連載新型コロナと闘い続けるために

新型コロナから命を守る これから必要な検査体制とは

公開日

2020年07月14日

更新日

2020年07月14日

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2020年07月14日

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この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2020年07月14日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。日本では2020年5月25日に緊急事態宣言が全面的に解除され少しずつ日常が戻りつつありますが、一方でいまだ散発的な発生も見られ、2020年7月9日から4日連続して、東京都で200人を超える新規感染者が報告されました。感染者数が再び増加傾向に転じることも懸念される状況のなか、新型コロナウイルス感染症の拡大防止や治療の基礎となる検査方法・システムは、より安全で正確なものへの革新が試みられています。現状の検査のメカニズム、そして今後はどのような検査システムが必要かについて、日本を代表する医療検査機器・試薬メーカー、シスメックスの吉田智一・上席執行役員に聞きました。

※本記事は、2020年6月26日取材時点の情報に基づいて記載しています。

PCR検査、抗原検査、抗体検査―それぞれの原理と特徴

PCR検査

PCR検査とは、ウイルスの遺伝子を増やして検出する検査です。遺伝子の持つ「自身を複製して、増やしやすい」という特性を生かした方法で、粘膜や唾液などに含まれるウイルスの遺伝子を繰り返し複製して大量に増やし(増幅)、感染の可能性を測ります。感度がよく、陽性の見落としが少ないことが特徴です。現在、新型コロナウイルス感染症の診断においては、鼻咽頭(びいんとう)ぬぐい液(細い棒を鼻の奥まで入れて粘膜を採取する方法)もしくは唾液を用いてPCR検査が行われています。最近では、検査時の感染リスクを抑えるために唾液を使う方法が主流になりつつあります。

吉田智一・上席執行役員

抗原検査

抗原検査とは、鼻咽頭ぬぐい液や唾液を用いてウイルスを特徴づけるたんぱく質(抗原)を測定し、現在ウイルスが存在するかを調べる検査です。「ウイルスの存在を確認する」という意味で医療的な用途はPCR検査と似ていますが、遺伝子と異なり抗原自体を増やすことはできず、PCR検査よりも感度が低いとされています。一方で、30分ほどで結果がわかるためより簡便な検査方法です。さらに、簡易に測定可能な検査キットや、すでに病院で利用されている検査装置で測定できる検査試薬としての提供が検討されています。これにより、PCR検査と比較してより効率的な検査が可能となります。

抗体検査

抗体検査とは、過去に感染したか・現在感染しているかという感染歴を調べる検査です。体の持つ免疫機能(外から入ってきた“異物”を排除しようとする働き)により、体内では異物に対応するためのいくつかのたんぱく質(抗体)が生成されます。この抗体が体内に存在するかについて、血液を用いて調べます。

抗体検査が陽性であれば、陰性の状態よりも免疫抵抗性(免疫の働きによって感染から自己を守ろうという性質)が備わっていると考えられます。ただし、現時点で新型コロナウイルスとその抗体に関するデータが不足しており、どのような抗体がウイルスに対して中和作用(ウイルスを無力化する能力)を持っているかは明確になっていません。そのため抗体検査が陽性であっても、新型コロナウイルスへの免疫抵抗性が備わっていると断定することはできません。また、その時点でのウイルスの存在を示す検査ではないため、気づかないままほかの人に感染させてしまう可能性もあります。ただし、抗体検査によって新型コロナウイルス感染に対する予防意識をより強く意識付けることができる可能性はあります。

現状の課題と、より理想的な検査システムとは?

より高い正確性で診断を行うことの重要性

今後は、それぞれの検査の特徴を生かして用途や段階に応じて使い分け、さらに、検査を組み合わせることで診断の正確性を高めていく必要があると言えるでしょう。

ある研究によると、新型コロナウイルスに感染していても、感染後の早い段階などはPCR検査で60〜70%しか陽性にならないという可能性が報告されています。つまり、PCR検査だけでは正確に診断できない可能性があるのです。しかし、PCR検査に加えて抗原検査や抗体検査などの関連検査を行い、これらの結果を組み合わせることで、より高い正確性で診断できると言われています。

現在私たちが考えているのは、抗原検査と抗体検査に加えてヘマトロジー(血球の数や種類、形状を測定する検査)を行い、その結果を見て、PCR検査を必要とする人のみに実施するという検査フローです。

シスメックスの考える検査フロー

熱やせきなどの症状がある人はまず地域のクリニックで抗原検査、抗体検査を受けます。新型コロナウイルス感染症の疑いがあるけれど、いきなり専門病院に行ったり保健所に電話したりするのをためらう人もいらっしゃるようなので、そのような場合に地域のクリニックで検査を受けることができれば、病院を受診する精神的なハードルが下がります。また、図のように抗原・抗体検査でスクリーニングができるので、本当に必要な人にPCR検査を実施できるようになります。医療経済的な面でも、医療従事者の感染リスクを抑えるという面でもメリットがあり、ひいては、医療崩壊を防ぐことにも寄与する可能性があります。

感染症の診断にとどまらない「治療のための検査」へ

新型コロナウイルスの感染では、多くの方は無症状または軽症と言われていますが、ときに命にかかわるほど重症化することが大きな問題となります。そのため、検査全体が目指すべき方向としては、感染の有無の診断にとどまらず、重症度予測、治療法の検討、さらには治療の効果をモニタリングするために有用な情報を得ることが重要と考えています。また、新型コロナウイルス感染症が重症化した場合には後遺症として肺が線維化する可能性があり、一旦線維化した肺を治療するすべは現時点ではありません。検査の本質的なゴールは、感染症およびその後遺症が生じないように治療を正しく導くことにあります。このような背景から、できるだけ早い段階で重症化を予測したり、治療モニタリングを行ったりするための検査を実用化することが急務と捉えています。

シスメックスの考える検査フロー

重症化の予測と治療モニタリングに関しては、さまざまな研究が進められています。現在、サイトカイン(細胞から分泌され細胞同士の情報伝達を担うたんぱく質)の1種「インターロイキン6(IL-6)」の数値が上昇しているときに薬を投与すると症状が改善される可能性や、複数のサイトカインを調べることで重症化しているのか・治癒に向かっているのかという大きな流れを見分けられる可能性が出てきました。ただ、「重症化の基準値」には個人差があり、その有効性や条件に関して今まさに急ピッチで研究が行われているところです。

新型コロナに命を脅かされることのない社会を目指して

今後しばらく、私たちは新型コロナウイルスと共存していく必要があるでしょう。これまでは緊急性の高い状況で、スピードを重視して検査方法をできるだけ早く世の中に送り出すことが優先されてきました。しかし今後は第2波・第3波を想定しつつ、新型コロナウイルス感染症を深く理解し、よりよい検査方法・検査システムを構築していくことが重要となります。その1つが先ほどお話した「より正確性の高い検査フロー」や「治療のための検査」ということです。さらに、医療機器・技術を開発する業界としては、製造過程で起こりうる問題の解消、品質を担保する仕組みを実行し、安全な検査システムを整える責任があると考えています。

このような努力を業界全体で行うことで、近い将来、新型コロナウイルス感染症によって命を脅かされることのない社会をつくりたいと考えています。そうでなければ、今医療現場の最前線で闘っている方々や、新型コロナウイルス感染症で亡くなった方々に報いることができないと思うのです。新型コロナウイルスは日本のみならず世界の問題です。まずは日本から、そして世界へと、さまざまな企業や業界が協調してよりよい検査・治療体制を構築していければと考えています。

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