連載小さな変化を大きな気付きに~MCIを知る

施設入居後に続く「家に帰りたい」の訴え、鎮めた秘策とは――認知症患者ルポ第4弾

公開日

2025年12月15日

更新日

2025年12月15日

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2025年12月15日

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社会の高齢化に伴い増加の一途を辿る認知症、最近では「認知症になる一歩手前の状態」、MCI(軽度認知障害)への関心も高まっている。一人暮らしをしていた鈴木千恵さん(80)(仮名)の自宅はゴミであふれ近所からの苦情が絶えなかったが、熱中症による救急搬送をきっかけに、ようやく介護付き有料老人ホームへ入居することができた。数々の難題を乗り越え、千恵さんを支え続けてきた弟の田中健一さん(78)(仮名)とその妻美智子さん(75)(仮名)はこれでようやく一息つけると思ったが……。「知らなかった」で後悔してほしくない――シリーズ・小さな変化を大きな気付きに~MCIを知る、家族の視点からみた認知症患者さんのルポ第4弾。

「災い転じて無事施設へ、もしも発症していなければ――認知症患者ルポ第3弾」から続く

施設に入れて一件落着と思ったが……

「千恵さんが熱中症で倒れて救急車で運ばれたときはどうなることかと思ったけど、結果的にはよかったのかもしれないわ。救急車で搬送された病院の先生がとても親身になってくれて、『認知症のため一人暮らしはもう無理です』って意見書を書いて、本人にもかなり強く説明してくれたのよ。そのおかげでようやく施設に入れたんだもの。これで私たちも少し落ち着けるかしらって思ったんだけど……」

美智子さんは2024年の夏をそう振り返った。その2年ほど前から、健一さんと美智子さんは毎週のように片道2時間かけて千恵さんの自宅に通っては、室内外にため込まれたゴミの山を片づけていた*。そのさなかに千恵さんは、熱中症がきっかけとなりようやく介護付き有料老人ホームに入所できたのだ。しかし、ほどなくして健一さんの元に施設のスタッフから困惑した様子の電話が入る。

「『千恵さんが“家に帰りたい”と訴え続けていて……』と相談されてね。私たちはゴミだらけの家から抜け出せて本当に安心したけれど、千恵さん本人にとってはやはり長年住み慣れた自宅のほうがよかったんだよね」

認知症の症状によって、千恵さんは新しい環境である入居した施設を自分の住まいとして記憶することが難しくなっていたのだ。

*室内やベランダ、庭などにゴミが散乱して片づけられず、悪臭や異臭、害虫が発生する「ゴミ屋敷」は認知症によって引き起こされる代表的な社会問題で、「セルフネグレクト(自己放任)」とも呼ばれる。

言ってだめなら手紙で……読むことで状況整理が可能に

「千恵さんは施設の中は自由に移動できるから、思い立ったら受付にいるスタッフのところに行って、わーっと思いのたけを話し続けちゃうんだよ。口調も強いし、話が途切れないから他の仕事ができなくて、施設の方も本当に困っちゃってね。私たちも何度も施設に面会に行って、千恵さんにその都度説明したんだよ。でもその場では理解した様子でも、私たちが帰るとまた『家に帰りたい』が始まっちゃってね」と健一さんは言う。

これまでも、自宅にため込まれた大量のゴミの片づけ、認知症の診断書を取るための病院への受診、資産を把握するための銀行とのやりとりなど、一つひとつの段階で千恵さん本人の説得には途方もない時間と労力を費やしてきた。どうしようかと思案した結果、健一さんは1つの方法を思いつく。

「口で説明してだめなら、紙に書いて渡しておこうと思ってね。千恵さんでも読みやすいように、太いマジックを使って大きな字で手紙を書いたんだよ」

A4のコピー用紙4枚にわたる“健一から千恵さんへ”と題した手紙には、▽熱中症で倒れて施設に入居するまでの経緯▽誰が施設への入居を決めたのか▽以前の家で一人暮らしをすることができない理由▽施設で暮らすことが現状ベストの選択であること……が、簡潔に分かりやすく記されている。

「それを施設のスタッフに1部預けたんだ。『千恵さんが “帰りたい”と言ってきたらこれを渡して読んでもらってください』と伝えてね」

今も千恵さんは時折「家に帰りたい」と訴えるものの、施設のスタッフは健一さんからの手紙を読んでもらうことで、千恵さんを落ち着かせることができるようになった。文字として読むことで、自分が置かれた状況を整理することができるようになったのだろう。

取り戻しつつある日々の暮らし

2人は安堵の表情で最近の千恵さんの様子を語る。

「施設での生活にも少しずつ慣れてきたみたいよ。最近はね、施設に来てくれる美容師さんにヘアセットをしてもらうのが一番の楽しみみたい。面会に行ったときに『千恵さん、素敵な髪形じゃない』ってほめるとうれしそうよ」

「施設のスタッフと一緒に、近くの公園まで散歩に行くこともあるんだよ。千恵さんは生け花が趣味で自宅の庭でも植物を育てていたから、外に出ると気分が晴れるんだろうね」

かつては生け花をたしなみ、身ぎれいにしていた千恵さん。認知症によって失われていたかのように見えた千恵さんらしさが、安全な環境の下で少しずつ顔をのぞかせ始めているように思える。

2人が何かおかしいと気付いたとき、すでに千恵さんは認知症を発症していたと思われるが、実は認知症には「一歩手前の状態」がある。それは軽度認知障害(MCI)と呼ばれ、本人や家族が自覚できる程度の認知機能の低下がみられるものの、基本的な日常生活は問題なく送れている状態を指す。認知症との大きな違いは、「自立した生活が送れているかどうか」だ。1年間で約5~15%の人がMCIから認知症に移行するが、約16~41%の人は正常な状態に回復することが分かっている。科学的な効果が認められた対策としては、生活習慣病の改善、適度な運動、バランスのよい食事などが挙げられる。

「あそこまでひどい状況になる前にもう少し早く気付けていれば、ちょっと違ったのかもしれないけどね。でも、よい施設に入れたから、やっと私たちも少し気持ちに余裕が出てきたような気がするよ」

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