新型コロナウイルス感染症の拡大以降、世界各国で心筋梗塞をはじめとする心臓病の患者数が減少したという報告がありました。しかし、その実情は心臓病そのものの減少ではなく治療が必要な患者さんの「受診控え」があり、その影響で状態が悪化したり命を落としたりする方がいる可能性があるようです。「心臓病の治療のタイミングを逃さないでほしい」と話す伊苅裕二先生(東海大学医学部循環器内科 教授)に、コロナ禍における心臓病患者さんの変化や病院を受診する目安などについてお話を伺いました。
コロナ禍の2020年春、アメリカ、イギリス、南米など世界各国で心筋梗塞を含む心臓病(虚血性心疾患)の患者数が減ったという報告がありました。
患者数の減少はなぜ起こったのでしょうか。その明確な原因については今後解析しなければ分かりませんが、心筋梗塞の患者さんが減少する大きな要因は見当たりません。そのため多くの専門家は、新型コロナウイルス感染症の流行の影響で「受診控え」をする方が増えたのではないかと予想しています。つまり、感染を恐れて病院の受診を控える方や、病院医療が逼迫していることを案じて「病院に行ってもどうせ診てもらえない」とご自身で判断されて受診を諦める方などが増えたということです。
この状況において懸念されるのが、本当は治療が必要な状態にもかかわらず受診控えによって適切な治療が受けられず、気付かぬうちに状態が悪化したり、命を落としたりした人が数多くいるかもしれないという点です。このような受診控えによる「隠れた心臓病」には注意が必要です。
日本では新型コロナウイルス感染症の流行前から、心筋梗塞が発症しても病院を受診せず治療を受けられずに亡くなってしまう方が30%程度いるといわれていました。これは、体に異変が生じても病院の受診を見送ってしまう方がいるためです。では、なぜ受診を見送ってしまうのでしょうか。私は主に3つの理由があると考えています。
1つ目は強い胸の痛みや締め付け、呼吸困難などの症状が生じても「自分は大丈夫だろう」と根拠なく思い込んでしまうケースです。このように、緊急時に心の平静を保とうとする力がはたらくことを「正常性バイアス」と呼び、このはたらきが過剰になると適切な判断ができなくなってしまうことがあるため注意が必要です。
2つ目は、一度は強い症状が現れたものの病院を受診する前に次第に軽快するケースです。これは、心臓の血管が詰まる原因となった血栓が自然に消滅することで一時的に症状が和らいだ状態ですが、血液の状態は決してよい状態ではなく、近いうちに再び心筋梗塞にかかる可能性が高いといえます。
3つ目は、胸ではなく肩や顎などに痛みが生じたことで、心筋梗塞の診断に至るチャンスを逃してしまったケースです。このように、心筋梗塞では胸以外の部位に痛みが生じることがあり、これを「関連痛」といいます。関連痛はそれまでに経験したことがない痛み(「ただ事ではない痛み」「死ぬかもしれないと思うほどの痛み」と表現されることが多い)で、冷や汗を伴うことなどが特徴です。
心筋梗塞は受診のタイミングを逃した場合、命に関わることも多いです。いつもと違う強い痛みや胸の締め付けなどが生じた場合、いつもの生活を続けようとしてはいけません。もし一時的に軽快したとしても、速やかに病院を受診し心電図検査を受けるようにしましょう。これは、たとえ医療が逼迫しているコロナ禍でも変わりません。
写真:PIXTA
心筋梗塞の治療方法として、狭くなった血管の中に管を通して血管を広げる「経皮的冠動脈インターベンション(PCI)」があります。PCIは1977年の導入以来、改良が重ねられ広く行われている内科的な治療方法です。PCIの導入により、急性心筋梗塞による1カ月以内の死亡率は30%程度から6〜8%に減少しました。また、治療後の心不全を予防する効果もあるといわれています。
しかしどれだけよい治療方法が存在しても、患者さんが病院を受診してくれなければ診断と治療に至ることはできません。心筋梗塞は症状が現れたらできるだけ早く治療を行うことが望ましいです。具体的には、最初の6時間が心臓のダメージを少なくできる「治療のゴールデンタイム」といわれ、遅くとも12時間のうちに治療を行うことが大切です。そのため、コロナ禍においてもできるだけ速やかに病院を受診していただく、あるいは救急車を呼ぶなどの対応をしていただきたいと思います。
「病院を受診することで新型コロナウイルス感染症にかかるのではないか」という心配をする方もいますが、実際のところ、外来診察で新型コロナにかかったりクラスターが発生したりする確率はかなり低いといっていいでしょう。報道などで見られる「院内感染」というのは、多くが入院病棟でのクラスター発生です。外来診察はもともと感染リスクが低いうえ、対策をしっかり行っている病院がほとんどですから、過度に心配して治療の機会を逃すことがないよう、適切に病院を受診していただきたいと思います。
※次のページでは、新型コロナウイルス感染症が医療現場にもたらした影響についてご説明します。
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