新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療で、ECMOが注目されています。ECMO治療に関しては、日本には1400台以上の装置があり、それを支えるスタッフも含めて世界でもトップクラスの水準にあります。ECMOとはどんな治療で、どのように普及してきたのでしょうか。日本のECMO開発と研究の中心となってきた大阪大学心臓血管外科の澤芳樹教授に、日本が歩んだ“ECMO先進国”への道のりや、COVID-19治療に果たす役割などについて聞きました。
ECMOはCOVID-19に対する“最終手段”ではなく、積極的な治療手段です。しかるべきタイミングで迅速に導入・維持できれば、自分の免疫の力で回復できる人は治ります。タイミングとしては、人工呼吸器で100%の酸素を入れても酸素交換ができなくなった時です。ただし、喫煙者や過去に肺炎などにかかり肺にダメージがある人、糖尿病や高血圧などの基礎疾患があって体力的に弱い人は、回復するための力が足りないかもしれません。そこの差がECMOで助かるかどうかの境目ではないでしょうか。回復は難しいかなと思った患者さんが、3週間ECMOを回したら、少しずつ良くなってきたというケースもあります。
今のところ国内では、COVID-19でECMO治療を受けた人が75人。治療終了した人が36人で、内訳は回復が25人(69%)、死亡が11人(31%)、残る39人が治療継続中です(4月12日現在、日本集中治療医学会などの集計)。
COVID-19が重症化すると肺が機能しなくなり、さらに進むと「急性呼吸窮迫(きゅうはく)症候群(ARDS)」になります。そこに進む前で、ウイルスが悪さをしている間ならば効く薬があるかもしれませんが、ARDSまで進んでしまうとそこからは患者さん個人の免疫の力で戦って勝つしかなくなってしまいます。その間の生命維持をサポートするのはECMOしかありません。日本はデバイスの面でも扱う技術の面でも進化しています。
ECMOとは「extracorporeal membrane oxygenation(体外式膜型人工肺)」の略で、肺がダメージを受けて機能せず、人工呼吸器で高濃度の酸素を肺に送り込んでも酸素交換ができないときに呼吸を補助する「人工肺装置」です。肺で酸素を取り込んだ血液は、心臓から全身に送られ末端の組織にまで酸素を届けます。代わりに、“排気ガス”の二酸化炭素を受け取って肺に戻ります。肺は、この二酸化炭素を血液から取り除き、酸素を取り込ませます。このやり取りを「酸素交換」といいます。
ECMOには2つのタイプがあります。1つは肺の機能だけを代替するもので「V-V ECMO」、もう1つは肺と心臓の機能を肩代わりする「V-A ECMO」と呼ばれるものです。V-V ECMOは静脈から抜き出した、酸素が少なく二酸化炭素を多く含む血液を、酸素交換の後に静脈に戻します。その血液を心臓が全身に送り出すことで、肺を休ませることができます。一方のV-A ECMOは、静脈から血液を取り出し、同様に酸素交換した血液を肺と心臓をバイパスして動脈に戻すので、肺と心臓両方の負担を軽減することができます。
ECMOを使うことが、薬のように傷んだ肺に効くわけではありません。呼吸のたびに膨張と収縮を繰り返し休むことなく酸素交換を続ける肺が“休む”と死んでしまいますが、ECMOがその機能を肩代わりして休ませ、人間の体に備わった回復する力を手助けするのです。例えていうなら、普段健康な人が発熱した時、ゆっくり休んでいれば自然と熱が下がって健康を取り戻せるのに似ています。
日本でECMOの本格的な研究と導入は、大阪大学医学部附属病院の心臓外科から始まりました。2000年ごろ、心臓のポンプ機能が損なわれて十分な血液を送り出せなくなる「ショック状態」から救う簡易なシステムとして、「経皮的心肺補助装置(PCPS=percutaneous cardiopulmonary support)」を開発しました。先ほどお話ししたV-A ECMOと同じものです。
開発とはいっても、最初は院内にあった人工心肺用のポンプと人工肺を組み合わせてワゴンに乗せた自家製の機械でした。2002年には国内の医療機器メーカーが装置を製造して売り出し、普及が始まりました。
最初は、PCPSで短期間維持をして人工心肺に乗り換えるというコンセプトで心臓外科から始まり、循環器内科でも使われるようになり、次に救急外科に広がりました。こうしたメンバーが中心となって研究を続けてきました。そのような経緯から、日本では主にPCPS=V-A ECMOの装置が発展してきましたが、酸素交換した血液を戻す血管の違いでV-V ECMOとしてももちろん使えます。今、日本には1400台余りのECMO装置があります。それを使いこなせる人材もそろっているということです。
ECMOは、機械を入れたからすぐに使えるというものではありません。普段の運用には、臨床工学技士や看護師のサポートも必要で、スタッフの習熟がなければ動かせません。そうした部分も含めて諸外国と比べてもけた違いに充実しています。これは過去20年にわたって積み重ねてきた研究の歴史があったからこそです。
体外に血液を取り出すような装置は、最初に回路から空気を抜くのが大変で、それがうまくいかずに血管に気泡が入りこむと致命的です。日本のメーカーは最初から、時間がかかる抜気を自動でやってくれるようになっていたので、3~5分で回し始めることができます。心停止した患者でも、心臓マッサージをしながら準備をして5分後にはスタートできるので、救急現場でも使いやすいということも普及の後押しになりました。最初のころは合併症も多くて大変だったのですが、そうやって経験を積み重ねてきたことが、この状況で役に立つのだと思います。
日本では、機械がよかった、医師が熱心だった、実績が上がってきた――といういくつもの要素があって、ECMOがこれだけ普及したのです。
回復してECMOから離脱できるまでの期間は人それぞれですが、うまく回せば3~4週間はつないでいられます。実績と経験の積み重ねがあるので、長期の使用もできるのです。先ほどの数字で、離脱した人の7割が回復しています。ECMOを使わなければならないのはかなり重篤なケースで、肺が機能しなくなるまで悪化しているということですが、そこから7割の人を助けられるのはすばらしいことだと思います。
今のところ全国1400台のECMOのうち、COVID-19で使われているのは離脱した人を除けば40台ほどです。この困難を乗り越えるためには、医療崩壊を回避しECMOで助かる人に適切な医療が届く状態を維持していくことが大切です。
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