連載新型コロナと闘い続けるために

コロナ禍の医療現場で何が起きていたのか―医療崩壊寸前の状況を振り返って

公開日

2021年03月18日

更新日

2021年03月18日

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2021年03月18日

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この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2021年03月18日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

新型コロナウイルス感染症の第3波では、医療提供体制のキャパシティが限界を迎え、患者さんの受け入れを断らなければならなくなるなど、一部地域で「医療崩壊」が見受けられるほど医療現場への影響がありました。心臓病に対するカテーテル治療の発展に寄与する日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)では、医療従事者が適切な感染対策を行いながら日常診療を継続するために感染対策に関する提言を発表しました。東海大学医学部循環器内科 教授でありCVITの理事長も務める伊苅裕二先生に、第3波における医療機関の状況や提言の内容などについてお話を伺いました。

医療崩壊は私たちの命や健康に関わる問題

「医療崩壊」とは、本来医療を受けられるはずの人が医療を受けられなくなることを指します。第3波のときのようにベッドや医療機器、人材が足りないことで患者さんの受け入れが難しくなり、救急や入院の受け入れを断らなければならないという状態はまさしく医療崩壊と言ってよいでしょう。

医療崩壊の問題は、助かるはずの命が助からなくなる可能性があることです。適切な治療をすれば助かることの多い病気でさえ、運が悪ければ治療を受けられず、亡くなってしまうわけです。誰もが急に病気やけがになる可能性があるという前提において、つまり医療崩壊は私たち全員の命や健康に関わる重大な問題だといえます。

医療現場で何が起こっていたか―第3波を振り返って

新型コロナウイルス感染拡大の第3波では医療現場が逼迫し、それは心臓病治療の現場においても例外ではありませんでした。新型コロナの重症患者さんが増えたことでそのほかの患者さんの受け入れが困難になり、一時は患者さんの受け入れができないほどの状態に陥った医療機関もあったようです。多くの病院でキャパシティがギリギリの状態が続き、医療現場の負担は第1波・第2波の比ではありませんでした。

東海大学医学部付属病院でも、第3波のピークであった2021年1月中旬にはかなり厳しい状況で、従来心臓病の患者さんに使用することの多いECMO(エクモ:体外式膜型人工肺)全6台を新型コロナウイルス感染症の重症患者さんに使用しており、余剰はゼロ。新たに重症の心臓病患者さんが運ばれてきたらすぐに対応できないという切迫した状況に追い込まれました。そのまま重症患者さんが増えた場合、「どの患者さんにECMOを使用するのか」を決めなければならない状況だったのです。そのため、トリアージ(傷病者の重症度や緊急度に応じて治療の優先順位を決めること)を行うための緊急倫理委員会の体制を整えました。

ECMO イラスト 素材:PIXTA

素材:PIXTA

災害時以外のタイミングでトリアージを検討したことはこれまで経験がありません。それほど緊迫した状況だったということです。幸い、実際に緊急倫理委員会を開く機会はありませんでしたが、第3波のなかで「医療崩壊」が目の前に迫っていたことは間違いありません。

また、「すり抜けクラスター」による院内感染も医療現場に大きな負担をもたらしました。今は多くの病院で入院時に新型コロナウイルスの検査(PCR検査・抗原検査など)を実施し、陰性を確認してからの入院を行っています。しかし、感染初期などは検査で陽性反応が現れずに陰性と判断され(偽陰性)、感染者が紛れて入院してしまうことがあるのです。

当院でも入院時に抗原検査で陰性だった患者さんが後日PCR検査で陽性と分かり、濃厚接触者が大量に発生してしまった例がありました。これにより一時的に入院病棟を1フロアまるごと休止させなければならず、全804床の病床数のうち稼働できるベッドが実質600床まで減ってしまい、救急の患者さんを一部受け入れできなくなるなど、かなり厳しい状況に追い込まれた時期があったのです。

日本の医療が崩壊寸前になった理由

一部の報道では、病床数が日本より少ない海外と比較して「日本は病床数が多いのになぜ医療崩壊するのか?」との意見も見られますが、日本と海外ではそもそも医療システムやルールが異なるため、単純に病床数だけで比較することはできません。

1つの例として、アメリカでは公的医療保険に入れる人は限られ、医療費が全体的に日本よりも高額になります。そのため多くの人は、高額の入院費を支払うよりも入院期間を短くしたいとの考えから速やかに退院するので、病床の回転が早く、少ない病床数でもまかなえることが多いのです。たとえば、アメリカでは出産後にすぐ退院するという話をよく耳にしますよね。それは1泊何万円もの入院費用を払える人が一部しかいないからです。

一方、日本では国民皆保険制度に基づき保険証1枚で誰もが低価格で質の高い医療を受けることができます。アメリカなどと比較すると一般的な入院期間も長く、それに伴いある程度の病床数の用意が必要です。しかしながら国は医療費の削減を目指しているため、国民の数に対して医療機関のキャパシティがギリギリの状態に設定されているのが現状です。

第3波を経て浮き彫りになったのは、特に1都3県(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)は人口に対する医療機関の数が不足しているということ。医療資源のキャパシティに余裕がないのです。これらの地域は、今後同じような状況に陥った際、医療崩壊の危険があるといってよいでしょう。

感染制御と診療を両立するために―CVITの提言発表

コロナ禍では未知の感染症に対する不安や恐怖、医療現場での混乱や緊迫状態など、医療従事者にとってもストレスの多い局面が続いています。中でも、感染者や感染の疑いのある方に対し、検査・治療を行う際の感染対策、治療後の消毒・換気方法などについて明確なガイドラインが存在しなかったことから、「急を要する人命救助の場面で感染対策をどこまで徹底するべきか」「カテーテル室で消毒や換気をどのように行えばよいのか」という疑問や不安の声を耳にすることがよくありました。

このような状況を受けて日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)では、感染を制御しながら心臓病治療など日常診療を継続するための「新型コロナウイルスパンデミック下の感染対策についての提言」を発表しました。これはコロナ禍の適切な感染対策を専門家の意見を踏まえて作成したものです。

白衣の医師 写真:PIXTA

写真:PIXTA

感染対策の基準が分からない場合、医療機関では感染拡大を防ぐために万全な感染対策をしようという考えから、必要以上に設備や労働力を大きく割いてしまう傾向にあります。この傾向は特に感染症の専門家がいない医療機関で強く見られます。

そこでCVITの提言では、専門家の意見をもとに「カテーテル室を使用後は1時間換気すれば使用を再開してよい」「器具は次亜塩素酸で拭き取り消毒をすれば使用してよい」など具体的な管理方法を記載し、感染対策の適切なラインを示しています。

また、これまで使われていた医療機器の中で実際には感染リスクが高く使用すべきでないものなども明らかになってきたため、それらも記載しました。たとえば、心臓病の治療中などによく用いられる「非侵襲的陽圧換気(NPPV)」はエアロゾル感染などコロナ特有の感染経路からの感染が懸念されるため、患者さんの陰性が分かるまで使用しないこととしています。

この提言を活用することによって、感染症の専門家がいない医療機関であっても標準レベルの感染対策が実施できるはずです。新型コロナウイルスは非常に感染力が強いため、感染を100%防げる手立てはないと思われますが、提言に従って管理を行っていれば十分な感染対策ができるでしょう。心臓病治療にあたる全国の医療機関には、限られた時間、設備、人員で安全に診療を行えるように、CVITの提言を参考にしていただきたいと思っています。

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