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連載特集

人類の進化とパンデミック~新型コロナについての科学的・哲学的考察

公開日

2020年07月28日

更新日

2020年07月28日

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2020年07月28日

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日本医学会連合/日本医学会 会長、門田守人先生が読み解くコロナと人類史

世界に広がる新型コロナウイルスの猛威は、衰える気配すらありません。日本でも7月に入ってから再び感染者が増加傾向に転じ、終息への道筋はいまだ闇の中です。しかし、歴史に目を向ければ、人類は何度も感染症のパンデミックを経験してきました。そうした歴史から何を学び、今回の新型コロナにどう向き合えばいいでしょうか。日本医学会会長、門田守人先生が人類史から読み解きます。

繰り返し現れる“はやり病”

人類の歴史を振り返ってみると、今回のコロナと同じようなことは何度も起こっています。いわゆる「スペイン風邪」、14世紀にヨーロッパで猛威を振るった「黒死病(ペスト)」、コレラ、天然痘……。歴史に残っているだけでも、コロナ以上に悲惨な“はやり病”はいくらでもありました。

現生人類の歴史は、サルから枝分かれしてから600万年、ホモサピエンスに進化してから20万年ぐらいとみられています。これだけの歴史の中では、さらに多くの「死に至る病」が繰り返し人類やその祖先に襲い掛かったことは、想像に難くありません。中には、孤立した集団全員を死に至らしめ、誰にも気づかれないまま現れ、消えていったこともあったでしょう。

中世のペストでは、当時の世界人口の4人に1人が死亡したとも言われ、それによる人口減少が社会の在り方を変えるほどの影響をもたらしました。今回の新型コロナでそこまで多くの人が亡くなることはないにしても、かつての疫病と同じように社会が変わるきっかけになるのではないでしょうか。「早くコロナが終息して以前の生活に……」などと言う人がいます。しかし、コロナが終わっても、もう元の世界には戻らない、戻れないのではないでしょうか。

地球のイメージ画像
写真:Pixta

互いに寄生しあう生命

「疫病と世界史」という本(ウィリアム・マクニール著、中央公論新社、2007年)によると、地球上のありとあらゆる生物は互いに寄生しあって共生している、とあります。

寄生には、ヒトと腸内細菌のような「ミクロの寄生」が一方にあります。普段は互いに助け合っているのですが、時々、変異によって、例えば病原性大腸菌のような脅威になるものが生まれてきます。遺伝子の変異というのは、自然界では常に起こり得るものです。

もう1つ「マクロの寄生」もあります。これは、例えば狩猟生活から農耕をするようになり格差が生じたら、お金や力を持つ者が王様や殿様になります。彼らは自分では農耕をせず、「自分たちが守ってやっているから」と領民に作物を上納させます。あるいは、かつてヨーロッパの国々が侵略によって植民地を広げ、そこから資源や食料などを自国に持ち帰りました。これらの行為がマクロの寄生です。

ミクロとマクロの寄生は、地球上に生物が生まれてから何千万年、何億年と繰り返され、人間もずっと、互いに寄生し寄生されながら存在してきました。ところが、われわれはそれを知ろうとしませんでした。病気になったら、ウイルスや病原菌が悪いといいます。しかし人類も地球の一部、自然界の1構成員と考えれば、病原体が現れるのもまた、自然の摂理として受け入れるしかないのではないでしょうか。

ウイルスによる感染症は何も治療をしなくても助かることも多いのです。過去の歴史で出現したウイルスに対して、医療のない時代の方が長かったわけです。それでも、生き残るものは残り、一方で残念ながら助からないものもいました。そうして生き残ったものが新たな方向に進むことを、われわれは「進化」と言っているわけです。それがいいか悪いかではなく、そのような歴史を繰り返した結果、現在があるのです。

何百万年もの進化の過程でずっと付き合ってきた感染症というものをどう考えるか、近視眼的になっては、本質を見失うでしょう。

コロナが終わったところで、これからも同じような事態が起こる、未知の危険なウイルスや病気が出現することを前提に生活しなければなりません。

長い流れの中で、改めて本来あるべき姿を見直さなければなりません。

人類が作り出してきた「密」

別の観点から、人類の歴史を見てみましょう。

今、コロナの拡大を防ぐために「3密を回避しましょう」と言っています。ところが、人類は自ら「密」を作り出してきました。狩猟生活から農耕生活に移って定住を始めた時、集落ができました。農耕で貧富の差が出ると、権力者の支配する農地にはより多くの人が集まりました。さらには産業革命が起こって都市に人が集まるようになりました。

日本でも江戸時代までは藩ごとに全国に散らばっていましたが、明治維新以降は新しい文明を取り入れて東京を中心に密集が起こり、第2次大戦後の高度成長で大都市集中、東京集中が加速されました。近代化・工業化の効率を高めるために「密」を利用してきたのです。しかし、それに伴う「陰」の部分、すなわち地方の衰退や都会における人々の生活様式などは、ほとんど見てこなかったのです。

それを今になって「密を避けろ」ということになりました。これは、今までの文明化の進め方の否定にもつながり、今後「進化の方向が変わる」ということになるかもしれません。

コロナが暴いた「細分化」の問題

門田守人先生

医療や学問のあり方も、これを機に見直さなければならないと考えます。

例えば医療。新型コロナの患者さんが病院に来た時に誰が診ているでしょうか。医師免許があればどんな患者さんを診ることもできることにはなっています。ところが、病院に行けば医者はたくさんいても、コロナの患者さんに対応できる診療科の医者は限られています。これまでは「専門性を高める」という錦の御旗の下、医師の専門性の細分化が進められ、それが医学の進歩の結果だとも考えられてきました。同じことは医学以外の学問やほかのありとあらゆる領域でも起こっています。縦割り行政も然りでしょう。しかし、そういう細分化、個別化を進めることによって、急激に変化する社会にフレキシブルに対応することがますますできなくなってしまいます。

新型コロナによって、行き過ぎた個別化、細分化はだめだということが露見したのではないでしょうか。

これまであって当たり前と思っていた物事が、コロナ出現とともに当たり前ではなくなりました。そして、コロナ後に元の世界に戻ることはないし、コロナのようなウイルスはこれからも現れ続けるであろうことを常に想定しておかなければなりません。

ではどうするか。新型コロナの問題は今、地球規模で起きていることです。だから、地球規模で対応しなければなりません。ところが、いろいろな国の為政者が「自国ファースト」の考えから抜け出せないがために、解決に向かうことができません。私たちは、今までとは違った価値観を持って新たな日本、新たな地球を考えていかなければなりません。

問題を問題としてきちんととらえ、新たな目で世界を見据えるためのチャンスをコロナによって与えられたのです。コロナが当たり前の時代に、人としてどう生きるか、どのような社会を作っていくかを模索する時が来たのだと思います。

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