全国の都道府県を対象とした新型コロナウイルスの非常事態宣言は5月25日に全面解除されました。この間、IT化やテレワークの導入などさまざまな面で社会の変革が起こり、医療でも「初診からのオンライン診療」が期間限定で解禁されました。こうした新型コロナによる変化の影響を受け社会、医療はどう変わっていくか、日本医師会の横倉義武会長に聞きました。
非常事態宣言が解除になり、皆さんホッとしていることでしょう。ただ、その後も私の地元である福岡の北九州や、東京などを中心に新たな感染者が確認されています。北九州では、わずかな期間に3つの病院でクラスターが発生しました。これは、救急搬入された患者さんからの感染で医療機関の中に広がったと考えられています。おそらくこういったことがこれから頻発してくるのだろうと思われます。
こうした事態を防ぐためには、早期に見つけて対応することが大事です。そのためには検査技術の進歩が必須です。これまではPCR検査しかありませんでしたが、厚生労働省は、5月13日に30分で結果が出る簡易の抗原検査キットを承認しました。この検査は、ウイルス量が相当多くないと正確に反応しないものではありますが、救急搬入されてくる患者さんのチェックがその場ででき、院内感染防止につながるだろうと期待しています。
また6月2日には、発症から9日以内でないと検査ができないという制約もありますが唾液でPCR検査をすることが可能になりました。これにより、検体採取者が感染するリスクをかなり低減することができるでしょう。
このところの報道を見ると、“夜の街”での感染が広がっているようです。しかし、“夜の街”とひとくくりにするべきではなく「感染する可能性がある営業形態」「感染リスクの低い場所」といったことはだんだんわかってきていますのでその情報を積極的に発信し、リスクのある所には行かないということで感染を防げるようになると考えています。
このウイルスが消えることはないという前提で、共存する社会をつくるために我々はどうすべきかを考えていかなければなりません。その1つとして、感染拡大を予防する新しい生活様式に移行していくことになるでしょう。
その観点から、日本医師会は「『本人に適した生活習慣』の実践に向けて」と題した4つの提言をまとめました。これは、政府の専門家会議が提唱した「新しい生活様式」とともに、もし新型コロナに感染しても重症化をさせないための実践です。日ごろからかかりつけ医をもち、医療者とともに予防のための健康づくりに向けた生活習慣を実践していきましょうというものです。
医療現場で一番課題になっているのは、新型コロナの感染を恐れて新型コロナ以外の病気で本来受診すべき方が、医療機関にかからなくなっていることです。治療の遅れや中断は、患者さんの不利益になりますので、非常に憂慮しています。
それに加えて、日本の診療報酬は公定価格で、一定の患者数が来ることによって医療機関の経営が成り立つような仕組みを作っています。ですから、患者数が減ると当然、収入も減り、経営難に直面する医療機関も出てきて、地域医療にも影響を及ぼします。診療科によって患者さんの減り方はばらつきが大きく、日本医師会で実施した調査では、小児科、耳鼻科は前年比で40%近く減っています。早急に実態調査をし、対応していくことが必要です。
緊急事態宣言が解除されたとはいえ、新たな感染者が確認されていますし、治療中の患者さんもおられます。さらに、今後の感染拡大や再流行に備えておく必要もあります。新型コロナウイルス感染症対策の医療、それ以外の医療、両方の提供体制が車の両輪となって、我々の使命である「国民の生命と健康を守る」取り組みをしていかなければなりません。そのためにも国には、医療現場への支援をお願いしているところです。
重症患者も診るICUの管理費では新型コロナで激増する患者さんに対応できないと、管理費はそれまでの2倍になり、それでも足りないとして3倍に引き上げられました。重症の場合にはECMO(体外式膜型人工肺)という装置を使うこともありますが、その管理には相当の人手がいります。こうした施設、設備の管理は、いざコトが起こったからすぐに体制を作りなさいといってもできるものではなく、日ごろから整えておく必要があります。医療機関の経営にはそうした視点も欠かせません。今回、医療崩壊の危機に直面することで、国民の皆さんにも医療機関の経営の問題についても目を向けていただけるようになったのではないかと考えています。
日本医師会は従来から、「初診から」のオンライン診療には反対してきましたが、ここで一つ注意する点があります。
初診といっても、実は、保険診療上の初診と、医療機関として全く初めて診るケース――の2つがあります。例えば、高血圧症でずっと診ていた患者さんが風邪をひいたようなのでかかりつけ医に診てほしいといった場合は、保険診療上の初診になります。
一方、これまで1度もかかったことのない初めて診る患者さんをオンラインで診断して治療方針を決めるということにはやはりリスクが伴います。ほとんどの医師は不安と感じるでしょう。また、患者さん、医師ともに「なりすまし」をどう防ぐかという課題もあります。医療保険の資格確認がおろそかになるようなことがあれば、医療機関の未収金も大きな問題になるでしょう。このように診断の精度だけでなく、さまざまな課題があります。
今回新型コロナ対応で、「全く初めて診るケース」でもオンライン診療が時限的に「解禁」されました。これは患者さん、医療機関側双方の感染防止の必要もあったため、あくまでも例外中の例外、特例中の特例ということで認めたものです。そのため、今後これをどのように取り扱うかを判断するには、現段階では検証が不足しています。もちろん、一定程度のメリットがあった可能性もありますが、まだ事例収集が不十分です。今後のことを考える上では良い点と悪い点をしっかりと実態調査し、検証する中で良い部分のみをどう継続していくのかを検討していく必要があると考えています。また、今一度「かかりつけ医」を皆さんが認識していただくことが重要です。IT化と適切なオンライン診療の普及を行うためにもかかりつけ医が中心となるべきだと考えます。
日本も世界も「新型コロナ以前」と同じ社会に戻ることはないでしょう。教育などでもIT化が進みました。オンライン診療を筆頭に、医療にもIT化の波が押し寄せてくることは間違いありません。
結論を先にいうと、IT化は「手段」であって「目的」ではありません。我々医療者の目的は、安心で安全な医療を国民・患者の皆さんに提供することで、ITはそれを達成する道具にすぎないということです。
医師会としては、医療のIT化とは何かを原点から考え、将来を考える目的で「医療IT委員会」を置き、2年にわたって議論を重ね、この5月に答申がまとまったところです。そこでは「許容できるものはなるべく受け入れて、少しでも役立つような方向に迷わずに進んでいくことが、医師の働き方等の問題解決にもつながる」とされる一方で、「『ヒポクラテスの誓い』や『医の倫理』は、いつの時代においても変わることなく医師が守り伝えていくべきものである」ともうたわれています。
IT化やデジタルトランスフォーメーションにより世の中はどんどん便利になっています。いいものはどんどん使う一方で、変えてはいけないものは守り続ける。「不易流行」を旨とし、皆さんに理解と協力を得ながら、より良い医療を作り上げていかなければいけないと考えています。
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