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妊娠しても出産に至らない「不育症」 抗リン脂質抗体症候群が原因なら治療可能

公開日

2022年03月14日

更新日

2022年03月14日

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2022年03月14日

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「不育症」をご存じでしょうか。子どもを望みながらも得るのは困難という点で不妊症と混同されることもあり、不育症そのものがあまり知られていないのが現状です。不育症にはいくつもの要因があり、その中でも自己免疫疾患の一種「抗リン脂質抗体症候群」が原因の場合には治療によって高い確率で出産が可能になります。北海道大学大学院医学研究院免疫代謝内科学教室教授、渥美達也先生に抗リン脂質抗体症候群の方の不育症治療などについてお聞きしました。

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不育症は“少子化日本”の社会問題

不育症は妊娠そのものが困難な「不妊症」とは異なり、妊娠はするものの胎児がおなかの中で正常に発育せず、流産や死産(妊娠22週以降の死亡胎児出産)を繰り返す状態です。検査をしてどこにも異常がない場合には「不育症ではない」と考える患者さんもいるようですが、不育症は流産・死産の回数だけで規定されます。

妊娠初期の流産は大部分(60~80%)が胎児(受精卵)の偶発的な染色体異常が原因といわれます。ただ2度、3度と流産を繰り返す場合には、夫婦の染色体異常に加え、妻側の▽子宮形態異常▽内分泌異常▽凝固異常▽母体の高齢――などのリスク因子があるとされます。

血液中にできた血栓(血の塊)が血管に詰まる「血栓症」などの原因となる「抗リン脂質抗体症候群(APS)」も、不育症のリスクを高めることが知られています。

「子宮形態異常や染色体異常などが原因の不育症は治療のすべがないのですが、抗リン脂質抗体症候群ならば治療で元気な赤ちゃんを産むことも可能です。出生率が大きく低下している日本社会にとって、不育症はとても重要な社会問題と考えます。不育症という概念を多くの方に知っていただき、抗リン脂質抗体症候群が原因であれば診断・治療することは社会的に大きな意義があると考えます」と渥美教授は話します。

不育症の中で「抗リン脂質抗体陽性」のリスク因子がある人の割合は、日本では約9%との研究もあり、少数ではあります。「たとえ数は少なくとも、治療ができるからこそ医師は不育症の原因を決して見逃してはならないのです」と渥美教授は強調します。

抗リン脂質抗体症候群とは

抗リン脂質抗体症候群は自己免疫疾患の一種です。自己免疫疾患とは、体内に入ってきた“異物”を排除する免疫機構が、自分の細胞や組織などを攻撃してしまうことによって起こります。細胞膜を作る主な成分の「リン脂質」に結合する性質をもつ血液中の「リン脂質結合タンパク」に対する自己抗体(自分の細胞を“異物”とみなして攻撃する物質)を「抗リン脂質抗体」と呼びます。血中にこの抗体が存在することで血栓症などが起きやすくなるのが抗リン脂質抗体症候群です。患者さんの妊娠は、不育症のほかに妊娠高血圧症候群(PIH)、胎盤機能不全、胎児発育不全(FGR)、HELLP症候群などの合併症リスクも高まるといわれています。

「治療をせずに放置していると周産期予後が悪くなるため、妊娠した場合には早い段階から治療することが必要です」と渥美教授。

抗リン脂質抗体症候群に関連する抗体にはいくつかの種類があり、どの抗体があるのかは患者さんごとに異なり、その組み合わせによってリスクの判断がなされます。ただ、産科領域については、検査やリスク判定、治療選択などのリスク評価の方法は今のところ確立されていません。

専門外来置く医療機関も

以前は抗リン脂質抗体症候群による不育症の治療は膠原病(こうげんびょう)内科が担っていましたが、現在は産科で診るようになっています。産科の中でも不育症の専門外来を置いている医療機関も増えてきました。また、名古屋市立大学では2014年に「不育症研究センター」を設置するなど、非常に重要な領域との認識が高まっています。

抗リン脂質抗体症候群と診断した場合には、抗凝固薬のヘパリンと低用量アスピリンを投与することで、不育症と血栓症を同時に予防することができます。

患者さんの中には、ヘパリンを投与しても血液の固まりやすさが改善しない「ヘパリン抵抗性」の方もみられます。

「そのような方に対しては次の段階として、いくつか可能性のある治療も考慮してよいとされています。積極的に診断をしてこうした治療をすることで、少子化対策に多少なりとも貢献できるのではないかと考えます」と、渥美教授は期待しています。

治療で7~8割が出産可能

抗リン脂質抗体症候群が原因の不育症は、治療によって7~8割の方が出産可能という研究結果もあります。一方で、抗リン脂質抗体症候群ではない不育症の方が誤診され、不要な治療を受けるケースもみられるといいます。

渥美教授は「不妊症に比べて不育症は言葉自体が浸透しておらず、反復流産や習慣的流産の原因が抗リン脂質抗体症候群であるにもかかわらず、診断に至らないと治療に移ることができなくなってしまいます。まずは不育症という概念を浸透させ、積極的な検査と診断を行っていくことが課題です。そのうえで正しい治療を受ければ、抗リン脂質抗体症候群の方は無事に出産できる可能性が高いことを知っていただきたいと思います」と話しました。
 

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