連載トップリーダー 語る

「乳房再建」 社会への周知目指す―学会総会 富山市で、市民向けに多彩なプログラムも

公開日

2025年10月22日

更新日

2025年10月22日

更新履歴
閉じる

2025年10月22日

掲載しました。
88a51f90a5

「乳房再建」に携わる医療者でつくる日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会(石川孝理事長)は2025年10月30日から、富山市の富山国際会議場で第13回学会総会を開催します。乳房再建とは、乳がん治療のため切除したり形が崩れたりした乳房を、自分の組織や人工物を使って手術前に近い形と大きさに修復する手術です。乳房切除による喪失感が解消され、精神的苦痛からの解放によりQOL(生活の質)向上が期待されますが、日本では乳房全切除(乳頭・乳輪と乳房皮膚の一部を含めて全乳房を切除する手術方法)患者の1割程度しか受けていません。今回の学会総会では、乳房再建を広く社会に周知することもテーマとして掲げ、一般市民向けの講座や子どもが参加できるセミナーなども予定していています。会長を務める佐武利彦先生(富山大学学術研究部医学系 形成再建外科・美容外科 教授)に総会の見所や学問領域の魅力と課題などについてお聞きしました。

乳房再建医療を1段上へ

今学会総会のテーマは「Raising the bar in oncoplastic breast surgery(乳房再建の水準を高める)」としました。乳房オンコプラスティックサージャリー学会は、乳がん治療における乳房再建をメインに扱う学会で、これまでは乳腺外科と形成外科が協力して二人三脚で運営してきました。

残念ながら、日本で乳がんの治療で乳房を全切除後に再建を受ける方の割合は約13%で、アメリカの約40%や韓国の50%超などと比較していまだに低いのが現状です。この状況を改善し、再建率を向上させるためには、乳腺外科医と形成外科医だけの協力では不十分です。乳がん看護認定看護師(日本看護協会が定めた乳がん看護に関する教育を修めた看護師)、理学療法士、作業療法士、放射線技師、そして何より患者さんご自身や一般の方々にも関わっていただき、乳房再建に対する意識を変えていくことが重要です。多くの関係者が一体となってこの険しい課題を乗り越え、乳房再建医療を1つ上のレベルへ引き上げ、広く社会に周知させていきたい。そのような大きな目標をこのテーマに込めています。また、そうした思いを、険しい崖を上り詰めた先に、富山県の県花であるチューリップが咲いている様子としてポスターに象徴的に描きました。

患者・一般、メディカルスタッフ向けプログラムを充実

今学会総会の特徴として、従来は2日間だった会期を、メディカルスタッフや市民向けプログラムを含めて4日間に拡大したことが挙げられます。これまでは医師向けのプログラムが中心でしたが、患者さんや一般の方、メディカルスタッフ向けのプログラムを充実させると2日間では収まりきらないため、10月30、31日は医師向け、31日と11月1日は乳がん看護認定看護師などメディカルスタッフ向け、そして11月1、2日は患者さんや一般の方向けのプログラム――と、対象ごとに日をずらしながら多くのプログラムを盛り込みました。

このうち、患者さんや一般の方向けには「乳がんと乳房再建を考える日」と銘打って、患者さんの声をはじめ、乳房再建に関して術前・術後の疑問や不安を解消するセミナー、健康と乳がん啓発のために富山市内を皆で歩く「ピンクリボンウオーク」など多彩なプログラムを用意しています。

ピンクリボンウオークは、日本の歴史公園100選にも選ばれた富岩運河環水公園をスタートし、富山城などをめぐって市民公開講座の会場でもある富山国際会議場を目指します。参加者には、富山県の象徴・立山連峰とピンクリボンをあしらった記念の限定ピンバッジをプレゼントします。

11月2日の午後は小学生を対象にした「Kids ドクターセミナー」を開催します。乳がんや乳房再建について学んだり、手術や検査の疑似体験をしたり、輪になって医師と話したりしてもらい、最後に認定証をお渡しします。子どものときに体験した楽しいことは忘れ難く、それが大人になって職業選択のときに役立つこともあると思います。10年後、20年後の自分の住む地域の医療を支えてもらえるよう、小学生のうちからこうしたイベントを通じてモチベーションを高めてもらえればと思っています。

患者・市民参画プログラムの参加は無料(懇親会など一部有料の行事あり)ですが、事前の参加申し込みをお願いしています。学会のウェブサイトからお申し込みください。

学会のすそ野を広げ、乳がん・乳房再建について一緒に考える仲間を増やすために乳がん看護認定看護師・メディカルスタッフのためのセッションも用意しつつ、医師を交えて重要な部分を、いっしょに討議します。参加者には認定看護師/専門看護師(日本看護協会認定)更新のための受講証明書が発行します。

乳腺外科医が参加しやすいプログラム増やす

これまでの学会総会は、参加者の6~7割が形成外科医、3~4割が乳腺外科医とアンバランスだったため、今回は乳腺外科の先生たちが参加しやすく、広く学べるテーマを増やしました。乳がん手術や乳房再建の最新技術、治療戦略についてのシンポジウムやパネルディスカッションを多数企画したほか、日常診療に直結する内容を幅広く取り上げます。教育講演では、三次再建、乳がん治療や再建のレジェンドから学ぶセッションなどを用意しました。

今回は海外から15人のゲストをお迎えしますが、参加するシンポジウムやパネルディスカッションはあえて「国際セッション」とせず、AI同時通訳によって英語へのハードルを低くしてインターナショナルな知見を日本の臨床現場へ還元しやすくします。

またNEXTジェネレーション企画として、若手医師の発表・ディベートの場を設け、未来のオンコプラスティックサージャン(乳がん手術で根治性と整容性を両立させる外科医)の育成にも力を入れます。

学会総会に先立ち10月23日と25日には事前学習として、手術動画とライブサージャリーをオンラインで配信し、自宅で乳房再建を学ぶ「プレコングレス」も予定しています。

ユニークなイベントとして、「医療従事者のための Pre MBA」を希望者向けに開催します。乳がんは女性のがんで一番多く、生涯で9人に1人がかかるとされています。今後、人口が減少し、少子高齢化で人口構成が変化していくなかで、乳がん治療・乳房再建の分野を1つの大きな“マーケット”ととらえる経営学的な視点を学べるプログラムです。

乳房再建 2つの課題

先ほどもお話ししたように、日本での乳房再建実施率は非常に低いうえ、地域差がとても大きくなっています。

乳がん治療の歴史を振り返ると、私が医師になった1989年ごろは、乳がんの治療では胸の筋肉やリンパ節まで大きく切除する「ハルステッド手術」が標準でした。1990年代に入り、乳房部分切除に放射線治療を追加する「乳房温存療法」が広まりましたが、変形が残るなどの課題もありました。その後、抗がん薬や分子標的薬などによる薬物療法が急速に進歩し、ただがんを治すだけでなくよりきれいに治したいという「術後のQOL」が重視されるようになったのです。

そうしたなかで課題があります。1つは「乳房再建」という選択肢があることを患者さんに十分に伝えられていないこと、もう1つはチーム医療を提供できる施設が都市部に集中していることです。乳房再建は、乳腺外科医と形成外科医の連携が不可欠なのですが、地方には両方がそろっている施設がまだ少ないのが現状です。

今学会総会ではこうした課題を解消するために、たとえば乳腺外科が乳がんの手術後に再建の初期段階まで行えるようにしたり、形成外科医が乳腺外科の手術を手伝ったりといったように、互いの領域の知識や技術を学びあい、協力体制を強化するための議論をします。

患者さんからの感謝の言葉がやりがいに

私が20年以上この仕事を続けてこられたのは、治療・再建を終えた患者さんが、がんになる前よりもいっそう元気に、パワーアップして社会で活躍している姿を見てきたからです。乳房再建は命に直接かかわる手術ではないかもしれませんが、患者さんのその後の人生のQOLを大きく左右する非常に重要な治療です。患者さんから感謝の言葉をいただいたときに、この仕事のやりがいを強く感じます。

乳がんになる女性の数が多いことから、乳房再建は形成外科が扱う領域の中でも患者数が多く、美容外科的なセンスやスキルも求められます。ここで技術を磨くことがほかの形成外科治療の技術向上にもつながる、非常に奥深い分野です。医学生や若手の医師は、ぜひチャレンジしてほしいと思います。

垣根越え、よりよいチーム医療構築を

コロナ禍を経て、再び顔を合わせて熱く議論できる機会が戻ってきました。こうした機会を通じて、乳腺外科と形成外科、あるいは施設の垣根を越えて連携し、医師だけでなく看護師や他のメディカルスタッフと共に、患者さんのためのよりよいチーム医療を築いていきましょう。

一般の皆さんには、この学会が乳房再建という選択肢について正しく知っていただく場となり、治療後の後遺症で悩む方を1人でも少なくするきっかけになることを願っています。ぜひ会場にお越しいただき、多くの情報を得ていただければ幸いです。
 

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

トップリーダー 語るの連載一覧