これまで外国製が独占していた手術支援ロボット市場に、風穴を開けるかもしれない国産製品が2020年8月、厚生労働省の承認を得ました。ロボット手術が最も普及しているのが泌尿器科の領域です。当初から企業と国産ロボットの共同開発を続けてきた神戸大学大学院医学研究科外科系講座腎泌尿器科学分野教授/第108回日本泌尿器科学会総会大会長(2020年12月22~24日:神戸開催)の藤澤正人さんに、医療技術の革新とともに進歩を続けてきた泌尿器科医療の歩みについて聞きました。
泌尿器科のがん治療の多くは現在、腹腔鏡手術からロボット手術(ロボット支援腹腔鏡下手術)に変わりつつあります。泌尿器科では前立腺、膀胱(ぼうこう)、腎部分切除、腎盂(じんう)形成、骨盤臓器脱の仙骨膣固定――のロボット手術が保険適用になっています。残っている腎尿管全摘と副腎の手術が2022年の次の改定で保険診療できるようになると、泌尿器科のがんを含むメジャーな手術は全部ロボットでできるようになります。もちろん進行がんなどで開腹手術が必要なケースもありますが、開腹かロボットかの選択で、腹腔鏡手術はさらに少なくなるでしょう。
*編注:腹腔鏡手術は、体表に開けた数カ所の小さな穴から体内に挿入した鉗子(かんし=手術用の器具)を医師が直接操作する。これに対してロボット手術では、医師は手術台から離れた場所にある「コックピット」から複数の鉗子を操作する。腹腔鏡手術と比較して▽立体的な視野が得られる▽鉗子の動きの自由度が高い▽手ぶれが補正される――などの利点があり、より精密で患者に侵襲の少ない(患者の体に与えるダメージが小さい)手術が可能になる。「ロボット」といっても、自動的あるいは自律的に手術を完遂できるわけではなく、人間が操作する必要がある。
そうした中で、2020年8月、メディカロイド社が開発した国産初の手術支援ロボット「hinotori サージカルロボットシステム」が厚労省の製造販売承認を取得しました。まだ価格は確定していませんが、これまで圧倒的なシェアを握ってきたアメリカ製のロボットに比べて比較的安く手に入り、医療費削減にもつながるだろうと思います。
このロボットは神戸大学が当初から開発に協力し、年内には患者さんの手術に実際に使われることになると思います。さらに、先端的な機能を付加するために今後も共同開発をしていくとともに、ロボットトレーニングセンターも開設します。
今回、承認は泌尿器科領域だけですが、いずれ婦人科や消化器外科をはじめとして、さまざまな治療領域での承認が広がっていくでしょう。
こうした動きもあり、今の若い泌尿器科の医師にとって、ロボット手術は必須の技術になるでしょう。神戸大学医学部附属病院では、前立腺の手術を腹腔鏡で行うことは数年来ありません。膀胱の手術も、腹腔鏡手術は行わなくなってきています。腎臓もかなり減っています。これから多くの施設で同じように、ほとんどの手術がロボットで行われるようになるでしょう。
泌尿器科の歴史は、医療機器の開発とともに発展してきました。膀胱鏡(膀胱や尿道の中を観察できる内視鏡)の開発に始まり、腹腔鏡、手術支援ロボットと、新しい機器に応じて手術も変わってきました。
次にどのような先端医療が始まるか楽しみですが、例えば前立腺肥大を自動で切除するロボットや尿管鏡を自在に操るロボットも出現していることから考えても、医療におけるロボット治療はこれからもどんどん進むでしょう。
ただ、日本は産業用ロボットでは世界に輸出するロボット大国なのに、こと医療ロボットに関しては残念ながら出遅れています。そのため、大幅な輸入超過になっているのが現状です。「hinotori」はなんとか臨床応用できるところまできましたが、医療機器開発は資金もかかるしリスクも大きいので、ハードルが高いのは確かです。
ロボット手術のメリットでまず挙げられるのは「低侵襲」であることです。
泌尿器科の治療対象となるのは、基本的に高齢者が多くかかる病気です。これまでの侵襲が大きい治療の時代には「高齢だから手術せずに他の治療で様子を見ようか」と言っていた患者さんも、ロボットや腹腔鏡を使えば侵襲は小さいので、今は手術での治療の対象になりえます。
例えば、75歳で平均余命5年ぐらいだったころの患者さんには「この年でこんなしんどい治療しますか」と、する側も受ける側もためらっていました。今は同じ年齢でも平均余命は伸びているし侵襲が少ないので、手術の適応年齢も変わってきています。もはや、高齢だからというだけで手術をためらう理由にはならなくなってきています。高齢でもきちんと根治治療をしましょうという時代に動いてきています。
「人生100年」とされる現在、健康寿命をいかに伸ばすかは大きな課題です。今までなら「もう80歳だから手術なんていいですわ」と言っていたものが、「まだ80歳だからちゃんと手術をしてください」と言われるような、そういう時代が来ています。神戸大学でも、根治性が望めて患者さん本人にやる気があれば、90歳近くでも手術をします。これからのキーワードは健康寿命です。同じ年齢でも一人ひとりの状況は大きく異なり、手術をして健康寿命を延ばせるかどうかが指針になりつつあります。これまでの常識から外れていると思っていたことが常識になる、それが世の中ですからね。
僕が泌尿器科医になってから35年になります。当初、膀胱鏡はありましたが短くて硬い「硬性鏡」だけという時代でした。また、前立腺がんは、進行したものが多く手術は年に1件あるかどうかでした。その後さまざまな診断、治療機器が登場し、日本で腹腔鏡手術が始まったのが1990年ごろ、2000年には前立腺の手術でロボットが使われるようになりました。診断技術の向上に加えて疾患そのものの増加もあり、前立腺がんの手術件数が、今では全国で年間2万件を超えています。
治療体系もどんどん変わって、昔は「前立腺をとるんですか?」という感じだったのが、今は摘出が当たり前。腎臓がんでは全摘だったのが部分切除に変わってきています。
泌尿器科のように変化のスピードが速い領域では特に、治療技術の進歩に遅れず、いかに早く適応していくかが大切です。結局、どの世界でも同じですが自分の横で時代がすごい勢いで動いているのに「まだ大丈夫じゃないか」と言っていては、はじき出されてしまいます。時代についていくために必要なのは「変化適応能力」です。
先述したように泌尿器科医療の診断・治療技術の進歩の歴史と共に自身は歩んできました。そのような中、第108回日本泌尿器科学会総会の大会長を拝命しました。日本泌尿器科学会は4月に神戸市で総会を開催する予定でしたが、新型コロナの影響で12月22~24日に延期になりました。コロナの状況は先が読めないこともあり、現地会場とWebのハイブリッド開催となります。今のところ、一般演題はすべてWebで、特別講演、シンポジウムなどそれ以外は会場で行う予定です。ロボットもありますが他にもビッグデータやAIの活用、ゲノム医療、デジタル化といったものが、今回の学会の大きなテーマになります。それから「プレシジョン・メディシン(個別化医療)」、僕らは「プレシジョン・サージュリー(個別化手術)」と呼んでいますが、これも重要なテーマです。さまざまなデータを取り入れどのような手術をするか、切除の範囲をどこまで広げるかなどを、患者さんの状態に合わせて考えていくというものです。ロボット時代だから可能になる医療といえます。さらに、超高精細の「8K内視鏡」や、5G通信を使った遠隔医療などこれからいろいろなことができるようになってくるでしょう。そうした情報も発信していきます。
世の中が大きく動いていくときに、医療がどうやって追いついていくかは大切なことです。学会のあり方もそれに合わせて変わっていかねばなりません。学会では、これからどのような時代が訪れ、泌尿器科医療がどう変わっていくかなど、キャッチアップに必要な知識が得られる場を作っていきたいと考えています。
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