中国で流行が始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が国境を越えて広がり始めた当時、「アフリカなどの医療体制が脆弱な地域に拡大すると甚大な被害が生じる恐れがある」と危惧する声がありました。感染が地球規模で広がった今、そのアフリカはどのような状況になっているのでしょうか。海外居住経験を持つ医療・保健などのエキスパートが、国境をまたいで活躍する人々を支援する「JAMSNET」会員による現地リポート第5回は、西アフリカのコートジボワールから、仲本光一理事のネットワークメンバーで在コートジボワール日本国大使館医務官、田邉文さんの報告です。
コートジボワールで最初の新型コロナ患者が確認されたのは3月11日だった。初期の新型コロナ患者の多くはヨーロッパ(主に旧宗主国のフランス)からもたらされた。ヨーロッパ人の勤める大手企業、政府関係施設、及びその職員の子弟が通うインターナショナルスクールなどで感染が見つかり、ヨーロッパの惨状と合わせてセンセーショナルに報道された。
一方で、コートジボワールを含むサブサハラアフリカ(サハラ砂漠より南のアフリカ各国)では、新型コロナ感染症以上に致死率の高い疾患がそれほどの関心がはらわれず放置されたままである。たとえば熱帯熱マラリアは、コートジボワールだけで毎年1万近い人の命を奪っている。そうした疾患に関しては“安全圏”にいた「富裕層」も、新型コロナでは死亡する可能性があることに、政府は大きく反応したのだ。
特に保健レベルを反映すると言われる妊産婦死亡率は、コートジボワールでは10万人あたり645人(2015年)。日本の最も古い統計である1900年(明治33年)のデータでさえも、同436人であることを考えると、コートジボワールの医療レベルは、日本の江戸時代と同等程度ではないかと推測される。このため、年間2000人の富裕層が、医療をうけるために国外に出ている。
「この状態で、COVID-19の波が来たらひとたまりもない」――そう考えたコートジボワールの水際対策は唐突かつ徹底的であった。最初の患者が診断された5日後の3月16日には、感染者が100人以上の国からの渡航は原則禁止、滞在許可証を持っている者は入国を認めるが政府の指定する施設で14日間隔離という政策が発表され、当日深夜に施行された。しかし、用意された施設は渡航者が滞在できる状態になっておらず、収容者が暴動を起こす事態となった。また施設の周辺住民も地域での蔓延(まんえん)を危惧してデモを起こした。このため、隔離は2日間でなし崩し的に終了となり、自宅などでの待機に変更された。さらに、3月20日には陸、海、空全ての国境において人の移動を禁止する政策が発表され、翌21日からほぼ全ての商用機が運行を停止。3月23日には緊急事態宣言と夜間外出禁止令が出され、3月30日には経済首都であるアビジャン(政治首都はヤムスクロ)が封鎖された。わずか半月の間にこうした矢継ぎ早の水際対策が打たれたにもかかわらず、累計感染者の増加は減速していない(4月28日現在)。
コートジボワール政府は、平行して患者受け入れ施設の拡充を図っている。国内最大の公立病院であるトレッシュビル大学病院には、感染症隔離病棟が存在するが、大部屋で8~10人の収容能力。(感染症を室外に出さないための)陰圧設備どころか空調もない。感染隔離をしながら集中治療を行う余地はない。
政府は、アビジャン市内に4カ所の検査施設・軽症者収容施設、7カ所の中等症者治療施設の建設と、トレッシュビル大学病院で最重症患者受け入れのための整備を計画した。すべて機能すると1日に最大2000件のPCR検査、最大1500人の隔離治療が可能となる。
一方で、富裕層向けの私立病院も存在する。こうした私立病院は、自費または患者の加入している任意保険会社との契約の下、それぞれが独自の価格設定で治療を提供している。国内最大のある私立病院は、先進的な設備があり、全国に約50台しかない人工呼吸器のうち20台を有している。
筆者が3月27日に同院を訪ねたところ、病院外に用意された発熱外来は閉まっていて、院内は騒然としていた。しばらく待つと、救急部長が現れた。N95マスクをつけた顔には、疲労の色がうかがえた。
「COVID-19の流行で、患者が増えて対応に追われている。それなのに防護服などの衛生用品を購入する資金について、援助が一切ない。COVID-19対策に大きな予算を用意したと発表されたが、病院レベルには下りてこないんだ。すでに多くの新型コロナ患者を抱えて衛生用品は不足し始めているので、発熱外来は中止にしたよ」
救急部長は、さらに続けた。
「発熱外来では毎日陽性患者が出ていた。死者も出ている。しかし公立病院の患者数しか発表されていない。発表は実態を反映していない」
同時点での公式発表では死者数が0だったので、その話を聞いて驚いた。この面談の直後、同病院に対して、COVID-19に関する一切の診療を禁止する通達が出されたのだ。他の私立病院では数名の医師が違反者として医療活動を一時停止させられている。
コートジボワールは1960年にフランスの植民地から独立を果たした国である。1970~80年代にかけて政治は安定し、年間平均8%の経済成長を遂げ、西アフリカの経済拠点となった。2002~11年にかけて内戦(イボワール危機)があったため国は荒廃したが、終了以降は再び年間8%以上の経済成長率に回復。現在は三菱商事、丸紅、伊藤忠商事、豊田通商、味の素などの日系企業が進出している。
企業の駐在員、国際機関職員及び政府関係者並びにその同伴家族、そして永住者など、コートジボワールには160人以上の邦人が居住している。3月16日に渡航制限が始まった時点で、企業の駐在員の多くが出国を決めた。3月21日以後は一般商用機の利用がほぼ不可能となり、出国は困難になった。3月31日、外務省よりアフリカ各国に滞在中の邦人に対して、可及的速やかな帰国を至急検討するようにとの呼びかけがあった。残った邦人もチャーター便や臨時便などを利用し、徐々に帰国している。
コートジボワールを含むサブサハラアフリカ諸国は、10万人あたりの患者数で言うと欧米と比較しても少ない。しかし、危機感は多くの感染者を出している欧米諸国と比較して高い。その理由として、まずは、医療レベルが一般的に低いことが挙げられる。重症者の多くが呼吸促迫症候群を呈し、この管理のためには先進的な機器と熟練したスタッフを24時間要する。他のアフリカのある国では、関係当局が「COVID-19対処能力は10人が限界。仮に50人発生したら破滅する」と宣言したと聞く。これが多くのアフリカ諸国の現状だ。
感染が広がっても実態を把握しにくいという面もある。特に地方に行くと、患者数を正確に把握して中央に報告するというシステム自体があまり機能していない。たとえデータがそろったとしても、アフリカ諸国は政治の透明性が低い傾向にあり、政府がそのまま報告するという保証はない。
在留外国人にとっては、いざという時に退避できるか、も大きい。欧米諸国であればフライトは減便になってはいるものの、希望すれば帰国できる状況にある。一方アフリカの多くの国では、国境閉鎖により通常のフライトでの出国の道は閉ざされている。
コートジボワールで最初の患者が出てから約7週間がたった。今後、感染の広がりはどうなっていくのか。それには、悲観せざるを得ない要因と楽観できる要因の両方がある。
感染制御が難しい側面として、旧宗主国フランスを始めヨーロッパとの結びつきが非常に強いことがある。特に都市の市民はヨーロッパからの輸入品に頼って生活しており、人の行き来も多い。国境閉鎖とはいっても、臨時便などが引き続き運行している。ヨーロッパの感染が収束しない限り、断続的に輸入感染が起こり続けるだろう。
国内に目を移すと、アビジャンは周囲の生活圏と合わせて約600万人の人口を有し、非常に混み合った公共交通機関を利用して中心部に通勤する労働者が多い。病気を恐れて働かなくては飢えて死ぬことになる。
アビジャン市民の多くが住むエリアは、一つの井戸を数世帯が使う構造になっている。頻回に手を洗うことも簡単ではない。コンクリートの壁にトタン屋根を載せた長屋のような建物に密集して生活しており、社会的距離を保つことは非常に困難である。
一方、楽観できる要因としては、地方では住民の多くが農業に従事していて、家屋も非常に開放的な構造になっていることが挙げられる。いわゆる「3密」が起きにくい環境である。都市封鎖と言っても賄賂などを使って人の行き来はあるにも関わらず4月21日時点の報告では、患者の94%はアビジャンに集中しており、現在のところ地方に広がる傾向は見せていない。
また、平均寿命が54.6歳(2018年)と国民の年齢が若い国でもある。新型コロナ患者の重症化率は高齢者において高いことから、患者は増えても死亡率は抑えられる可能性はある。4月27日現在、公式発表による患者数は1164人、うち死亡者は14人で、致死率は約1.2%である。
検査数の制約による未診断、発表の信頼度の影響もあり確実には言えないが、それなりにコントロールされている、またはなんらかの要因が感染拡大を押さえているのでは、と考えている。
政府の感染拡大対策は、日本に比べると厳しく、特に首都の生活に影響を及ぼしている。一方で、ここには新型コロナ以上に危険な感染症があり、低い医療レベルや衛生環境の中で日々暮らしている人たちがいる。この疾患がこうした人々の命を脅かさないようにと、祈るような気持ちである。
*本稿は筆者の個人的見解であり、所属する組織の見解を代表するものではありません。
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