神戸市で2025年3月6~8日に開催された日本臨床腫瘍学会第22回学術集会で実施された「ペイシェント・アドボケイト・プログラム(PAP)」での注目演題の報告。後編は「がん研究への患者・市民参画推進」と「がん患者の就労支援」についての講演を取り上げる。
特別企画5では、がん研究における患者・市民参画がなぜ必要か、どのような人材が求められているかなどについて議論した。
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がん研究における患者・市民参画(PPI: Patient and Public Involvement)の推進は、研究の質と社会への還元性を高めるうえで不可欠だ。PPIは、患者や市民が研究の計画、管理、デザイン、遂行の全段階において医療従事者とパートナーシップを組みながら運営していくことを意味する。Involvement=参画は「計画段階から普及までパートナーとして」進めることを表す言葉だ。
類似した概念に「エンゲージメント(Engagement)」がある。医療者が患者・市民の意見を聞き、研究に反映させることを指し、「参画」に比べるとやや間接的な関わりとなる。しかし、近年ではこれらの言葉は同義語として使われることも増えてきた。
日本におけるPPIの推進は、2018年の第3期がん対策推進基本計画において、がん研究についての項目で「参画」という言葉が初めて使われたことに始まる。2023年の第4期同計画では「患者・市民参画」という項目が立てられ、研究だけでなく行政への介入などを含めた各分野への横展開が提唱されている。
従来の医療は、患者の身体的な機能回復に焦点を当てる「医学モデル」が主流だった。近年では、「社会モデルアプローチ」の重要性が認識されるようになった。たとえば下肢麻痺(かしまひ)がある人に対し、従来はリハビリテーションによって機能回復を目指していた。ただしそれだけでは不足しており、はきやすい靴や持ちやすい杖、市中の段差解消、医療経済的支援など社会モデルアプローチからのサポートとともに実施していくことに意味があるといわれるようになった。ここに当事者の視点の重要性が含まれている。
がん研究において、患者・市民参画は多岐にわたる場面で期待されている。たとえばAとBの薬はどちらが効果があるかという比較試験を始めるときに▽同意書に患者・市民が理解できない言葉や間違った理解をしてしまう言葉などがないか▽研究デザインの構築に問題はないか▽研究協力者をどう募集するか▽研究の結論を社会に還元する際の「分かりやすい言葉」とはどういったものか――などについて患者・市民の目線が非常に重要になる。
国のがん対策推進基本計画では、第3期から患者・市民参画を推進するための仕組みの整備および啓発・育成の推進の2つが柱として挙げられてきた。「仕組みの整備」は研究者側の受け入れ体制構築を、「啓発・育成」は参画する患者・市民側への教育プログラムの策定である。
この啓発・育成のために、日本臨床腫瘍学会や日本癌治療学会、日本癌学会などは患者支援プログラムを実施している。しかしどのような人材を育成すべきかが分かりにくい。
各プログラムをつなぎ合わせるための手段として、がん対策推進総合研究事業で体系的なカリキュラムの開発に取り組んでいる。その成果はウェブサイト「がん研究 患者・市民参画 マナビの広場(https://plaza.umin.ac.jp/ppi-ed/)で公開されている。そのカリキュラムでは、「興味があるがん研究の参画募集に手を挙げてみようと思うことができる人」の育成を目指している。
カリキュラムを通じて、
の6領域と、計13のコンピテンシー(求められる資質・能力)を身に着けることが人材育成につながると期待している。
現在、マナビの広場には、自己学習(e-ラーニング)用の動画や用語集、対面研修の開催情報が掲載されているので、ぜひ活用してほしい。
特別企画2ではがん患者の就労支援の現状と課題、展望について解説した。
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がん経験者は「社会」「心」「身体」「尊厳」の4つの痛みに直面する。中でも社会の問題が大きくクローズアップされている。
がん対策推進協議会において、第3期がん対策推進基本計画の議論の中で「就労」を柱として挙げてほしいと話した。その際に、患者も企業も病院も地域も行政も、皆頑張ることがあるという「治療と仕事の両立に向けた社会モデル」を提案した。議論から約15年の間に、傷病手当金制度が柔軟化され、民間企業の従業員は取得開始日から18カ月で打ち切りになり3年目に再発しても手当金が支給されなかったが、通算で18カ月間取得できるように法改正された。
今新しく取り組んでいるのは中小企業の問題だ。休職中の社員に対する社会保険料の減免や、晩期後遺症に対する障害者手帳取得の条件緩和などについて働きかけを始めた。
これから雇用年齢がどんどん高くなり75歳まで働くようになるだろう。企業の中でもがん対策をはじめとして、さまざまな病気の対策をしていかなければいけなくなり、そうした動きも出始めている。
がん患者の仕事と治療の両立に関する一般の方の認識について、2013年から定点調査を実施している。「2週間に一度通院の必要がある場合に働き続けられる環境だと思うか」という問いに対し、2013年はできないと思う人が約69%いた。これが2019年には約53%になったが、できると思う人が半数を超えるのが目指すべき姿だと思っている。
「同一労働・同一賃金」も非常に重要だが、実は福利厚生の面でも企業ごとにかなりの格差がある。付加給付という制度がある大企業の健康保険組合に加入している場合、医療費の自己負担額が月2万~2万5000円を超えた分は保険組合から支給される。中小企業ではこうした福利厚生がない場合が多数で、非正規雇用はさらに手薄になる。こうした格差について、データを使って議論していくことも重要だ。
現在、再発予防、再発後のいずれにおいても薬物療法の期間が非常に長くなっており、就労継続に影響を及ぼしている。医療者は患者の社会的背景や生活にもっと目を向ける必要がある。
がん患者の心理的状況は、診断直後だけでなく、治療後の社会復帰期にも最も心理的な落ち込みが大きいという調査結果がある。職場におけるピアサポート(同じような立場や経験をもつ仲間同士が支え合う活動)は重要だ。がん患者の就労では、「カミングアウト」の問題が出てくる。ためらわずに「がんになった」と言える環境をつくっていかなければいけない。ピアサポートは、がん患者が抱える問題を共有し、支え合うことで心理的な負担を軽減し、就労を継続するうえで大きな役割を果たす。がんを経験した人がピアサポーターとして支える側に回ってもらいたい。
働く世代ががんになって働けなくなり、離職することによる労働損失は年間1兆1424億円にもなる(2011年)。がん患者に対する社会保障、就労問題をどうしていくか、複合的に見ていく必要がある。
大事なことは「Nothing About us, without us(私たち抜きに、私たちのことを決めないで)」ということで、企業はがんを経験した社員、上司ほか、いろいろな人の声を聞いて就業規則も変えていってほしいと思い、活動を続けている。
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