提供:川上純先生
シェーグレン症候群診療ガイドラインが2025年4月、日本リウマチ学会の編集により、8年ぶりに改訂されました。世界各国で治療薬の治験が進み、新薬への期待が高まる一方、患者さんが感じるつらさと医学的に重視されてきた全身症状(症候)との間には大きなギャップが存在するといいます。
今回は日本リウマチ学会アドホック委員会シェーグレン症候群診療ガイドライン委員会委員長を務められた長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 リウマチ・膠原病内科 主任教授 川上純先生に、今回の改訂のポイントとシェーグレン症候群の診療の課題や今後の展望についてお話を伺いました。
シェーグレン症候群は、本来細菌やウイルスなどを攻撃する免疫が誤って自分自身の体を攻撃してしまう「自己免疫疾患」で、主に涙腺と唾液腺が標的となります。日本リウマチ学会は、免疫の“暴走”により引き起こされる炎症や関節炎など、多様な自己免疫疾患を対象とする学術団体です。
今回のシェーグレン症候群診療ガイドライン2025年版では、初版である2017年版から大きく2つの点が改訂版に盛り込まれました。
1つ目は、患者さんの声を盛り込んだ点です。患者・市民参画(Patient and Public Involvement:PPI)の一環として、「シェーグレン白書2020による患者の実態と声」という章を設けました。「シェーグレン白書2020」とは、2019年11月に日本シェーグレン症候群患者の会の会員に対して行われたアンケートの結果を同会がまとめた報告書で、日本のシェーグレン症候群の患者さんの実態が詳細に述べられています。今回のガイドラインではこの内容を取り上げており、従来のエビデンス中心の構成のみから一歩踏み出した画期的な取り組みといえます。
2つ目は、エビデンスに基づくシステマティックレビューのレポートには落とし込めないものの、臨床現場で大切な知識や経験を伝えるために9つのコラムを設けた点です。これらの改訂によって、シェーグレン症候群診療ガイドライン2025年版は、患者さんの実際の体験や現場の医師に有用な実地臨床の知見が反映され、より実践的で包括的な内容となっています。
シェーグレン症候群に対して、現時点では効果的な生物学的製剤や分子標的治療薬がまだ発売されていません(2025年8月現在)。しかし、現在、世界各国で多くの薬剤の治験が行われており、川上先生は「あと数年でいくつかの薬剤が承認される可能性があります」と語ります。
新薬の開発に期待が高まる一方で課題も残されています。シェーグレン症候群の患者さんには、免疫異常(自己免疫)の主な標的が涙腺と唾液腺であることから、涙や唾液の不足による目や口の乾燥症状を呈することが多いのですが、肺や腎臓、関節などの重要な臓器に症状が現れることがあり、これを全身症状(症候)と呼びます。川上先生は「患者さんが最も困っており、何とかしてほしいと訴える症状はドライネス(目や口の乾燥症状)が多いのです」と言われます。しかし、生命予後に影響する程度としては全身症状のほうが大きいため、これまで医学的には全身症状が重視され、治験も多くはこれらが強い患者さんを対象に行われてきました。また、シェーグレン症候群は国の指定難病となっていますが、その重症度を判定する指標として現在用いられているESSDAI(EULAR Sjögren's Syndrome Disease Activity Index、全身症状の活動性を評価する指標)にも、ドライネスの評価は含まれていないのです。全身症状が重要なのは間違いありません。
今後は、患者さんのADL(activities of daily living: 日常生活動作)やQOL(quality of life)を大きく損なっているドライネスと、これまで重視されてきた全身症状の両方を考えることが必要です。ドライネスに対しては、乾燥症状、倦怠感(けんたいかん)、疼痛(とうつう)の3つで構成される指標(EULAR Sjogren's Syndrome Patient Reported Index:ESSPRI)による評価があり、ドライネスが強い患者さんを対象とした治験も始まってきています。エコーやMRI検査を用いて唾液腺の状態を評価することにより、新薬のドライネスへの治療効果を予測する新たな試みも検討されています。さまざまな取り組みによって、ドライネスに対する有効な評価・治療方法が確立されることで、課題が解消されていくことが期待されます。
「シェーグレン白書2020」によれば、シェーグレン症候群の患者さんは、眼科や耳鼻咽喉科、歯科などさまざまな診療科を受診しています。現在治験が進められている薬剤のほとんどは、分子標的治療薬に含まれる生物学的製剤です。このような薬剤による治療は、リウマチ専門医、膠原病・リウマチ内科領域専門医、日本臨床免疫学会の免疫療法認定医など、生物学的製剤による治療経験の豊富な医師が担当することになると考えられます。
また、シェーグレン症候群に特徴的なリスクとして、悪性リンパ腫の発生率が高い点が挙げられます。そのため、診療においては、全身症状を適切に評価することが非常に大切です。リウマチ膠原病科の医師は全身を診ることに長けており、生物学的製剤の使用にも習熟しているため、シェーグレン症候群の診療を主導する立場になることが予測されます。しかし、リウマチ膠原病を専門とする医師の数は決して多くはないため、今後はかかりつけのさまざまな診療科との連携を強化していく必要があります。
川上先生は「シェーグレン症候群は、全身症状と患者さんのQOLのギャップがとても大きい疾患です。そのことをしっかりと理解して、一人ひとりの患者さんに向き合っていくことが大切だと考えています」と語りました。
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