左から東北大学病院放射線治療科 梅澤玲准教授、同院 香取幸夫副病院長、同院放射線治療科 神宮啓一教授、東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座 中川恵一特任教授、全国がん患者団体連合会 天野慎介理事長、がん患者会サロンネットワークみやぎ 髙橋修子副代表(写真提供:東北大学病院)
東北大学病院(仙台市青葉区)は、地域医療の中核を担うとともに人材育成や医療技術の開発も進める特定機能病院として、進んだ医療技術と地域・社会の課題解決を両立させる取り組みを進めている。
中でも次世代放射線治療装置「MR(エムアール)リニアック」の導入は、日本の高齢化と地方の医療格差に対する新たな解決策として注目されている。
同院が2025年11月16日に開催した市民公開講座では、放射線治療科教授である神宮 啓一(じんぐう けいいち)先生の先進的な理念と、その実現を支える医師、そして治療を受ける患者や国会議員らの多角的な視点から議論が交わされた。その模様をレポートする。
講座は、香取 幸夫東北大学病院副病院長の開会挨拶から始まった。副病院長は東北大学病院が長年にわたり地域医療の中核として医療を担ってきた歩みに触れながら、市民公開講座で「これからのがん治療」について考えることの意義を強調。
その後、東北大学病院の放射線治療科長である神宮 啓一教授から、MRリニアックを導入した背景にある病院の理念と、その技術がもたらす革新について説明が行われた。
東北大学病院 放射線治療科 神宮 啓一教授:
私は患者さん一人ひとりの人生を大切にする医療を何よりも重視しています。今の日本は、残念ながら男性の3分の2、女性の2分の1の方が、生涯のうちにがんを経験される時代になりました。このような時代、もしがんになってもこれまでの日常生活をできるだけ長く保ちながら、治療を進めていけることが非常に重要だと考えています。放射線治療は、まさにその実現を可能にするものです。
当院が2022年から治療を開始した「MRリニアック」は、体に優しく、切らない治療を一段と進化させました。この装置はMRIと放射線外照射装置が一体化しており、1.5テスラという磁場強度による高精度な画像を見ながら治療を行うことができます。
現在は、CTスキャンと放射線外照射装置が一体化した機器が一般的ですが、このCTでは骨はよく見える一方、前立腺や直腸、筋肉といった「軟部組織」はぼんやりとしか見えないという特徴があります。
しかし、MRリニアックはMRIを使うことで軟部組織がよく見え、尿道すら判別できるほど組織を明瞭に描出します。さらに、この精度で治療中も呼吸や臓器の動きをリアルタイムで追従し、がんの動きに合わせて放射線を当てる範囲を極限まで小さくできるようになりました。これにより周囲の正常な部分の被ばくが極限まで少なくできるようになったことから、一度に強い放射線を照射することが可能となりました。
このような体への負担が少ないがん治療は、これからもっと広まっていくでしょう。
続いて、同院放射線治療科の梅澤 玲准教授が登壇し、特に治療が難しいとされる膵臓(すいぞう)がんへのMRリニアックによるアプローチについて、具体的なメリットを解説した。
東北大学病院 放射線治療科 梅澤 玲准教授:
MRリニアックの真価は、その場で患者さんの状況に応じて計画を柔軟に修正できる「即時適応放射線治療」にあります。
従来の放射線治療では、たとえば膵臓がんの治療を事前に計画していても、その後の食事や腸管の便やガスの影響で周囲の胃や十二指腸などの重要な臓器に計画した場合と比べて多く被爆する可能性がありました。
しかし、MRリニアックを使えば、照射の直前にMRIで臓器の位置を確認し、瞬時に治療計画を修正できます。また線量分布図を確認しながらほぼ確実にがんだけを狙うことができる分、照射回数を減らすことも可能です。
これにより、治療が難しいとされてきた膵臓がんに対しても、短期間かつ高い線量で集中的に照射する定位放射線治療が可能になりました。化学療法や手術と組み合わせることで、治療成績の向上が期待できます。
次に行われた第1部パネルディスカッションでは、「国が支える近未来のがん放射線治療」と題し、神宮教授に加え、東京大学大学院医学系研究科 総合放射線腫瘍学講座(そうごうほうしゃせんしゅようがくこうざ) 中川 恵一特任教授、全国がん患者団体連合会 天野 慎介理事長、自由民主党 国光 あやの衆議院議員が登壇。先進的な医療の普及における政策・財政的な課題について、積極的な議論が交わされた。
まず、放射線治療の専門家であり、先進的な医療を取り巻く日本の医療経済と財政の課題についても詳しい中川特任教授から、日本のがん治療の課題についての指摘が行われた。
東京大学大学院医学系研究科 総合放射線腫瘍学講座 中川 恵一特任教授:
日本のがん治療は、胃がん治療にみられるように世界的に先頭集団にいます。しかし、現在の日本は地方の医療体制が疲弊した結果、高度な医療技術を持つ医師や施設を「集約化」せざるを得ない状況にあります。
高額な機器を導入するには大学病院でも多額の初期費用がかかり、さらに維持にもコストがかかります。たとえば、ある治療の診療報酬が63万円程度であるのに対し、設備の維持にはそれ以上のコストがかかるという現実があるのです。採算だけを考えれば導入は困難です。その結果、地方に住む患者さんの一部で、専門的な治療を受ける病院が近くにないために必要な医療が受けられない事態が起きつつあります。
中川特任教授の財政的な課題提起を受け、神宮教授から、困難な状況下でもMRリニアックの導入を推し進めた強い熱意と、それが具体的に患者さんの負担軽減にどう結びついているかが示された。
東北大学病院 神宮 啓一教授:
中川先生からお話があったように、地方の医療格差是正は喫緊の課題です。
たとえば、従来の放射線治療では前立腺がんの場合、通院は週に5回、合計で38回(約8週間)にも及ぶことがあり、遠方の方や介護をされている方には大きな負担でした。
しかし、MRリニアックを使えば大幅に治療回数を減らすことができます。
以前私が担当した65歳の男性患者さんは、要介護の奥様と自宅で商店を営んでおり、高精度な放射線治療施設までは片道1時間20分もかかってしまう状況でした。そのため、20回程度の通院であっても「とても無理だ」と諦め、新しい治療を受けることができませんでした。
しかし現在、MRリニアックの精度を生かし、前立腺がんの治療をわずか2回(10日間)にまで短縮できており、このような連日の通院が難しい方への治療も行うことができています。
このように、新しい機器を導入できれば治療が可能となるケースは多いでしょう。高額でも治療に大きなメリットをもたらす機器は全国的にもっと導入されるべきで、それが医療格差是正につながるはずです。
続いて、患者の立場から天野理事長が、この革新的な治療法への期待と、自身の体験を交えて意見を述べた。
全国がん患者団体連合会 天野 慎介理事長:
私自身、従来の放射線治療を受けた際には、治療のために30回も病院に通う必要がありました。治療中には白血球減少や倦怠感などの副作用に苦しみ、仕事にも影響が出ました。
MRリニアックのような治療回数が縮小できる画期的な治療は、生活と治療の両立に悩む全ての患者にとって、本当に光となるものです。そのような医療が全国で受けられるようになるべきだと考えています。
そして、国政の場から国光衆議院議員が、先進的な医療を支えるための国の役割と、医療体制の整備に対する見解を示した。
自由民主党 国光 あやの衆議院議員:
放射線治療は、X線、陽子線や重粒子線を含め、がん治療の柱の1つです。しかし、現状は先進的な治療が全国どこでも受けられる体制の整備ができておらず、これは国政の責務だと考えています。
地域医療の崩壊を防ぐための「連携・再編・集約化」の議論、そして新たな医療機器の導入における財政的な課題について、国としてもしっかりと議論し、解決に向けて力を尽くしていく必要があります。
次に、「地域が支える近未来のがん放射線治療」と題し、より地域の放射線治療に焦点を当てたパネルディスカッションが行われた。
このディスカッションには神宮教授、梅澤准教授に加え、がん患者会 サロン ネットワークみやぎ 髙橋 修子副代表、自由民主党の生稲 晃子参議院議員も参加。地域医療の現場と、患者さんが働きながら治療を続けるための環境整備について議論が交わされた。
地域で患者支援に携わる髙橋 修子副代表からは、がんと共に生きる人々の精神的な負担や、地域のネットワークの重要性について、切実な声が寄せられた。
がん患者会 サロン ネットワークみやぎ 髙橋 修子副代表:
病院での治療が進歩しても、患者は家に帰れば日常の生活があります。そして患者は、病気になったという事実だけでなく、長期間の通院による経済的・体力的な負担、遠くの病院へ連日付き添ってもらう家族への申し訳なさといった、さまざまな心理的なストレスに直面します。
短期間で治療を終えられる、先ほどの「2回治療」のような治療は、通院回数が減ることで生まれる精神的なゆとりが非常に大きいと感じています。私たちは地域で治療を受ける患者が孤立しないよう、安心して病気と向き合えるコミュニティの場を作り、病院と生活の架け橋となる役割を担っていきたいと考えています。
国政の場から医療政策に携わる生稲 晃子参議院議員は、MRリニアックのような先進的な技術が、働く世代の経済的な自立と治療の両立に貢献する可能性を強調した。
自由民主党 生稲 晃子参議院議員:
がんは、もはや高齢者だけの病気ではありません。働き盛りの世代が、治療のために仕事を諦めたり、生活基盤が揺らいだりすることがないよう、医療と福祉の両面から支える政策が不可欠です。
MRリニアックによる治療回数の大幅な短縮、特に「週末治療」のような取り組みは、仕事を辞めずに治療を継続できる可能性が高くなり、国が目指す「治療と仕事の両立支援」に直結します。こうした先進的な治療を支えるための財源や、地方の医師不足を解消するための人材育成についても、国会で積極的に議論し、具体的な支援策を形にしていきたいと考えています。
最後に、東北大学病院の張替 秀郎病院長が同院の使命をあらためて表明し、公開講座を締めくくった。
東北大学病院 張替 秀郎病院長:
中川先生も指摘されましたが、MRリニアック導入は、我々の「患者さんのために」という強い熱意がきっかけとなりました。当院は、この新しい機器による治療のノウハウを確立し、その成果を他の施設や地域医療へ広げていく役割を担っています。
MRリニアックは、まだ日本国内で3施設しか導入されていません(2025年11月現在)。これからも、私たちはこの新しい技術と、それを支えるスタッフの献身的な熱意をもって、地域の、そして日本の未来のがん医療を支え続けていきたいと考えています。
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