連載小さな変化を大きな気付きに~MCIを知る

変わる認知症治療―「いつもと違う」を見逃さずに早めの受診を

公開日

2025年03月17日

更新日

2025年03月17日

更新履歴
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認知症はこれまで症状を緩和させる治療(対症療法)しかありませんでしたが、2023年から病気の根本にアプローチできる抗アミロイドβ抗体薬が日本でも使用できるようになり、アルツハイマー病の新たな治療選択肢として大きな期待が寄せられています。今回は、アルツハイマー病の原因の1つとされるアミロイドβの研究をリードしてこられた小野賢二郎先生(金沢大学大学院医薬保健研究域脳神経内科学 教授)に、抗アミロイドβ抗体薬の特徴や認知症治療の未来について伺いました。

先方提供

待望の新薬「抗アミロイドβ抗体薬」

認知症にはいくつかの種類があり、もっとも多くを占めるのが「アルツハイマー病」です。アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβやリン酸化タウタンパク質が集まり、かたまりとなって蓄積することで発症すると考えられています。これにより、はたらきが弱まった脳の神経細胞はやがて死滅し、脳萎縮が起こります。その過程で認知機能が障害されていき、軽度認知障害(MCI:認知症の前段階)を経て、認知症に至ります。

アルツハイマー病では、これまで「コリンエステラーゼ阻害薬」と「NMDA受容体拮抗薬」の大きく2つのタイプの薬が使われてきました。いずれの薬も、生き残っている神経細胞を守ることで、認知症の進行を緩やかにする効果が期待できます。ただし、これらは対症療法にとどまり、病気の根本にアプローチできる薬が長年望まれていました。そうしたなかで登場したのが「抗アミロイドβ抗体薬」です。

抗アミロイドβ抗体薬は、アルツハイマー病の原因の1つとされるアミロイドβを取り除く作用があり、点滴で投与する薬です。2023年にレカネマブ、2024年にドナネマブという薬が登場しており、両者は作用するターゲットに少し違いがあります。

アミロイドβは、モノマー、オリゴマー、フィブリル、プラークの順に変化し(同一経路にあるかは依然不明)、段階を経るごとに大きなかたまりになっていきます。レカネマブは、フィブリルになる手前の状態である「プロトフィブリル」を主なターゲットとしています。一方、ドナネマブがターゲットとするのは、最終段階である「フィブリル」で、そのうちピログルタミル化という変化を受けたアミロイドβのフィブリルに選択的に作用して効果を発揮します。

適応はアルツハイマー病による「軽度認知症」と「MCI」

抗アミロイドβ抗体薬による治療の対象となるのは、アルツハイマー病によるMCIまたは軽度の認知症と診断された方です。適応を判断するためには、MMSE(ミニメンタルステート検査)やCDR(臨床認知症評価尺度)という評価法を用いて認知機能や重症度を判定します。そのほか、アミロイドβが集まっている状態(アミロイド陽性)を確認するアミロイドPET検査や脳脊髄液検査も行います。なお、抗アミロイドβ抗体薬には、特に注意すべき副作用として注入時のアレルギー反応やARIA(アミロイド関連画像異常)があります。ARIAとは、脳からアミロイドβが除去される際に生じる脳内の浮腫や出血など、画像で確認できる異常所見のことです。こうしたリスクを考慮して治療前にはMRI検査を行い、脳に一定以上の出血が見つかった場合には、この薬の使用を避けるべきとされています。そのほか、抗アミロイドβ抗体薬の投与によって頭痛やめまいを起こす方もいます。

MCI症状チェック―早めの対策が大切

抗アミロイドβ抗体薬は進行したアルツハイマー病には使えないため、早期の受診と診断が治療につながる鍵となります。

また、MCIから認知症に移行する割合は1年で約5〜15%とされる一方で、約16〜41%はMCIから認知機能が正常に戻る可能性があるといわれています。運動や認知トレーニングなどによって認知機能を維持・改善できる可能性があるともいわれており、MCIの段階から対策を始めることが重要です。

気づいたら行動に移せるよう意識しておきたいMCIの症状として、何度も同じことを尋ねる、何度も同じ話をする、ものを探し回ることが増えるなどが挙げられます。認知症では、特に近時記憶(数分〜数日以内の記憶)に障害が起こりやすいとされているので、こうした症状には特に気をつけていただきたいです。そのほか、料理の趣向や味つけが変わる、家電製品の使い方に戸惑う、電車の乗り継ぎがわからなくなる――なども特徴的な症状です。自分や家族に「いつもと違う」「何かおかしい」と感じる状況が増えてきたら、早めにかかりつけ医に相談いただくことをおすすめします。

レカネマブの作用に関する新たな発見

2025年1月、私たち金沢大学の研究チームは、レカネマブについて新たな発見をしたことを発表しました。レカネマブがプロトフィブリルをターゲットとすることは先に述べたとおりですが、プロトフィブリルの存在を直接確認できる方法はこれまでにありませんでした。そこで私たちは、患者さんから採取した脳脊髄液中のレカネマブに結合するプロトフィブリルの量を特定するという手法で、プロトフィブリルの計測に初めて成功しました。これにより、アミロイド陽性のMCI段階からプロトフィブリルが増えてくることが確認され、病気の初期からレカネマブを投与することが重要であるとの確証が得られたのです。

また、レカネマブを投与する前後でプロトフィブリルを計測し、併せて認知機能の推移などを観察すれば、どのような患者さんで効果が得られやすいのかも明らかになっていくでしょう。さらに、レカネマブ、ドナネマブに続く新たな抗アミロイドβ抗体薬が登場してきたときに、患者さんごとに適した抗アミロイドβ抗体薬を選択できる“オーダーメイド治療”につながっていくことも期待しています。

認知症治療の未来―広範なサポートが重要に

抗アミロイドβ抗体薬が登場し、認知症治療は1つの大きな変革期を迎えたと思います。しかしながら、現在のところレカネマブもドナネマブも認知機能の低下を抑制できるのは3割ほどにすぎません。アルツハイマー病の発症にはアミロイドβ以外にも、リン酸化タウタンパク質、脳内の炎症、酸化ストレスなど、多種多様な因子が関与していると考えられているので、アミロイドβだけを攻撃しても完全に治るわけではないのです。今後は、より高い効果が期待できる抗アミロイドβ抗体薬や、ほかの因子にアプローチする治療薬の開発が課題となっていくでしょう。また、レカネマブ、ドナネマブは血液脳関門(脳組織への物質の侵入を制限するバリア機能)を通過しづらく、薬を脳の患部に届けることが難しいといわれています。選択的に血液脳関門を通りやすくすることで安全性と利便性を兼ね備えた薬の登場にも、期待を寄せています。

また、抗アミロイドβ抗体薬は全てのアルツハイマー病の方に使えるわけではないため、これまで使用されてきたコリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬も、大切な治療選択肢であることに変わりはありません。最近、アルツハイマー病に伴うアジテーションに適応となったブレクスピプラゾールなど、認知症による混乱や不安から行動心理症状(BPSD)が現れた際に使われることがある向精神薬をはじめ、認知症に対して新たに使える薬も増えています。介護するご家族を含めた社会的サポートも大切ですし、予防の観点から食事や運動、睡眠に目を向ける必要もあるでしょう。

私たちは長いスパンで認知症を捉え、予防から始まり、病態の研究や新たな治療薬の開発、先進的な診療まで幅広く取り組んでいます。多くの研究成果を国内外に広く発信し、診療と研究の両面から認知症関連分野の進展に貢献していきたいと考えています。

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