更年期障害では、だるさや疲れやすさなどさまざまな体調不良が現れます。しかし一見更年期障害に感じるこれらの症状が、実は甲状腺の病気によって引き起こされている場合があります。女性に多い甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症では、更年期障害と似たような症状が現れるのが特徴です。国立成育医療研究センター 女性総合診療センター 女性内科 診療部長の荒田 尚子(あらた なおこ)先生は「少しでも疑う症状があれば、ためらわず受診してほしい」とおっしゃいます。甲状腺機能低下症の特徴や治療のポイント、疑ったときに取るべき行動などについてお話を伺いました。

甲状腺は、喉の下のほうにある小さな臓器です。蝶が羽を広げたような形をしており、甲状腺ホルモンを分泌します。甲状腺ホルモンには、新陳代謝や自律神経を活発にして、胃腸などの消化器をはじめさまざまな臓器がスムーズに機能するよう調整するはたらきがあります。また、妊娠の維持や、子どもの成長発達にも欠かせません。このような甲状腺ホルモンが不足する病気を「甲状腺機能低下症」といいます。
甲状腺機能低下症は、いくつかの種類に分けられますが、最も多いのが「原発性甲状腺機能低下症」です。甲状腺自体に問題がありホルモンを作れなくなるために起こるものを指し、橋本病(慢性甲状腺炎)*が原因で起こるケースが多くあります。ほかにも、甲状腺ホルモンを産生させる脳の指令が弱くなるために起こる「二次性甲状腺機能低下症」や、甲状腺の手術などによって生じる「医原性甲状腺機能低下症」があります。
*橋本病(慢性甲状腺炎):甲状腺に慢性的な炎症が起こり、甲状腺ホルモンが作られにくくなる自己免疫疾患の1つ。本来は細菌やウイルスなどから体を守るためにはたらく免疫が誤って自分自身を攻撃することで生じる。
甲状腺機能低下症では、更年期障害と似たような症状が現れます。また、甲状腺機能低下症とは反対に、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される甲状腺機能亢進症でも更年期障害のような症状がみられるため、甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症があっても、更年期障害とされて正しく診断されていないケースが少なくありません。今回は甲状腺機能低下症の場合についてお話しします。
更年期障害は女性ホルモンが不足して起こる症状ですが、女性ホルモンも甲状腺ホルモンも同じようにQOL(生活の質)の維持・向上に必要なホルモンです。これらの不足によって、疲労感や寒がり、体重増加やむくみ、便秘、月経不順、無気力などが現れることがあります。こうした症状で医療機関を受診しても、受診先によっては正しい診断につながらないことがあり、たとえば精神科だと血液検査が行われずに見過ごされているケースが多い印象です。婦人科は甲状腺ホルモンをチェックすることが比較的多いと思いますが、更年期障害と判断されてしまえば、それ以上の検査は実施されないこともあるでしょう。また、甲状腺機能は変動しやすく、血液検査を受けるタイミングによっては異常が出ないこともあります。なお、甲状腺機能低下症は出産をきっかけに発症することが多いとされています。特に近年は出産年齢が高齢化しているために、産後に体調不良を訴える方が増えていますが、中には甲状腺機能低下症が隠れている方も多いと考えられます。
甲状腺機能低下症の治療では、薬で甲状腺ホルモンの補充を行います。甲状腺ホルモン(FT4)が低下し甲状腺刺激ホルモン(TSH)*が上昇した状態を顕性の甲状腺機能低下症といい、明らかに治療が必要な状態と判断されます。また一般的に、TSHの数値が10以上の場合はFT4値が正常であっても治療が必要な状態と考えられます。
ただし、潜在性の甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモンは正常値であるものの甲状腺刺激ホルモンが上昇した状態)でTSH値が10未満の場合であっても、患者さんが困っていれば積極的に治療を検討してよいと考えています。治療は患者さんのQOLを見極めながら進めていくことが大切です。そのため私は、単純に検査の数値だけで判断するのではなく、患者さんが日常生活で困っていることはないか、きちんとお話を聞くよう努めています。
甲状腺機能低下症は、定期的に状態を確認していれば基本的に命にかかわるような病気ではありませんが、適切な治療をしないままでいると粘液水腫性昏睡(ねんえきすいしゅせいこんすい)**などの重い症状につながる場合もあります。また、血中のコレステロールが増えて動脈硬化が進んだり、認知機能が低下しほかの病気を引き起こしたりする場合もあります。甲状腺機能低下症による認知機能の低下は治療で改善が期待できるため、しっかりと治療を受けていただきたいと思います。
ただし、過剰な治療には注意が必要です。薬を飲み過ぎることで、不整脈や骨量低下などにつながる場合があるからです。甲状腺ホルモンの分泌を促すTSHが抑制されないよう、適切な治療を続けることが大切です。
また、昆布などヨウ素を豊富に含む食品を取り過ぎると、甲状腺ホルモンの低下につながりやすくなるので注意が必要です。無理して避ける必要はありませんが、取りすぎないよう心がけていただくとよいでしょう。
*甲状腺刺激ホルモン(TSH):甲状腺ホルモンの分泌を促すホルモンのこと。甲状腺機能低下症では不足した甲状腺ホルモンを補おうとする生体反応によりTSHの数値が上昇する。
**粘液水腫性昏睡:重度の甲状腺ホルモン不足(甲状腺機能低下症)によって生じ、意識障害や呼吸抑制などが起こる。
甲状腺ホルモンの検査は、職場などの健康診断の項目には入っていないことが多いのが現状です。そのため甲状腺機能低下症の可能性を疑ったら、まずは自ら受診する必要があります。
甲状腺ホルモンは基本的にどの医療機関でも測定することができますので、婦人科などでも相談してみてください。「甲状腺機能低下症の症状があるようなので、血液検査をしてもらえませんか」と伝えたら検査をしてもらえると思います。甲状腺機能低下症は患者数が多い病気なので、ためらう必要はありません。甲状腺機能低下症の可能性がある場合は、必要に応じて専門的な診療を実施している医療機関へ紹介してもらえるはずです。更年期障害だと思っていたら、実は甲状腺機能低下症だったという例は少なくありません。まずは疑うことが大切です。特に家族に甲状腺の病気がある方は強く疑ったほうがよいでしょう。
甲状腺機能低下症の最も多い原因である橋本病は、成人女性の10人に1人にみられる病気で、統計によってはそれ以上の頻度で発症するという報告もあります。ですから、原因が分からない疲労感やだるさ、体重の増減などがある場合は、一度、甲状腺ホルモンの検査を受けることをおすすめします。ホルモンの不足による病気は、基本的にホルモンの補充によって改善しますので、治療しないのは人生がもったいないと思います。甲状腺機能低下症は決して怖い病気ではありませんので、適切な治療を受けて健やかな人生を送っていただきたいです。
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