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HPVワクチン積極的勧奨開始を前に効果や安全性の最新情報報告―日本癌治療学会

公開日

2022年03月01日

更新日

2022年03月01日

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2022年03月01日

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子宮頸がんを予防するヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの積極的勧奨が2022年4月から再開されることが決まった。広範囲の疼痛(とうつう)や不随意運動などの「多様な症状」が接種後まれにみられたことなどから、厚生労働省は2013年に積極的勧奨を中止。それから8年、国内外でワクチンの効果や安全性などについての研究が進んだ。勧奨再開を控え、日本癌(がん)治療学会の第59回学術集会(2021年10月、横浜市、林隆一会長:国立がん研究センター東病院)では、会長企画シンポジウムとして「HPV関連癌(子宮頸癌および中咽頭癌)における診療の現状と予防への展望」があり、そうした研究の一端が報告された。本稿では、登壇した演者5人の講演のエッセンスを紹介する。(司会:丹生健一・神戸大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科頭頸部外科教授/片渕秀隆・くまもと森都総合病院産婦人科特別顧問)

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左:丹生先生 右:片渕先生

国内外のHPVワクチンの現状

岩田敏・国立がん研究センター中央病院感染症部長/感染制御室長は「HPV ワクチン接種の現状と展望―9価HPVワクチンの導入を踏まえて」として、国内外のHPVワクチンの現状などについて報告した。

HPVワクチンの安全性と有効性については、国内外からさまざまなエビデンス(科学的根拠)が出され、接種後にみられる症状に関しても「問題ない」という報告が出されている。また有効性については、たとえばスウェーデンでワクチン接種者の子宮頸がん発症リスクは88%減少するとのデータも示されている。さらにワクチン効果の持続性については12年間の追跡で持続しているとの研究もある。

WHO加盟国のうち55%にあたる107カ国で、HPVワクチンは国が行う予防接種として導入されている。また、主要な国では日本以外のほとんどで9価(HPVには100以上の「型」があり「価数」は対応するウイルスの型の数を表す)のワクチンが導入されており、定期接種の対象は女性だけでなく男性も含まれている。

岩田氏はまとめとして、HPVワクチンの積極的勧奨が再開されるにあたり「以前の失敗を繰り返さないために、効果や安全性、有害事象や副反応について丁寧な説明が必要。また、積極勧奨が控えられていた間に接種できなかった人へのキャッチアップ接種、9価ワクチンの定期接種化、男性も対象に含めるといったことも必要になる」と展望を述べた。

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「子宮頸がん 母から児への移行」詳報

国立がん研究センター中央病院小児腫瘍科の荒川歩医長は「母体の子宮頸癌の移行により母親由来のがんを発症した小児の2例」と題して、2021年1月に医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンで発表した2つの症例について詳細を報告した。

母親から児へのがんの移行は50万人に1人という非常にまれな現象で、従来確認されていたのは白血病やメラノーマ(悪性黒色腫)といった胎盤を通じて血行で転移しやすいがん種だった。荒川氏らが報告した2例では、母の子宮頸がんが破水時に羊水や血液に交じり、児が産声を上げた際に羊水とともに肺にがん細胞が入って感染するという、新しいがんの移行様式が示された。

1例目は、出産3カ月後に母が子宮頸部扁平上皮がん、児は生後23カ月(1歳11カ月)で肺原発性神経内分泌がんと診断された。病理組織型の違いから当初は移行が疑われていなかったが、遺伝子パネル検査で児の肺がん遺伝子から他人の遺伝子配列が検出された。また、母と児のがん細胞の両方から同じタイプのHPVが検出されたことなどから、児のがん細胞が母由来であることが確認された。

2例目は、母が妊娠中にポリープを指摘され、出産時の生検で子宮頸がんと診断された。児は6歳時に上葉肺腺がんと診断され、最終的に左肺を摘出。このケースでは、他人のがん細胞によるため自身の免疫機構によってがんがゆっくりと進行し、6年たってがんが顕在化したと思われる。

両ケースとも母は出産後に死亡したという。

荒川氏は「母親が妊娠中、出産後にがんにかかった場合、非常にまれではあるが母から児へのがん移行の可能性も考慮すべきではないか。がん移行を防いで子どもの未来を守る観点からも、HPVワクチンの普及は非常に重要である」と結んだ。

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ワクチン有効性の実証「NIIGATA STUDY」

新潟大学産科婦人科の関根正幸准教授は「子宮頸癌予防におけるHPVワクチン有効性の実証」として、新潟県で行われている大規模疫学研究「NIIGATA STUDY」のデータを中心にHPVワクチンの効果について報告した。

NIIGATA STUDYは、自治体データを用いた正確なワクチン接種歴とアンケートで聴取した性的活動性を加味して解析できることが「強み」だという。20~22歳の女性2197人を対象に調べたところ、HPV感染に対するワクチンの有効率はハイリスクの16、18型に対し93.9%。また、定期接種に使われていたワクチンが直接対象としていない31、45、52型でもCross-protection(交差免疫)によって67.7%の有効性が認められた。

積極的勧奨を中止した年代への影響も確認されている。20、21歳の3795人を対象としたデータでHPV16、18型の感染が2014年には1.3%だったものが、2017年には0になった。ところがワクチン接種率が激減した2020年には1.7%へと戻ってしまった。これが細胞診異常、組織診異常にどう影響を与えるかは今後データが出てくると思われる。

前がん病変に対する予防効果は、初交前にワクチン接種を受けた女性では、高度扁平上皮内病変(HSIL)以上の前がん病変に対して78.3%と有意なワクチンの有効性が認められた。

関根氏は「20~22歳を対象として16、18型に加えて、31、45、52型感染に対してワクチンの有効性が示され、その効果は接種後9年となる25歳まで持続していることが分かった。我が国でも前がん病変に対する有効性が実証されてきており、今後は浸潤がんに対する予防効果の実証が求められている」とまとめた。

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子宮頸がん治療ワクチン開発の現状

日本大学医学部産婦人科学系産婦人科学分野の川名敬教授は「子宮頸癌の発癌機序とその制御~癌のリスク低減を目的とした新薬開発の展望」として、「治療ワクチン」開発の現状を報告した。

HPV関連がんは免疫機構による防御反応が効きやすく、たとえばハイリスクの16型による子宮頸がんの前駆病変でも6割程度は自然治癒するといわれている。この免疫反応を引き起こすがん抗原のうち「E7」をターゲットに、海外では1990年代から治療ワクチンの研究が続けられてきた。従来はいずれも注射によって投与するものだが成果は芳しくなく、いまだにHPV関連がんの治療ワクチンは世界に1つもない。

川名氏らは、経口投与によって粘膜免疫を誘導するという新たな発想で研究。その原理を次のように説明する。HPVによってがんが引き起こされる子宮頸部、咽頭、中咽頭などは、粘膜免疫システムで制御される。腸管にある“免疫の教育現場”にE7抗原を導入した乳酸菌を製剤化して届けることで、E7に特異的なヘルパーT細胞(粘膜T細胞)が教育される。そのT細胞が子宮頸部に流れて腫瘍細胞と出くわし、最終的にNK(ナチュラルキラー)細胞が活性化されるなどして病変をつぶすと考えられる。

現在、第1、第2相の医師主導治験を実施中で、2022年夏ごろに本薬とプラセボそれぞれの効果を判定する。

川名氏は「成功すれば世界初のCIN(子宮頸部異形成=前がん病変)治療薬になるのではないか。子宮頸部病変に限らず、粘膜に発生するHPV関連がんの治療薬になり得ると期待している」と話した。

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HPV関連中咽頭がんの現状と予防

最後に東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科の齊藤祐毅講師が「中咽頭癌におけるHPV感染」として、日本でも急増しているHPV関連中咽頭がんの現状と予防について講演した。

中咽頭がんは喉の奥に生じる悪性腫瘍で、診断には耳鼻咽喉科の受診が必要とされる。HPV関連中咽頭がんは2000年ごろからアメリカでの報告が相次ぎ、21世紀になって認識された病気である。働き盛りの40~60歳代に多く、飲酒量・喫煙量が少ない人でも発症し得るという特徴がある。アメリカからの報告では、性行動が盛んな群で発症リスクが多いとする説もある。

日本では、新規子宮頸がん患者数は年間約1万1000人と見積もられており、HPV陽性中咽頭がんは3000人弱と推測され、近年増加傾向にある。HPV関連がんの発生予測に関する論文では、ほとんどの国で減少傾向にあると予測される中、日本は群を抜いて悲観的な予測がなされており、アジアの中でも突出した増加が予測されている。

がん予防については一般に一次予防、二次予防、三次予防の3つの方法がある。

発生要因を取り除く一次予防については、HPV関連中咽頭がんはHPVワクチンによる予防を考えたい。HPVワクチンによりHPVの口腔感染率が下がるという報告があり、HPVワクチンによるHPV関連中咽頭がんの予防が期待されている。日本でも4価のワクチンは9歳以上の男性への適応承認が下りているが、今のところ積極的勧奨はない。

ハイリスク症例に対する発症予防である二次予防については中咽頭からHPV検出された群に対する発がん予防が考えられるが、いまだ研究段階にとどまっている。

がんになった患者を、QOL(生活の質)を保ちながら治療する三次予防については、HPV関連中咽頭がんは比較的治療に反応しやすい特徴を有する。ステージ1、2の患者の5年生存率は80%を超えている。今後は侵襲(患者の体への負担)を下げた治療法開発が求められる。

齊藤氏は「HPV関連中咽頭がんは日本でも今後、急増のリスクがある。二次予防が困難な複雑な病気と考えられ、(男性を含めて)ワクチンによる一次予防が望ましい」と結んだ。

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