「もの忘れが増えたかも……」その小さな違和感は認知症のサインかもしれません。認知症は、早期発見して適切な対策を行うことで進行を抑えられる可能性があります。自分や身近な人が認知症かもしれないと感じたらどうすればよいのでしょうか。国立精神・神経医療研究センター病院 認知症センター長/認知症疾患医療センター長の大町佳永先生に、認知症の早期発見のポイントや予防のためにできる対策について伺いました。
認知症の早期発見のためには、普段の生活の中で、家族や周囲の方が小さなサインに気付くことが大事なポイントです。家族が気付きやすい認知症の兆候としては、たとえば料理をする方では、レパートリーが減る、味付けが変わる、段取りが悪くなる、食器をしまう場所が変わる、といったことが挙げられます。そのほか、外出時に小銭を使わずお札だけで支払うようになり財布がパンパンになっている、慣れた場所で混乱して道に迷うといった変化も、普段一緒に過ごしている方なら気付きやすいのではないかと思います。
反対に気付きにくいのは、もの忘れをご本人が取りつくろおうとする場合です。意図せずにお話を作ってまるで覚えているかのように話したり、物事がうまくいっているように振る舞ったりすることがあるため、年に数回しか会わない場合などは気付くのが難しいかもしれません。しかし、久しぶりに会ったときに、たとえば元々は綺麗好きで掃除もできていたのに家の中が乱雑になっている、冷蔵庫の中に賞味期限切れのものや同じ商品がたくさんしまってあるといった変化がみられたら、認知症のサインかもしれないと意識することが大切です。また、家族は誰も気付かなくても、職場ではスケジュールを忘れてしまうといった問題が生じていて、職場の方から指摘されている場合もあるでしょう。
認知機能は生まれてから成長とともにある程度上昇し、加齢に伴って60歳頃から少しずつ低下していきます。この認知機能が持続的に低下して、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態を認知症といいます。
認知症の前段階には、生活に支障をきたすほどではないものの以前と比べて認知機能が低下している、認知症とも正常ともいえないような中間の状態「軽度認知障害(MCI)」があります。最近では、そのさらに前の段階を「主観的認知障害(SCI)」*と呼ぶこともあります。
認知症で最も多いのはアルツハイマー型認知症です。次いで血管性認知症、レビー小体型認知症などが続きます。認知症を引き起こす背景にはさまざまな病気が隠れている可能性があり、もの忘れの多い方全員がアルツハイマー型認知症というわけではありません。中には、外科的な処置などによる治療が可能なタイプの認知症もあります。「忘れっぽいのは年のせいだろう」と捉えている方も多いかもしれませんが、気になる症状がある場合は、病院を受診して原因を調べることが大切です。
*主観的認知障害(SCI):客観的な認知機能の低下が認められる前の段階で、もの忘れを自覚している状態。
当院を訪れる患者さんの多くは「もの忘れ」をきっかけとして受診しており、同じ話を何度もする、物をしまった場所や予定を忘れる、人の名前や言葉を思い出せないといった記憶の問題に関する訴えをよく聞きます。そのほか、不安や気持ちの落ち込み、無気力・無関心になる、イライラして攻撃的になったり興奮したりする、存在しないはずのものが見えると言う、物を盗まれたと言うといった、行動・心理症状(BPSD)で受診されるケースもあります。こうした症状が気になって自ら受診されるのは、MCIや一部の軽度の認知症の方々です。
一方で、認知症が進行した方の場合、もの忘れをしている自覚があまりなく、ご家族が指摘しても「家族が変なことを言う」と話すなど、ご自身では症状を気にしていないことがよくあります。
もの忘れを自覚しても「精神科を受診するのは心理的なハードルが高い」という理由で受診をためらっている方も多いかもしれません。最近では、内科でも診断を行っている施設が多くあります。精神科でなくとも「もの忘れ外来」を設置している病院もあるので、ぜひ相談してみてください。
「認知症と診断されるのが怖い」と感じている方もいるかと思いますが、早期に受診するメリットはいくつかあります。たとえば近年では、アルツハイマー型認知症に対してMCIの段階から使用できる薬が登場し、適切な治療によって進行を遅らせることが期待できるようになりました。薬の適応の基準を満たすかどうか調べるためには、受診して検査を受けることが必要です。また、アルツハイマー型認知症以外の病気が原因でも、受診した際に正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫といった脳の病気、肝臓・腎臓・甲状腺などの病気、感染症などが見つかり、それらを治療することで認知症の症状が改善する患者さんもいます。
病院で問題がないかをチェックするだけでなく、認知症に関する知識を得て普段の生活に生かせば、発症や進行を遅らせることにつながると考えています。気になることがあれば、あまり心配せずに受診していただきたいと思います。
認知症の約45%は、認知症のリスク因子を取り除くことで進行を抑えられる可能性があると医学誌「The Lancet」で報告されています(2024年)。リスク因子としては主に、中年期からの難聴、高LDLコレステロール、うつ状態、運動不足、糖尿病、高血圧症、肥満など。加えて高齢期からは、社会的孤立の予防や白内障などの視力低下に対する治療が有効であることが挙げられています。
たとえば「社会的孤立」の対策としては、趣味の集まりやフィットネスクラブ、カルチャースクールのような場に行ったり、自分が好きなことに取り組んだりするなど、楽しいと思える活動をするのがよいと思います。一人暮らしでも交流を楽しみながら過ごしている方もいますが、家族と同居していても誰とも喋ることなく孤立している方や、体力が落ちてきたり、デイサービスのような場は苦手だと感じたりして、引きこもりがちになっている方もいるでしょう。なるべく自分に合った活動の場を探して参加することが、認知症の進行予防につながります。
そのほか、ウォーキングなどの有酸素運動をすることや、たんぱく質や野菜などを上手に取り入れてバランスのよい食事を心がけるのもよいことだと思います。糖尿病や高血圧症、脂質異常症などの治療もきちんと受けるようにしましょう。日頃から、健康を維持できるような生活を心がけることが大切です。
運動や健康的な食生活などを行うことで、MCIの段階であれば健常な状態に戻る可能性があるといわれています。近年ではアルツハイマー病によるMCIや軽度の認知症に対する「抗アミロイドβ抗体薬」も登場しており、当院でも導入しています。受診になかなか踏み切れない方もいるかと思いますが、今はさまざまな検査や治療が可能になっています。早めに受診して適切な対策をとることで、認知症になったとしても、なるべく長く認知機能を維持できる可能性がありますので、ぜひ勇気を出して受診していただきたいと考えています。
また、前述のような薬の開発は認知症の研究に参加された方々のおかげで実現し、現在もさまざまな研究が進んでいます。今後のさらなる研究・開発につながるよう、ご興味のある方は、当院をはじめ研究施設に引き続きご協力いただければ幸いです。
次回、「認知症の介護の負担軽減のために―1人で悩まず自分のケアも大切に」は6月下旬公開予定です。
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