多発性硬化症や視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)、重症筋無力症のような神経免疫疾患の領域では近年、効果が期待できる薬が次々と登場し、適切な診断・治療を行うことができるような専門医がますます求められている。日本神経免疫学会は、神経免疫疾患に携わるさまざまな専門家が集まり、意見交換や研究発表などを行っている学術団体である。2022年に理事長に就任した中島一郎先生(東北医科薬科大学医学部 脳神経内科学 教授)は「日本独自のエビデンスを蓄積していきたい」と語る。日本神経免疫学会の取り組みや今後の展望について、中島理事長に聞いた。
私たち日本神経免疫学会が対象としているのは、主に自己免疫*が病態に関与する神経疾患などです。これら神経免疫疾患の領域では、ステロイドで炎症を抑えるくらいしか治療法がない時代が、長く続いていました。しかし近年、視神経脊髄炎スペクトラム障害や重症筋無力症に対して生物学的製剤が適用されるようになったことがターニングポイントとなり、複数の疾患で生物学的製剤が使用されるようになりました。生物学的製剤は発症にかかわる分子などターゲットが明確で、副作用が少ないのが特徴ですが、感染症にかかりやすくなるという課題があります。治療に従事する医師には専門的な知識が必要ですが、薬の選択肢が増えれば増えるほど患者さんが適切な治療を受けられるような専門医が不足する可能性があり、それは大きな課題だと思っています。
当学会としても会員を増やすことで、神経免疫疾患、具体的には多発性硬化症、視神経脊髄炎スペクトラム障害、重症筋無力症、慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)、ギラン・バレー症候群、炎症性筋疾患などを診療できる医師を増やしていきたいと考えています。
そのためにまず私が取り組んだのは、ウェブサイトの改訂です。学術集会のハイライトを掲載したり、一般の方向けの情報を充実させたりするよう変更しました。よりよい治療やSDM(Shared decision making:共同意思決定)に役立つような情報を提供していきたいと考えています。また、2025年には国際神経免疫学会が日本で開催されます。当学会の名誉会員でもある国立精神・神経医療研究センターの山村隆先生が大会長で開催されるので、バックアップするために英語のページも作成・公開しています。
*自己免疫:本来であれば細菌やウイルスなどの異物から体を守るためにはたらく免疫に異常が起こり、自分自身を攻撃するようになること。
神経免疫疾患は、診断や治療が難しい領域です。私自身、医師になりたての研修中に多発性硬化症や視神経脊髄炎スペクトラム障害の患者さんを診療する機会が度々ありましたが、当時は診断もつけられないような時代でした。診断がつかず、効果的な治療法がないまま患者さんが亡くなられた経験もしています。
現在は適切な診断や治療ができるようになりつつありますが、神経免疫疾患の診療では専門的な知識と経験、そしてスキルが欠かせません。その一方で、ほかの領域と同様、専門医が偏在しているという課題があります。偏在を解消するためには当学会の会員を増やすことに加えて、学会内で診療に関する教育の機会を作っていくことが大切だと考えています。
2023年には神経免疫診療認定医制度を開始しました。認定には一定の条件が必要ですが、やる気や熱意を示してくれれば希望者へ門戸を広く開いています。また十分な診療経験を積むことができるよう、患者さんが専門医のもとに集まる仕組みを構築したいと考えています。その一環として現在は、患者さんが専門医を探すことができるように当学会のホームページに、都道府県別に名前と所属を公開しています。患者さんがどこに住んでいても、専門医による治療が受けられるような体制を築いていくことが大切だと考えています。
当学会は、日本神経学会と連携しながら定期的に診療ガイドラインの制作を行っています。最近では2022年に重症筋無力症、2023年に多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害、2024年に慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチーの診療ガイドラインを公開しています。現状は国内のエビデンスが少なく、海外のエビデンスをもとに制作することが多い状況です。しかし近年は専門医が増えてきたので、今後は日本独自のエビデンスによる診療ガイドラインを制作することも、ある程度可能になると考えています。
また、日本神経免疫疾患レジストリ(研究組織)も立ち上げています。CIDPや視神経脊髄炎スペクトラム障害、MOG抗体関連疾患などの登録から活動をスタートしました。千葉大学の先生方が中心となって取り組んでおり、企業からの協賛も得て、持続的に運営できる体制になっています。今後はさらに、業績を出して我が国独自のエビデンスを蓄積していければと考えています。
もともと視神経脊髄炎スペクトラム障害に関しては、日本での研究が先行していたと思います。日本における視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療薬として5つの生物学的製剤が承認されていますが、これだけの数の治療薬が承認されている国はほかにありません。その一方で、CIDPやギラン・バレー症候群などに効果が期待できる治療薬の開発が進んでいない状況もあるので、さらなる研究の余地があると考えています。
私は長く神経免疫疾患の研究や診療に従事してきましたが、非常にやりがいがある領域だと実感しています。病態の解明や治療薬の開発など、その進歩を目の当たりにしてきました。神経免疫疾患を専門とする医師は、基礎研究をベースに治療薬が開発され、それを実臨床で患者さんに投与することで病気の克服につながるという一連の過程にかかわることができます。このようなやりがいを、いかに若い医師の皆さんに伝えていくかが今後の課題になるでしょう。
私はとにかく患者さんと接することが好きで、診療に力を注いできました。多発性硬化症や視神経脊髄炎スペクトラム障害などの診療に携わるなかで、いかに適切に診断・治療していくかを常に模索してきました。今後も、世界中の患者さんたちがQOLを高められるような方法を考えていきたいです。
また当学会 理事長としては、会員を増やすことで、この領域の専門医を増やしていくつもりです。そしてしっかりとしたレジストリを構築し日本発のエビデンスをガイドラインに反映させ、我が国での診療を高いレベルで標準化させていくことを目指したいと思います。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。