やかに過ごせていれば介護の負担は比較的少なく済む可能性があります。一方、介護をする方にとって大きな負担となることが多いのがBPSDです。
BPSDは、もの忘れに対する不安などの心理的要因や、体の病気などの身体的要因、周囲の人の関わり方などの環境的要因といった、さまざまな要因が組み合わさった結果として現れると考えられており、その症状は多岐に渡ります。
たとえば、ご家族が特に困ることの多い症状に「怒りっぽさ」があります。攻撃的になり物に当たったり、人に暴力をふるってしまったりすることがあります。「無気力」になることもあり、以前はよく取り組んでいたことをしなくなり、家に引きこもってしまう場合があります。「徘徊」もご家族がよく心配する症状の1つです。患者さんは行きたいところがあって出かけるのですが、道に迷って遠くまで行ってしまうことがあります。多くはありませんが、お店のものを持ってきてしまうなど社会的ルールを守れなくなるケースもあります。失禁、不潔行為、夜間に就寝しない、幻覚や妄想に基づく不安や興奮といった症状が現れることもあります。
こうした症状は全ての認知症の患者さんにみられるわけではなく、環境や家族の接し方により軽くなることもあります。また、医師が家族や介護スタッフと検討して非薬物的介入(薬を使わないアプローチ)を実施したうえで、症状が改善しない際には、BPSDに対する薬物療法を検討することがあります。
2015年、認知症の患者さんを介護している方のためのオンライン自己学習プログラム「iSupport(アイサポート)」がWHO(世界保健機関)により開発されました。これは、認知症や介護についての知識、BPSDへの適切な対処の仕方などを身につけることを目的としたWEBアプリケーションです。介護する方のメンタルヘルス向上のため、リラクセーション、ストレッチや呼吸法、認知行動療法により不安や抑うつなどを改善するプログラムも組み込まれています。各国語版での展開が準備されており、日本では当院がiSupport日本版(iSupport-J)の開発に取り組んでいます。
私たちは「公益社団法人 認知症の人と家族の会」の協力を得て、日本人の文化的背景に合わせた日本版を作り、効果を検証するRCT(ランダム化比較試験)をインターネット上で行いました。国内の方に3か月間使用していただいた結果、介護負担や抑うつの改善傾向を認めることができています。
介護や仕事で忙しい介護者さんが多い中で、アプリケーションであれば好きなタイミングで利用できるのが利点といえるでしょう。介護者さんの知識や技術の獲得と、リラクセーションやメンタルヘルスの向上において、WHOが作った当初の目的どおりの役割を果たしていくことに期待しています。
介護者さんにとっての問題点は、1人で抱え込んでしまうところにあると考えています。介護者さんが疲れて余裕を失うと、患者さんにも余裕がなくなってしまいますので、自分の心をケアするための知識を得て心の健康も大事にしていただき、介護負担の軽減に生かしていただけたらと思っています。
また、正しい知識を得て介護の方法を少し変えるだけでも、負担感が軽減される可能性があると考えています。たとえば、患者さんに認知症であることを自覚してもらおうと懸命に説明するご家族もいますが、説明を受けても覚えられないのが認知症で、自尊心を傷つけてしまう可能性があります。患者さんの記憶がなくなっても、その人らしさや、さまざまな経験をして生きてこられた1人の人間であることを尊重し、得意なことや保たれている機能を上手に生かして「できることは自分でしてもらう」という接し方が、患者さんの自信につながることもあるでしょう。iSupport日本版をそのような工夫につなげていただきたいと考えています。
当院では、2016年7月に東京都より指定を受け、「認知症疾患医療センター」を開設しました。認知症を専門とする施設として、認知症に関する相談、診断・治療などの対応を行い、患者さんとそのご家族が安心して暮らせるようサポートしています。認知症に関する相談には看護師とソーシャルワーカーが対応しています。相談内容は幅広く「もの忘れ(認知症)外来への受診を悩んでいる」、「治療薬にはどのようなものがあるのか」、「BPSDにはどのように対応すればよいか」などさまざまです。
さらに、2017年4月には、認知症の診療や研究に関わる当院のスタッフの拠点となる認知症センターを設立しました。認知症疾患医療センターと連携しながら、診療や地域連携、よりよい認知症治療のための研究や治験を含め、当院の活動全体を円滑に回す役割を担っています。
認知症の患者さんや家族を地域で支えるための取り組みは各地で実施されています。当院と東京都小平市の地域連携の事例を紹介します。まず、市の認知症関連事業として年に10回開催している「もの忘れチェック会」があります。市民の方に参加していただき、簡単な質問票で認知症の疑いがあるかを確認します。診療の対象となる方には診療情報提供書をその場で発行し、受診やかかりつけ医への相談につなげています。診療の対象とならない方には、当院で実施している参加可能な研究の紹介も行っています。そのほか、医師による「もの忘れ相談会」や「認知症サポーター養成講座*」、小平市の認知症初期集中支援チームへの医師と認知症看護認定看護師の派遣、小平市の医療従事者向けの「認知症ブラッシュアップ研修」なども行っています。
当院独自の取り組みとしては、医師・栄養士・作業療法士・理学療法士による「脳とからだのいきいき健康プログラム」の運用を2024年2月に開始しました。これは、認知症予防について軽度認知障害(MCI)の方に学んでいただき、その後当院のデイケアや地域のカルチャーセンターを紹介するなどして患者さんが社会的に孤立しないようサポートする取り組みです。患者さんの中にはデイサービスに通っていない方も多いのですが、このプログラムによって早期介入し、その後の進行予防につながるよう生活指導に力を入れています。ほかにも、市外の方も参加可能な市民公開講座やオレンジカフェ(認知症カフェ)を、現地とウェブのハイブリッドで開催しています。
小平市や当院によるものだけでなく、全国でも認知症サポーター養成講座や認知症カフェは広く実施されていますので、自治体の広報誌やホームページで確認してみてください。
*認知症サポーター養成講座:厚生労働省が実施する「認知症サポーターキャラバン」における主な取り組みの1つ。認知症サポーター(認知症の人と家族への応援者)を全国で養成するための住民講座・ミニ学習会などのこと。
認知症の介護をしている方には、1人で抱え込まなくて大丈夫だということをお伝えしたいと思います。大変なことが多いと思いますので、認知症を専門とする施設など周囲にぜひ相談してください。自分を大事にしてリラクセーションの時間なども取り入れ、好きな時間を大切にしながら過ごしていただけたらと思います。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。