一般社団法人 日本癌学会(以下、日本癌学会)と株式会社メディカルノートによる第1回連携ウェビナー「明日のがん医療を創る―日本癌学会」が2025年3月14日に開催されました。日本癌学会 理事長 間野博行先生(ウェビナー開催当時、現・国立がん研究センター研究所 研究所長)より、日本におけるがん研究の成果と、それを支える日本癌学会の取り組みについてお話がありました。当日の講演内容をダイジェストでお送りします。
日本癌学会は、1941年の設立以来80年以上の歴史があるがん研究を専門とする学術団体です。「明日のがん医療を創る」という理念のもと、医学、薬学、生物学、工学などさまざまな分野の約12,500人の研究者が集い(2025年1月時点)、がんの解明と克服を目指して多岐にわたる研究に取り組んでいます。
日本癌学会の主な活動として、毎年9月に開催される学術総会があります。学術総会には世界中から数多くの研究者が集まり、最先端のがん研究について知識交換が行われており、約6割は英語セッションとなっています。他学会との合同シンポジウム、患者団体との協働シンポジウムのほか、がんサバイバーの方にがん研究を学んでいただきプレゼンテーションをしていただく「サバイバー・科学者プログラム(SSPプログラム)」も開催しています。今年の学術総会は、2025年9月25日〜27日まで石川県金沢市の複数会場で開催予定です。
学術総会のほか、米国癌学会と合同で精密医療(プレシジョンメディシン)に関する国際カンファレンス、臓器別カンファレンス、ハワイでの国際会議なども定期的に開催しています。
日本癌学会では、学術賞や研究助成によりがん研究者の支援も行ってきました。本学会による研究には、すでに実用化され、世界中の患者さんの命を救っているものが多くあります。そのうちで、特に注目すべき3つの研究成果を紹介します。
1つ目に私の研究成果として、固形腫瘍(固形がん)における融合型がん遺伝子、EML4-ALKの発見についてご紹介します。従来、「一般的な固形腫瘍、いわゆる癌では、染色体転座*で生じる融合遺伝子による発がんは存在しない」と考えられていましたが、肺がんにおいてALK遺伝子が転座してEML4遺伝子と結合し、発がんの原因となることを明らかにしました。ALK遺伝子はチロシンキナーゼと呼ばれる酵素をコードしており、EML4遺伝子と融合することで酵素活性が数百倍に増強し、がんを引き起こすことが分かったのです。この研究成果に基づきALK阻害薬のクリゾチニブが開発され、世界中で用いられるようになりました。
さらに私たちは、肺がんでクリゾチニブが効かなくなるメカニズムの解明にも成功しています。この研究結果は、薬剤耐性(薬が効かなくなること)が生じにくい新世代のALK阻害薬の開発につながりました。複数開発された新世代のALK阻害薬は世界中のがん患者さんの救命に役立っています。
*転座:染色体の一部が分離し、別の染色体に付着する遺伝子変化のこと。
2つ目の研究成果は、河野隆志先生(国立がん研究センター研究所 ゲノム生物学分野長)による融合型がん遺伝子の発見です。ALKとは異なるチロシンキナーゼをコードするRET遺伝子と、KIF5Bという遺伝子との融合遺伝子(KIF5B-RET)が、肺がんの原因となることを明らかにしました。このRET遺伝子がコードするチロシンキナーゼの阻害薬、いわゆるRET阻害薬の効果も認められ、日本全国における大規模な臨床試験で実証されました。さらに薬剤耐性機構の解明により、有効性の高いRET阻害薬が次々に開発され、国際臨床試験において高い奏効率*が示されました。現在では、RET融合遺伝子陽性の複数のがん種に対し、RET阻害薬が広く用いられるようになっています。
*奏効率:薬物療法による効果を示した患者さんの割合のこと。
3つ目は、小川誠司先生(京都大学大学院医学研究科 腫瘍生物学講座)によるRNAスプライシング因子の遺伝子変異の発見と、スプライシング阻害薬の開発です。スプライシングとは、タンパク質をコードするメッセンジャー RNAが作られる際にイントロンといわれる部分が切り取られる機構です。小川先生らは、スプライシング因子の遺伝子変異を発見し、それが骨髄異形成症候群の発症に関与することを明らかにしました。さらに、スプライシングを阻害する薬(CLK阻害薬)を用いることで、骨髄異形成症候群の前がん細胞が死滅することを動物モデルで証明しました。これらの研究成果に基づいて行われたヒトに対する安全性を調べる第I相臨床試験でも優れた有効性が認められています。
かつては発がんメカニズムの発見から治療薬の開発・応用までには長い時間がかかっていましたが、現在では原因を発見した研究者自身が治療薬や診断法の開発、さらには臨床試験まで一貫して携わることができる時代になりました。このように、研究成果が患者さんの治療に直結するがん研究の世界において、日本癌学会は世界の中でも非常に大きな役割を担っています。
「がん研究こそが明日のがん医療を創る」——日本癌学会は医学のみならず多様な分野からの研究者の参画を歓迎し、次世代のがん研究を担う人材の育成に力を注いでいます。がん医療の進歩のため、がん研究に情熱を持つ全ての方々の日本癌学会への参加をお待ちしています。
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