医療情報の発信における連携協定を締結している一般社団法人日本癌(がん)治療学会とメディカルノートが共催する第1回がんちスタジオWebinar「一般社団法人日本癌治療学会について~がんちから日本を、そして世界を元気にする~」が、2025年5月23日に公開された。ウェビナーでは同学会の吉野孝之理事長(国立がん研究センター東病院副院長)が、活動状況やビジョンなどについて説明した。講演内容をダイジェストで掲載する。
日本癌治療学会(通称「がんち」)のキャッチフレーズは「がんちから日本を、そして世界を元気にする」です。
学会は1963年に設立されて60年以上の歴史があり、会員数約1万6000人(2024年7月末時点)の大きな学会に育ちました。本学会は「がんの予防、診断及び治療に関する研究の連絡、提携及び促進を図り、がんの医療の進歩普及に貢献し、もって学術文化の発展及び人類の福祉に寄与する」ことを目的とします。
現在、日本の経済力が低下し、世界的なプレゼンスも下がっているなか、がんちを通じて、医療を超えて日本の国力強化や持続的成長に貢献する――そんな未来を夢見ています。
そのために会員数2万人、機関誌のインパクトファクター*を10に引き上げる、CRC**とがんナビという認定資格者を2000人まで増やすという3つの目標を立てました。どれも容易に達成できるものではありませんが、あえて掲げることによって、がんちの伸展を図ります。
*インパクトファクター:学術雑誌の影響度を評価する指数
**CRC:Clinical Research Coordinatorの略で、治験コーディネーターとも呼ばれる。
がんちは21の専門科からなり、臓器横断的、領域横断的、職種横断的な学会としての特徴を持っています。
年1回の学術集会はとても重要です。直近では2024年10月に福岡市で開催し、6200人以上が参加しました。2200を超える演題がエントリーされ、うち300以上が海外からの演題で、国際色も豊かになりました。
海外との連携も非常に重要で、2024年はアメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)と連携してASCO Breakthroughという国際学会を開催しました。2025年以降も続くと思いますので、日本臨床腫瘍学会とも連携しながらこの学会を盛り上げていきたいと考えています。
若手育成のため、ASCO、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)から協力を得て、若手研究者を各学会の学術集会に派遣し、3日から1週間程度著名な病院や研究施設を訪問してメンターとなってくれる欧米の先生と関係を築く「フェローシッププログラム」を実施しています。2024年はASCOに5人、ESMOに2人を派遣しました。今後、人数を増やしていきたいと考えています。
アジア各国とは、アジア腫瘍学会(AOS)によってコラボレーションしています。AOSは14か国・地域の50を超える学会が所属している連合体で、この組織が一丸となってアジアに教育、研究の成果を広める役割を担っています。2024年11月まで岐阜大学学長の吉田和弘先生がプレジデント(会長)を務めるなど、アジアの中でも日本は非常に高いポジションにあります。
国際対がん連合(UICC)と連携して毎年2月4日に行っている「ワールドキャンサーデー」は、世界中の一人ひとりががんに対する意識を高め、知識を増やし、行動を起こすことを目的としたイベントで、こうした世界規模のキャンペーンは非常に重要と考えます。
ほかにも、がんちと日本癌学会、日本臨床腫瘍学会が合同でさまざまな活動を展開しています。人材育成では、「Rising Starネットワーキング」を行っています。45歳以下の若手を各学会から20人ずつ選抜し、1泊2日で講演やポスターセッション、それに対する議論をするというものです。
がんゲノム医療に関してはそれぞれの学術集会で合同シンポジウムを実施するなど、さまざまな企画を行っています。また、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るったときには、がん治療の現場における疑問に答えるQ&Aも作成しました。
3学会合同の活動には「ゲノム医療推進タスクフォース」もあります。さらに、3学会で作成した「次世代シークエンサー等を用いた遺伝子パネル検査に基づくがん診療ガイダンス」は2020年5月の第2.1版から更新していなかったため、がんちが主導してこれからアップデートします。また、今ある遺伝子パネル検査がより使いやすくなるよう、現在のエビデンスと臨床現場に合った形にすべく検討を加速させています。
「International Journal of Clinical Oncology(IJCO)」と「International Cancer Conference Journal(ICCJ)」という2つの機関誌を発行しています。このうち、2025年に創刊30年を迎えるIJCOのインパクトファクターは2023年が2.4で、目標の10には程遠い状況です。これを徹底的に改良していきます。機関誌のインパクトファクターが高いということは、その学会の学術的な力が高いことを意味します。さまざまな新しいシリーズ(連載)を通じてインパクトファクターを上げるべく、動き出しています。
また、ケース(症例)シリーズ(特定の治療などを受けた患者さんの追跡観察調査)を扱うICCJはやっとインパクトファクターがついたところです。学術集会での発表などの掲載を依頼し、これから育てていきたいと考えています。
領域を横断する数々のガイドラインを作っています。たとえばGIST(全消化器に発生する腫瘍)や、成人・小児進行固形がんの臓器横断的ゲノム診療のガイドラインなどがあります。「小児・AYA世代がん患者等の妊孕性(にんようせい)温存に関する診療ガイドライン」は2024年12月に改訂第2版が出たところです。
また、分子的残存病変(MRD)*に関する見解書を2024年10月に出しました。世界で他に誰も出していないものを、日本臨床腫瘍学会、日本外科学会の協力を得て出したことにより、MRDの検査がより早く日本で承認されることを願っています。
*分子的残存病変(MRD):臨床的、生物学的、放射線学的な再発の証拠が現れる前に認められる分子レベルでの再発
さらにもう1つの柱として、CRCとがん医療ネットワークナビゲーター(がんナビ)認定制度を拡張していこうと考えています。学会認定CRCは現在、ジュニア*が26人、CRC**が128人、シニア***が17人(2024年7月時点)で“発展途上”と言わざるを得ません。CRCの数を増やすとともに、スペシャリストを増やすという2つの軸を並行して行うためがんCRC学会との連携を強化しながら、臨床研究をやりやすい下地を作っていきます。
がんナビはがんに関する正確な情報を的確・適切に患者さんや家族に伝えるとともに、疑問に答え、悩みを解決する手助けができる相談支援員で、病院にいるがん相談支援センターと患者さんをつなぐ中間的な存在です。現在、認定ナビゲーターが453人、シニアナビゲーター****が80人(2024年7月時点)います。国の第4期がん対策推進基本計画の中でもがんナビを増やすことが明記されており、今後国と連携しながら盛り上げていきたいと思っています。
*ジュニア(CRC):プロトコール(実施計画)やデータ管理の専門家として研究が適切に遂行されることをサポートする、データマネージメントに関する一定の技能をそなえた者(癌治療学会の解説より)
**CRC:責任医師の指導・監督のもと、臨床研究のデータ収集・管理し、被験者の人権や安全性を守り、科学的に信頼性の高い臨床研究を円滑に進められる一定の技能をそなえた者(同)
***シニア(CRC):CRCからさらに一段階進んだスペシャリストとしての被験者の人権や安全性を守り、科学的に信頼性の高い臨床研究を円滑に進められる一定の技能をそなえた者(同)
****シニアナビゲーター:認定ナビゲーターがコミュニケーションスキルを学び、がん診療連携拠点病院などにおける実地見学などでの錬成を経た後に認定される(同)
市民向けの啓発活動も重要です。市民公開講座では最新の医療情報を分かりやすく伝えており、YouTubeなどで過去開催分の内容を見ることができます。
がんの治療の臨床試験に市民のアイデアを反映させる取り組みとして「患者・市民参画(PPI=Patient and Public Involvement)教育」も行っています。学術集会でシンポジウムを開いたり、患者支援団体や患者団体などさまざまな団体と組んだりしながら活発な活動を展開しています。
小学生からのがん教育も非常に重要で、小さいころからがんとは何かという教育を受けてがんの実際を知ることで、がんに対する偏見などが生じなくなると考えます。
がん研究をより活発化するための研究助成も行っています。たとえば「がん臨床研究助成プログラム」では、厳正な審査委員会により、2024年には13件の申し込みに対して5件の助成を行いました。企業と組んでの助成もあります。小林がん学術振興会とがんちが組んだ研究助成は次世代のリーダー育成が目的で、2024年は10件の研究助成をしました。
2024年の学術集会ではSNSを解禁しました。(これまで禁止してきた)録音・録画、ネット投稿を可能とし、我々の活動が医療従事者にとどまらず社会全体に拡散される方向に、今年からかじを切りました。専門家集団の限られた空間から、社会全体に開かれたものにするため、認定NPO法人「deleteC」と組んで、学術集会を盛り上げ、インフルエンサーの方に録音・録画した素材をSNS経由で拡散していただきました。このような市民団体とコラボレーションを深めながら、我々の活動を社会にもっと理解し、応援してもらうことに力を入れていきたいと考えています。
いろいろとお話をしてきましたが、最終的なゴールは一人ひとりのがん患者さん、未来のがん患者さん、その家族に、ハッピーを超える「More than happy」を届けたいと願っています。実現のために、我々の活動が社会にしっかり認識され、賛同を得て、必要なお金と人材を集め、タイムリーに仕事をしていくことが重要です。そうした活動を通じて、日本、そして世界を元気にできれば本当にうれしいと思っています。
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