新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2019年末に中国で拡大が確認され、その後アジアからヨーロッパ、北米大陸、そして世界全体に広がっています。そうした中で、諸外国はこのウイルスにどう立ち向かっているのでしょうか。海外居住経験を持つ医療・保健などのエキスパートが、国境をまたいで活躍する人々を支援する「JAMSNET」会員で、現在海外で勤務中の医師が、医療者の目線から各国の状況を報告します。まずは、フランス・ヴェルサイユ総合病院救急外来で研修中の折口達志先生のリポートです。
3月26日午後2時(現地時間)時点で、フランス国内の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染者数は2万9155人に上り、死者数は1696人に達しました。首都パリ周辺を含むイル・ド・フランス州(地域圏)が1番多く感染者を出しています。1万3904人が現在入院中で、うち3375人が集中治療室で処置を受けています。各数字とも、24時間で増える割合が日に日に大きくなる一方です。
フランスでは3月17日正午から少なくとも15日間の「厳格な外出制限」対策がとられています。しかし、すでに感染している人は発症までの潜伏期間が2日から2週間あります。そして発症後は悪化する恐れのある時期までおよそ1週間のスパンがあるので、これから数週間は気の抜けない状況です。その間に、重い呼吸症状の患者の波が来ることが予想されています。
これに先立つ3月14日、フランス政府は感染流行対策のステージ3(国内全土の感染への対処)に移行し、国民に移動自粛を要請。ところが、あまりにも多くの人々が要請に反して集まるなどしたため、17日の自宅待機令が発令されるに至りました。
この自宅待機令は、以下の許容される以外の理由による外出を禁止するものです。
当初は違反に対する罰金が38ユーロ(約4600円)とされていましたが、守らない人が多いため、135ユーロ(約1万6000円)へと引き上げられ、一定期間を過ぎても支払わない場合には375ユーロ(約4万5000円)に跳ね上がります。さらに、15日以内に再度の違反には1500ユーロ(約18万円)、30日以内に4度違反した場合には3700ユーロ(約44万円)という高額の罰金が科されます。
外出の際には必ず外出開始時刻を記入した許可書を持参する必要があります。
同時に国境制限、生活必需品を取り扱うスーパーなど以外の商店の営業禁止、レストラン・バーなどの営業禁止、学校の閉鎖などの措置がとられました。
政府はこのように何とか感染の爆発的な広がりを防ごうと強力な手段に訴えていますが、一方の国民はというと、多くは「自分には関係のない病気」もしくは「かかっても大丈夫な病気」という風に捉えている印象です。自宅待機については春が近づき、気温が上がって散歩やピクニック日和の日が続く中で、家でこもらなくてはならない状況に不満を漏らす人も多くいます。その一方で、健康状態が不安定な方々にとっては恐ろしいウイルスであることを、しっかり認知している人も一定数います。
テレビやラジオでは毎日増える感染者数、死者数を繰り返し報道。医療現場の状況も伝えているので、それにつれて真面目にとらえる人も増えているように感じます。
医療従事者の視点からすると、イタリアなどの状況を見て、もっと早くにこうした対策に踏み切ってほしかったという声があります。そしてなにより、より厳重な自宅待機令をという声が多いです。今でも運動や散歩という名目で外出し、数人で集まる人があとを絶ちません。人の集まりやすい場所の立ち入り禁止設定、夜間外出禁止令の実施など、地域によっては追加の対応をしています。それでも、全土で「不可欠ではない」事業の停止を命じたイタリアや、18時以降の夜間外出禁止令、罰金500ユーロなどが実施されているスペインと比べると、まだまだ緩い印象です。
現在パリ周辺地域イル・ド・フランス州では、ほとんどの病院が集中治療室(ICU)でCOVID-19患者の受け入れを開始しています。それ以外の救急外来などでの受け入れは、まだ少数の病院しか行なっていません。私の研修先であるヴェルサイユ総合病院は救急外来での受け入れを始めている病院の1つで、COVID-19患者に特化する一方、その他の患者は受け入れを開始していない病院に任せている状況です。
集中治療室では、重症の呼吸不全を起こす「急性呼吸窮迫症候群(ARDS)」の状態となり、うつぶせの姿勢で人工呼吸器につながれている患者が多く、空いている病床も少なくなっています。幸い、まだパンクすることはありませんが、これから増え続けると雲行きが怪しいと感じています。
高齢、重い持病のある方たちは人工呼吸器につないで数週間延命できても助からなかったり、そのまま外せなかったりする恐れがあるため、集中治療への入室制限をかけるようになっています。専門医の方々はそういった判断を日々下していますが、頻度は急増しており、心身ともに疲弊している状況です。
病室や診察室に出入りするたびに着脱しなければならないガウンやマスクなどの医療物資はだんだん不足しはじめており、同じマスクやガウンを数時間着用し続けるなど、完璧な衛生ルールを遵守するのが難しくなっている状況です。
フランスは日本と同じく国民皆保険制度で、社会保険機構が医療費の7割を負担し、残りの3割もほとんどの人が加入している「補足保険」で負担されます。そして、日本などほかの先進国同様、フランスも高齢化の影響で医療費が年々増加傾向にあり、社会保険機構の赤字は増える一方です。そのため、政府は公立病院の規模を徐々に縮小させてきました。需要に反する病床数の削減は医療の現場に多大な影響を及ぼし、必要最低限の人数で働いている医療従事者は疲弊していました。
そうした中で、今回のCOVID-19のパンデミックが発生。皮肉なことに、自宅待機令実施のため受診数は普段より格段に少なくなりましたが、一方で診察室での感染者の隔離、消毒、ガウンやマスクなど着脱の必要性のせいで手間がかかり、スムーズな診療が難しい状況です。
恐ろしいのが、これが序の口に過ぎないであろうという事実です。イタリアやスペインのような状況に刻一刻と近づいている状況です。イタリアでは呼吸器の不足を補うため、1台の人工呼吸器に4人の患者をつなぐこともしているそうです。フランスがそういう状況に陥る前に、事態が沈静化することを願うばかりです。
健康な肺のCT画像は全体的に黒く映ります。また、がんなどがある場合にははっきりとした白色に映ります。これに対し、肺炎の場合には炎症を起こしている場所がすりガラスのような淡い陰影として映ります。この「すりガラス陰影」まみれのCTを毎日数多く見るようになって、もし自分の肺がこんな風になってしまったらと思うと、背筋が凍ります。医療従事者としては、もちろん普段から衛生ルールを守り、各種感染症から身を守らなければいけないのですが、これまで以上に見えない脅威が自分の周りを漂っているのを感じます。
このような状況にも関わらず、平時のように出歩いたり、買占めをしたり、病院などからマスクなどを盗んだりといった身勝手な行動をとる人が多くいるのは残念なことです。
それでも、医療従事者、そしてそれ以外の多くの人が、ウイルスに勝つという1つの目的に対して団結しています。欧州各国では、毎日20時に医療従事者に拍手をすることが習慣になり始めています。私たちは全力で職務を全うし、この危機を乗り越えるのに専念するのみです。それに加えて今回は、医療に携わる以外の人たちにも努力してもらわなければいけません。これを機に、世間の人々が医療への関心を高め、健康・疾患予防のための生活習慣を身につけてくれればと願います。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。