日本では65歳以上の高齢者が総人口の29.3%を占め(令和7年版高齢社会白書より)、世界に類をみない超高齢社会に直面しています。腎臓、膀胱、前立腺などの病気を扱い、高齢の患者さんが多い泌尿器科を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。2025年度に日本泌尿器科学会の理事長に就任された久米 春喜(くめ はるき)先生(東京大学大学院医学系研究科泌尿器外科学分野 教授)に、泌尿器科領域が直面している現状、日本泌尿器科学会が果たすべき課題、泌尿器科の魅力についてお話を伺いました。
現在、日本は高齢化の進行に直面しています。泌尿器科の患者さんは多くが高齢者であり、泌尿器科を受診する患者数も年々増加しています。一方で、高齢者は体力や認知機能の個人差が大きく、周囲のサポートなど社会的背景も千差万別です。さらに、糖尿病や高血圧症といった併存疾患を抱える方も多くおられます。こうした高齢者の多様性・複雑性に対応しなければならない診療科であるというのが、現代における泌尿器科の大きな特徴であり、課題となっています。高齢者に対して適切な医療を提供するために、学会として、個別の状況を丁寧に評価する「高齢者総合的機能評価」といった評価方法の普及・定着などに取り組んでいきたいと考えているところです。
もう1つ、泌尿器科領域において課題と感じているのが、小児泌尿器科、感染症といったいわゆる境界領域を専門とする泌尿器科医が減少していることです。高齢化に伴って泌尿器系のがんの患者さんは増えているので、がん診療はもちろん重要です。しかし境界領域もしっかりとカバーすることが必要で、このことに私は危機感を持っています。
ほかにも、泌尿器科領域には解決しなければならない多くの課題が山積しています。私は、日本泌尿器科学会の理事長として今後特に力を注ぎたい5つの課題を掲げています。
1つ目は「大学病院・地域中核病院のあり方の見直し」です。大学病院・地域中核病院は、医学教育や医学研究といった使命を果たす必要がありますが、病院経営の悪化に伴って診療業務への注力を余儀なくされています。そのため、教育・研究に十分な時間を割けていないのが現状です。現に研究を行っていない助教がかなりいることが問題になっています。この状況が続けば、日本の国際競争力の低下につながる恐れがあるでしょう。他の学会とも連携し、本来の大学病院・地域中核病院のあるべき姿について、国と協議していきたいと考えています。
2つ目は「安全で質の高い医療技術の提供」です。ロボット支援手術など医療技術の進歩・普及により、従来は困難だった手術もできるようになっている一方で、技術の進歩ゆえに起こりうるインシデントもたびたび報告されています。医療技術を安全に提供するための体制整備に取り組んでいきます。
3つ目は「国際交流の支援」です。コロナ禍で停滞した国際交流は、回復しつつあるものの、以前のレベルには戻っていません。特に若手の医師は、日本から飛び出して海外の研究者と積極的に交流することが大切だと私は感じています。意欲と実績を備えた若手医師が、国際学会などの場で経験を積めるように学会として支援していきたいと思っています。
4つ目は「新専門医制度に関する協議の推進」です。2018年度から開始された新専門医制度は専門医の質の担保や地域偏在の解消などを目的とした制度ですが、解決すべき課題が多く存在します。たとえば、新専門医制度の開始に伴い導入された「シーリング制度」は、医師の地域偏在・診療科偏在を解消するために、専攻医の採用数に上限(シーリング)を設けるものですが、果たしてこれでよいのかという議論は今後も続けていかなければならないでしょう。シーリング制度は医師によっても意見が大きく分かれているなかで、泌尿器科学会としての意見を統一し、制度のよりよいあり方について、日本専門医機構および厚生労働省と継続的な協議を行いたいと思います。
5つ目は「泌尿器科領域のダイバーシティの促進」です。これは私自身、特に注力していきたいと考えていることです。2025年現在、日本泌尿器科学会には2名の女性理事が在籍しています。これらの理事は女性枠を設けたうえで選出したのですが、本来なら女性枠などを特別に設けなくとも、より多くの女性医師が学会の中枢で自然と活躍できるような環境であるべきだと考えています。しかしながら、学会の理事になるためには、大学病院や大学院で講師や准教授、教授などの職についていなければならず、そうした女性医師はまだ少ないのが現状です。女性の泌尿器科医は年々増えてきているので、これからは女性医師もキャリアを築いていけるような根本的な環境整備を進めていきたいと考えています。
医学生時代、どの診療科に進もうか悩んでいたときに「弱い立場にいる人の役に立ちたい」という思いを抱き、高齢者を診療する機会の多い泌尿器科を選びました。泌尿器科の魅力の1つは、1人の患者さんを長く診療できることです。たとえば、呼吸器内科と呼吸器外科といったように、多くの診療科では内科/外科で役割分担をしています。対して、泌尿器科は内科的な診療も外科的な診療も行うため、診断から手術、手術後のフォロー、抗がん薬治療、そして最期の看取りまで一貫して担当します。現在、私が診ている患者さんの中にも、60歳代から約25年、ずっと診療を続けている方がいらっしゃいます。患者さんの人生のさまざまな局面を共に歩ませていただくことは非常に貴重な体験で、泌尿器科の診療の醍醐味だと感じています。
また、泌尿器科は腎臓、膀胱、前立腺など多様な臓器を扱い、それぞれのがんの性質もまったく異なります。さらに、腎臓は肝臓・膵臓・脾臓と近接しているため、消化器外科の知識が必要となったり、前立腺・膀胱は直腸や子宮と隣接しているため、消化器外科や婦人科の医師と共同して大規模な手術を行ったりする場合もあります。診療で扱う範囲が広く、幅広い知識を求められることはとてもやりがいがあり、それも泌尿器科の魅力なのであろうと思います。
1912年の設立以来110年以上の歴史を持つ日本泌尿器科学会は、現在会員数が1万人を超えています。超高齢社会という時代において、泌尿器科領域が解決すべき問題は数多く積み重なっています。私は理事長として、さまざまな立場の方から頂く多様な意見をまとめ、これらの課題に前向きに取り組んでいきます。さらに、泌尿器科の存在意義を示し、泌尿器科医がそれぞれの職場で働きやすい環境を作ることで、最終的には国民の皆さんに、よりよい医療が提供できる体制を作りたいと思います。
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