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40歳代から始まる「ロコモ」――仕事中の転倒・骨折を防ぐために個人と企業ができること

公開日

2025年11月12日

更新日

2025年11月12日

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2025年11月12日

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日本整形外科学会は2025年9月11日、『「勤労者ロコモ問題」に打ち勝つ―“高年齢労働社会”で企業と個人が取り組むべきロコモ対策とは―』というテーマで、記者説明会を開催しました。ロコモ(ロコモティブシンドローム)とは、運動機能の障害のために移動機能が低下した状態のことで、日本における40歳代以上のロコモ人口は約4,660万人にものぼると推計されています。また最近では60歳代、70歳代でも仕事を続けている方も多く就労中の転倒・骨折災害が増えている現状もあることから、企業や個人のロコモ対策が急務となっています。本講演では、日本整形外科学会 ロコモチャレンジ!推進協議会 委員の中村 英一郎(なかむら えいいちろう)先生(産業医科大学病院 脊椎脊髄センター部長・診療教授)より、働く人々における“勤労者ロコモ問題”の現状と対策についてお話がありました。講演の内容をダイジェストでお送りします。

“高年齢労働社会”で増える転倒・骨折――ミドル世代も要注意

日本では、少子高齢化に伴い高年齢労働者の割合が増えてきています。2021年の調査によると65歳以上の約25%、65~69歳の約50%が就業しており、2022年の調査では70歳以上でも働ける制度のある企業が約40%を占めていることが分かっています。2025年には高年齢者雇用安定法が改正され65歳までの雇用確保が完全に義務化されたことから、“高年齢労働社会”の流れはさらに加速していくと考えられます。

同時に60歳以上の労働災害による死傷者数も年々増加しています。その発生要因として最も多いのが「転倒」で、高年齢労働者では「転倒に伴う骨折」が多いことも注目すべき点です。この要因として、高年齢労働者には骨粗鬆症や加齢性変性疾患(変形性関節症、腰部脊柱管狭窄症など)が多く潜んでいることが挙げられます。かつて定年60歳が一般的だった時代には、高所からの転落やはさまれ・巻き込まれなど重大事故の防止が労働災害対策の最優先事項でした。しかし、高年齢労働者の増加により勤務中の転倒・骨折災害が増加している今、企業には新しい労働災害対策が求められています。さらに見過ごせないのは、40~50歳代のミドル世代の状況です。調査データによると、ミドル世代からすでにロコモは始まっており、ロコモ度1の割合は50歳代で40%以上とも報告されています。ミドル世代に対するロコモ対策も急務となっています。

転倒予防対策としての「体幹トレーニング」の有用性

それでは転倒を予防するには、どうすればよいのでしょうか。ここで、勤労者における転倒の原因を調査した研究をご紹介します。製造業に従事する男性従業員(平均年齢40歳)を対象に、年1回の体力測定とアンケートを2年間実施しました。調査開始時のアンケートで過去1年間の転倒回数(スポーツ以外)をたずねたところ、15.7%もの人が転倒を経験していました。転倒に関連する因子を解析した結果、下肢筋力の不足、バランス能力の低下、運動習慣の欠如、腰痛、肩こり・首の痛みが、転倒と関連していました。さらに次年度の調査では、9.8%の新規転倒者(初年度は転倒歴がなく新たに転倒した人)が発生しており、これらにおける転倒の危険因子を解析したところ、肥満、バランス能力の低下、腰痛が関連していました。これらの結果から考察できるのは、最初にバランス能力が低下した後に筋力が低下することで転倒リスクが高まるということです。

また、勤労者30人に対して行った別の調査では、バードドッグ*、プランク**といった体幹の筋力トレーニングを行うことで、バランス能力、2ステップテスト***、体力評価の結果がいずれも改善していたことが分かりました。体幹の筋力トレーニングが転倒予防には有効であると考えることができます。

*バードドッグ:四つん這いの状態で対角線の手足を同時に伸ばして体を支えるトレーニング。

**プランク:うつ伏せの状態から両肘とつま先を地面につき、体を一直線に支えるトレーニング。

***2ステップテスト:歩幅から下肢筋力、バランス能力、柔軟性などを含めた歩行能力をみるテスト。

「大腰筋の低下」勤労者の転倒リスクに

体幹筋と転倒の関連について行った研究についても触れておきます。内臓脂肪測定用のCT画像を活用し、勤労者の体幹筋(大腰筋と脊柱起立筋)の面積を10年間追跡したところ、いずれの筋面積も30歳代からすでに減少が始まっていました。さらに男性のみの解析で、脊柱起立筋の筋面積減少の危険因子は、60歳以上、BMI 25 kg/m2以上、内臓脂肪の増加である一方で、週900 kcal以上の運動量(1日45分の歩行に相当)が筋面積減少を抑制することが分かりました。それに加えて、50歳以上のデスクワーカーを対象とした解析では、大腰筋の筋面積が小さく、10年間での減少量が大きい人ほど、転倒リスクが高いという結果が得られました。大腰筋は太ももを引き上げる筋肉であり、これが衰えると自分が思っているほどに足が上がらなくなり、わずかな段差でもつまずきやすくなることが予測されます。

勤労者の2%に自覚ない椎体骨折が

高年齢労働者の転倒・骨折の要因となる骨粗鬆症の大きな問題は自覚症状がないことです。さらに骨粗鬆症による脆弱性骨折は痛みを感じにくく、本人が骨折に気付いていないケースもあります。

骨密度検診の女性受診者(平均年齢59歳)を対象とした調査では、約40%に骨密度低下がみられたものの、その多くは骨粗鬆症の自覚がないという結果でした。さらに、肺がん検診の胸部CT画像を用いた解析では、勤労者5,509人(平均年齢56歳)の約2%、人数にすると約100人に椎体骨折を認めました。椎体骨折があると新たな骨折のリスクとなるため、検診などの機会を活用して早期に発見することが重要です。

ビタミンD欠乏も深刻な問題です。人間ドック受診者(平均年齢54歳)を対象とした調査では、96%がビタミンD不足(30 ng/mL未満)、65%がビタミンD欠乏(20 ng/mL未満)という深刻な状況でした。ビタミンDは骨を丈夫にするだけでなく、筋力維持や転倒予防にも関わる重要な因子です。そのため、ビタミンD欠乏は骨粗鬆症・ロコモにつながり、転倒・骨折災害にも関与すると考えられます。

個人と企業ができること

まずミドル世代の方には、40歳代以降からロコモが増加していることを知っていただきたいと思います。転倒リスクにつながるバランス能力の低下、体幹筋面積(特に大腰筋)の減少を防ぐためのバランス訓練や体幹筋トレーニングを積極的に行いましょう。また、1日45分以上の歩行習慣を身につけることも有用です。無理なく続けるためにも“ながら運動”が一番よいと思います。また、日本人の多くはビタミンD不足の状態なので、意識的なビタミンD摂取を心がけてほしいと思います。

シニア世代はすでに骨粗鬆症や加齢性変性疾患が潜んでいる可能性があります。骨密度測定による骨粗鬆症の早期発見、整形外科受診による加齢性変性疾患の適切な診断・治療が重要です。ミドル世代と同様に、筋力・バランス能力を保つためのトレーニングや運動習慣、ビタミンD摂取も意識するようにしましょう。

企業の皆さんには、従業員の「足腰の健康」の可視化を積極的に促し、長く働ける企業の土台作りに向けて、ロコモ度テストと骨密度測定を定期健康診断に取り入れてほしいと思います。

日本整形外科学会も2025年の啓発ポスターで“勤労者ロコモ問題”を取り上げ、全国8,000以上の整形外科に配布して啓発活動を展開しています。個人や企業の取り組みによって“勤労者ロコモ問題”に打ち勝ち、誰もが長く健康に働ける社会の実現を目指しましょう。

 

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