写真:Pixta
シンガポールは世界屈指の国際都市。往来する外国人、渡航する国民が多いなかで、どのように新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の侵入に対処しているのでしょうか。海外居住経験を持つ医療・保健などのエキスパートが、国境をまたいで活躍する人々を支援する「JAMSNET」会員のドクターによる現地リポート第3回は、シンガポールの在留日本人向けクリニック「ラッフルズ・ジャパニーズ・クリニック」の医師、林啓一先生に現地で行われているコロナ対策などについて報告していただきます。
シンガポールのCOVID-19感染者は4月6日正午現在で累計1375人(うち6人死亡)となり、国内での感染者が増加、瀬戸際の状況になりつつあります。
シンガポールはアジアにおけるビジネスのハブ(活動の中心)として発展し、必然的に多く人が外国を行き来します。そのため、当初は欧米からの帰国者が感染者の過半数を占めていました。いわゆる「水際対策」としてシンガポール政府は1月末に中国に渡航歴のある人の入国規制を開始。3月4日にはイラン、イタリア北部、韓国全土にも対象を広げ、16日からは日本やASEAN諸国、スイスにも拡大するなど、段階的に規制を強化してきました。現在、すべての旅行者は入国後14日間の待機措置が適用されています。
シンガポールはメディカルツーリズムの受け入れにも熱心で、ラッフルズ・メディカルグループでは入院の4割は海外からの患者が占めています。しかし、医療資源を国民に提供するために、診断や加療のための入国もできなくなっています。そうした対策にもかかわらず、他国同様に国内感染が増加しているのが現状です。
今回のような有事に備えて、「PHPC(Public Health Preparedness Clinic)」という仕組みがあります。通常のクリニックが政府の指示に従い、統一した予防や治療のためのプライマリクリニックに変わります。今回は2月にPHPCが発動され、せきなどの呼吸器症状や発熱がある人はまず900あるPHPCで診察を受けることが多くなります。Medical Certificateが出されると、5日間は受診以外の外出もできなくなります。政府の補助があるため、国民と永住者は10シンガポールドル(約750円)、高齢者は5ドルで受診することができます。
さらに、3~5日の待機中にCOVID-19に感染の恐れがあると判断された場合には患者を専用の救急車で搬送し、専用の機関でPCR検査をします。クリニックで検体を採取するようなことがないため、クリニック内部や機器が汚染されることはありません。軽症者や回復期の患者は、リゾート施設を転用した隔離施設で観察するという体制もできています。マスクや消毒薬、防護資材なども確保できており、今のところ医療には余裕がある状態です。
シンガポール政府の対策で感心するのが、情報公開による国民の信頼確保です。「建国の父」と敬われたリー・クアンユー元首相の長男リー・シェンロン首相は、4段階ある警戒レベルが1のイエローから2のオレンジに引き上げられ、国民がパニックになりトイレットペーパーが売り切れるなどした2月8日と、WHOがパンデミック宣言をした直後の3月12日、テレビ演説をして、国民に直接訴えかけました。その中では、ウイルスとの戦いは長期戦になり得ることや団結が必要なこと、経済的、心理的なサポートにも言及。タイミングよく見通しを伝えることで、「正しく恐れる」という危機意識が、国のリーダーと国民の間で共有されています。
首相や大臣は、困難な状況に対応するために1カ月分の給料返納を発表。すると、企業のトップなども次々と減給をすると追随しました。
他にも、政府がスマートフォンのショートメッセージで情報発信(希望者のみ受信)、重要な点はテレビやラジオ、新聞でも伝えられます。
患者の情報についても政府のウェブサイトで国籍、性別、年齢、居住地、勤務地、感染地などが公表されています。
うわさや悪質なデマは政府のSNSでしっかりと否定されるので、パニックやインフォデミック(不確かな情報の拡散による問題解決の遅れ)は、かなり抑えられています。COVID-19に効果があるなどとうたう健康商品などは迅速に認可が取り消されました。一部商品のパニック購入も起こりましたが、食品とトイレットペーパーは1~2日、消毒薬は1~2週間、マスクは1~2カ月で平常の状態に戻りました。
感染拡大防止策として、在宅勤務が推奨されています。通勤者の減少で、渋滞緩和のために設定されている高速道路の料金も値下げされました、映画館や夜のエンターテインメントは休止、子どもの習い事や塾なども休みになり、たとえ屋外でも10人以上の集まりは禁じられました。飲食店は営業していますが、1m以上の安全距離を保つようにされています。
さらに、4月6日からは、必須サービスを除き職場は閉鎖になりました。別の世帯の家族や、高齢者との接触も制限されます。
教育については、もともと年に2回のオンライン授業の日があるように、すべての学校が有事に対応できるオンライン学習の体制はできていました。4月からは小中高校で週に1回、オンライン学習の日が開始。感染予防というよりも、さらに事態が悪化した時に完全移行できるよう、最終確認の意味で行われるとのことでしたが、こちらも7日から1カ月間、自宅学習をすることになりました。
シンガポールはIT国家でもあり、テクノロジーを駆使して感染者の接触歴を追跡する方法も検討しています。具体的には、近距離無線通信の「Bluetooth」を使い、個人情報を取らずに短距離で一定時間以上の接触があった履歴を追跡可能にする「TraceTogether」というアプリを政府技術庁がわずか1カ月で公開しました。こうしたシステムは、政府に対する信用がなければ利用者が増えず効果を発揮できませんが、シンガポールならなんとかなるのではないかとも思え、今後に注目しています。医学研究開発力や発信でもシンガポールは存在感を示しており、日本も色々学べるところがあると思います。
もともと多民族多文化の国で、これまでのところ人種や宗教での差別やパニックが起こっていないのはさすがだと感じています。いわゆる“コロナビジネス”に対しても厳罰、隔離を徹底しないことにも厳罰で対処し、なんとか瀬戸際でバランスをとりながら段階的に対処をしています。
マクドナルドでは、医療従事者はコーヒーなどが無料になり、前線の勤務者への感謝の記事や放送が多く、励まされます。3月30日の夜8時には、イギリスでの「#ClapForNHS」のような拍手が行われました。これは、医療従事者に限らず最前線で戦う人々をたたえるためにバルコニーや玄関先に出て拍手をするというもので、このシリーズ第1回でフランスでも行われていることが報告されました。ここシンガポールでも、毎週続きそうです。
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