日本医師会はかねてから、これまでに経験したことのない感染症流行に備えて日本版の疾病対策センター(CDC)を創設するよう、国に要請してきました。今回の新型コロナウイルスの国内流入は、まさにCDCの機能が必要とされる事態です。横倉義武・日本医師会会長へのインタビュー後編では、日本版CDCに期待される役割、新型コロナウイルスで医療崩壊をきたさないために国民ができることなどについて聞きました。【編集部】
――必要な人がきちんと検査を受けられるようにするために必要なことは?
横倉会長 新型コロナウイルスに感染した患者の80%は軽症です。これまで、医療が必要な感染者数をできるだけ少なくし、医療提供の許容範囲の中に押さえ込んできました。その状態を維持するには、残り20%の重症化する可能性がある患者の早期発見が大切です。そのために、疑いのある人はきちんと検査をしてもらえる体制を確立してほしいと、国や地方自治体に要請しています。
相談を受けたかかりつけ医が、肺炎で疑わしいケースがあるのでPCR検査をさせたいと思っても、簡単に検査を受けられないという地域がまだあります。
検査をするための検体採取は、綿棒でのどや鼻の奥の粘膜を採取します。医師の2次感染を防ぐために、検体採取時には(0.3μmの微粒子を95%以上取り除くことができる)N95マスクや、顔全体を守るフェイスガードを装着する必要があります。ところが、そうした医療資材が圧倒的に不足していて、診療所などで検体を採取するのは事実上不可能です。私たちとしては、各都道府県に「発熱外来」のようなものを設置し、そこで一元的に検体採取をしてほしいと要請をしているところです。
――今年はインフルエンザの検査も控えている診療所が多いとききます。
横倉会長 防護の重要性は、インフルエンザの検体採取でも同じです。採取中に患者がせきをして、その患者が新型コロナ感染者だったら、医師も感染してしまいかねません。ですから、今シーズンは臨床症状で診断がついたら、それでインフルエンザの治療をしてはどうかと通知しています。インフルエンザにはワクチンも薬もありますが、新型コロナにはありません。それだけ用心する必要があります。
――現時点、あるいは近い将来の検査、治療体制としてはどのようなことが想定されますか。
横倉会長 先ほど言ったように、行政が「発熱外来」を作り、きちんと防護をしたうえで集中的に検査をする。来る人には全員体温を測り、マスクをしてもらい、外来の部分で発熱と「接触者」の検査をします。症状がない陽性者も出るでしょう。そういう人は自宅もしくは簡易宿泊施設を用意して一定期間入ってもらい、ウイルスが出なくなるまでは、かかりつけの医師に健康管理をお願いします。
せきや熱などの症状がある人は、地域の中核病院など包括的なケアができる病院に収容。そして、重症・重篤化した患者は特定機能病院など限られた施設で診るというように、患者の階層化が必要になってくるでしょう。
軽症者の療養施設をどうするのかという問題については、開催が延期になったオリンピックの選手村をあてるということも考えてはどうでしょうか。オリンピック開催中は1万8000のベッドが入ることになっていました。そうして、病院のベッドは重症の人のために空ける。1人でも多くの患者の命を救うために検討に値すると思います。
――徐々に感染が広がる中、医療関係者は最前線で感染のリスクも高まっています。医師の感染、医師からの感染拡大を防ぐために必要なことは?
横倉会長 地域を守るためにある程度頑張らなければならないという事情はあるにせよ、まずは、医師であっても体調が悪い時には仕事を休むことが大事です。現場の医師は防護服などがない中で診療をせざるを得ないという、つらい状況にあります。感染リスクを負いながら懸命に診療を続けている医師が万一感染しても非難されることがないよう、国民の皆さんにご理解いただきたいと願っております。
――国民の立場からできることはありますか。
横倉会長 先ほどもお話ししたように、マスクや防護服、フェイスシールドなどが不足しています。日本医師会としては、国に対して早急に配備できるよう、配慮を要望しているところです。ただ、現実としては、大学病院でさえ確保できていません。こうしたものはほぼ中国製で、ヨーロッパ、アメリカでも不足しているので取り合いになっています。
そこで、エレベーターや電車などの密閉空間での不安な気持ちは当然でしょうから、そういう場では、国民の皆さんは布製のような繰り返し使えるマスクを使っていただき、使い捨てのサージカルマスクは、医療機関に優先的に回るようにご配慮をお願いできればと思っています。
――日本医師会は以前から「日本版CDC(疾病対策センター)」の創設を要望してきました。今回の感染症拡大により、その必要性は高まっているのではないでしょうか。
横倉会長 アメリカのCDCは感染症対策の総合研究所で、健康や安全に対する脅威から国民を守ることを役割として24時間体制で活動しています。
いわゆる「日本版CDC」は、新しく作るものではなく既存の組織を活用して感染症に対する危機管理機能を持たせ、国民に有益な健康情報を提供していくという考え方です。日本には今でも、国立感染症研究所、日本医療研究開発機構、国立国際医療研究センター、国立保健医療科学院というしっかりした組織が存在しますが、機能的に一緒に動くことはありません。また、今回のような災害級の感染が発生した時に、司令官として全体をまとめられる危機管理の専門家もいません。日本版CDCは、平時はそれぞれが通常の活動をしつつ、有事には全体を統括するトップの下、これらの組織が力を合わせて対応する、というイメージです。
私たちが考えているのは「オール・ハザード・アプローチ(全災害対応)」の組織。感染症だけでなく自然災害にも対応し、危機の際にはヒトの健康と命を守るための情報を提供し、研究を加速させ、解決策を提示する、という組織にすべきと考えます。
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