連載新型コロナと闘い続けるために

新型コロナから“日常”を取り戻すために必要なものは―感染研・脇田隆字所長に聞く

公開日

2021年03月15日

更新日

2021年03月15日

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2021年03月15日

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この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2021年03月15日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

新型コロナウイルス感染症の拡大が始まって以降、国立感染症研究所(感染研)は陰に陽に、対策で重要な役割を果たしてきました。その業務は、アメリカならば3つの組織に分かれている役割を「まとめて担っているようなもの」といいます。厚生労働省のアドバイザリーボード座長や政府専門家会議座長などの要職もこなしてきた脇田隆字・感染研所長に、国内でも接種が始まったワクチンへの期待、この1年間、研究所が果たしてきた役割などについて聞きました。

写真:Pixta

ワクチンで集団免疫確立に期待

医療従事者を対象に、2021年2月から新型コロナウイルス感染症に対するワクチンの接種が始まりました。これから高齢の方、基礎疾患のある方なども順次接種を受けていくことになります。

それによってまず期待されるのは、発症予防および重症化予防ですが、最近の報告によれば感染予防も期待できそうです。これによって、国民全体で集団免疫を確立することができます。集団免疫とは、ある集団の中で一定割合以上の人が特定の病原体に対する免疫をもつことで、一部の人が感染しても集団の中で拡大しない状態になることを指します。

この「一定割合」は、実行再生産数(1人の感染者が何人にうつすかの平均値)によっても変わるので簡単ではありませんが、新型コロナに関しては少なくとも5~6割、米国立アレルギー感染症研究所長のファウチ博士は7割といっています。

仮に5割として、ワクチンなしでの集団免疫確立には、全国民の半数の6000万人が感染しなければなりません。一方で、新型コロナの致死率は約1.5%とされていますので、100万近い人が命を落とすという計算になります。

実際はどうかというと、厚生労働省が一部主要都市で実施した調査で、新型コロナの抗体保有率(症状に有無にかかわらず感染した経験がある人の割合)は一番高い東京でも0.9%、100人に1人でしかありません。これではとても集団免疫にはなりません。すると、今のような生活をこの先何十年も続けていくのか。そんなことは皆さん耐えられないでしょうし、経済的にももちません。

ワクチンで免疫をもつことで、なんとか新型コロナに打ち勝つことを目標にしたいと考えています。

国内でのワクチン開発も重要な訳

感染症に対するワクチン開発は、これまでは10年以上かかるのが普通でした。ところが、新型コロナのワクチンは、開発を始めて1年以内に実用化まで進みました。これは画期的なことです。

日本で最初に承認されたファイザー社製のワクチンはmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンです。多くの人が「そんなワクチンができるのか」と思っていたでしょうが、実用化されました。新型コロナの流行がなければ、mRNAワクチンが臨床で使われるのはおそらく何十年も先だったかもしれません。それだけワクチンは保守的な領域で、危ないことは皆やりたくないのです。

新しいタイプのワクチンが実用化されたのは素晴らしいことです。一方で長期的な副反応に関しては、きちんと見ていく必要があります。効果がどのくらい続くのかも分かっていません。効果が半年ぐらいしか続かないとすると、今のペースで接種して全員うち終わるころには最初の人たちはまた接種しましょう、ということにもなりかねません。そうしたことも考慮すると、国内で供給可能なワクチンを今から開発しておくのはとても大事なことです。

ワクチンは“日常”を取り戻す手段の1つ

ワクチンを接種することで、生活がどの程度元に戻るか――皆さんの関心はそこにあるのではないでしょうか。

僕らは今、まったくどこにも行っていません。外食も少しはしたいし、飲み会だってしたい。出張はしなくても仕事ができるようになりましたが、実家の母親の顔は見に行きたい。でも、皆が我慢しているなかで僕らが県境を越えるような移動をするわけにはいきません。

ワクチンは、かつては“普通”と思っていたそうした生活を取り戻すための手段の1つです。しかし、ワクチンだけで全てが取り戻せるわけではありません。

たとえばインフルエンザでも、感染して発症した子どもがインフルエンザ脳症を起こすなどして重症になることがあります。高齢者もインフルエンザが原因で亡くなることがあります。それにもかかわらず、インフルエンザの流行期でも普通の生活が続けられたのは、治療薬があることが大きいと思います。

ですから、ワクチンと合わせて治療薬も開発していかなければなりません。新型コロナには分かっていないことがまだたくさんあります。この病気に対する理解を深めていくことも大切です。

それらが合わさって、新型コロナが季節性のインフルエンザと同程度のイメージに変わると、あまり恐れなくてもよくなるのではないかと思います。

新型インフル以降も進まなかった検査体制拡充

国内で新型コロナの拡大が始まって1年がたちます。その間の国立感染症研究所の役割について説明します。

2019年の暮れから正月にかけては普通に休んでいましたが、中国の武漢で正体不明の感染症が出ているといった情報はメールで回っていました。

すぐに情報収集に乗り出すとともに、検査体制を急ぎつくりました。そうしたらすぐに、都内で初めての症例が出たというところからスタートしました。感染研でつくったキットやマニュアルを配布して地方衛生研究所でもPCR検査ができるように準備を進めていたところに、武漢から邦人を避難させるための臨時便が飛んだり、横浜では大型クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」で大規模なクラスターが発生したりということが起こりました。数百人単位で検査をできるリソースがあるのはその時、感染研だけだったので、当時は毎日数百検体の検査をしていました。

2009年に新型インフルエンザ(H1N1)のパンデミックが起こった当初も、感染研で検査をしていました。その時に整備された設備はメンテナンスの予算がついていたわけではなく維持が大変だったのですが、当時の設備とノウハウが残っていたので、新型コロナ流行の初期もなんとか大量の検査ができました。

当初は「検査ができない」とさんざん言われていました。幸か不幸か、日本は2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)も、2012年に初めて確認されたMERS(中東呼吸器症候群)も国内感染の経験がなかったこともあり、民間検査の拡充が進んでいなかったのもその一因だと思います。

若者の感染症研究参入を期待

流行が長期化して各地の検査体制も整ってくると、感染研の仕事は疫学調査、治療薬やワクチンの開発に重点が移ってきました。治療薬では研究から臨床まで到達しているものもありますし、国産ワクチンの開発も進んでいます。

感染研の職員は約360人で、アメリカのNHI(国立衛生研究所、職員数約1万8000人)に比べると、新興・再興感染症のワクチンや治療薬開発の体制は弱いのですが、その中でなんとか頑張っています。

ワクチン接種が始まり、国内で使っているワクチンの品質管理も感染研で行っています。これはアメリカだとFDA(食品医薬品局)の仕事です。

新型コロナの流行が始まってから、一番目立った仕事はおそらくクラスター対策でしょう。全国で活動している「クラスター対策班」というのは、実は感染研の感染症疫学センターで実地疫学研修プログラムに在籍している人たちとその修了生が主体で、現場に入って感染状況の調査をし、現地の人と対策を考えるという仕事を去年(2020年)1月からずっとやっています。これはアメリカならCDC(疾病対策センター)が担う役割です。

このように、先進国では別組織で役割分担をしている「研究開発」「ワクチンの品質管理」「感染動向調査」の3つを1つの組織で受け持つという“変わった”研究所です。感染症の専門家を集約してそこで全部やるという意味では効率がいいわけですが、非常に大変でもあります。

新型コロナの流行で、感染症に関心をもったという若い方たちがたくさんいるのではないでしょうか。そういう人たちが研究にもっと参入してくれることが、将来の新興・再興感染症に備える意味でも大切です。われわれはそうした研究ができる基盤をつくっていく必要があると思っています。
 

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