一般社団法人 日本呼吸器学会(以下、日本呼吸器学会)と株式会社メディカルノートによる第2回連携ウェビナー「健やかな息を守る 健康日本21(第3次)のCOPD対策と木洩れ陽2032」が2026年2月18日に開催されました。講演では、奈良県立医科大学呼吸器内科学講座 教授である室 繁郎(むろ しげお)先生より、COPD(慢性閉塞性肺疾患)を取り巻くさまざまな問題や日本呼吸器学会が行う「木洩れ陽2032」の取り組みなどについてお話がありました。当日の講演内容をダイジェストでお送りします。
私は呼吸器内科医として、日々患者さんが“健やかな息”をされることを何よりも大切に考えています。初めに、私が奉職する奈良県にゆかりのある言葉として万葉集の一節をご紹介したいと思います。
「息の緒に我が思ふ君は鶏が鳴く東の坂を今日か越ゆらむ」
ここに登場する「息の緒」という言葉は、現代語では「命の綱」と訳されます。私たちは意識せずとも常に息をしており、それが途切れることは命の終わりを意味します。日本語には「息を引き取る」「息を吹き返す」といった命に直結する表現から、「息が上がる」「息が詰まる」といった比喩的なものまで、息に関する慣用句が数多く存在します。呼吸が日常生活や生命活動にいかに密接に関わっているかを示しているといえるでしょう。
この大切な息を支える肺は非常に精緻な構造をしています。空気の通り道である気管支は、分岐を繰り返した先で肺胞という組織に到達します。肺胞を拡大すると、非常に薄い壁で仕切られた空気の部屋が多数集合したスポンジのような構造をしています。この薄い壁には、毛細血管が張り巡らされており、空気と血液の間で酸素と二酸化炭素の交換が行われています。
肺の動きにおいて特に重要なのが、この壁に含まれる弾性線維です。肺は伸び縮みする構造物であり、息を吸うときに肺は横隔膜によって引き伸ばされ、吐くときには肺自身の縮む力によって自然に縮みます。この精妙なメカニズムが一生休むことなく繰り返されることで、私たちは健やかな息を保つことができているのです。
この健やかな息を脅かすのがCOPDです。COPDは主にたばこの煙などの有害な粒子を長期間吸い込むことで、気管支や肺胞に慢性の炎症など、持続的な障害が起こる病気です。炎症によって空気の通り道が狭くなり、さらに肺胞が破壊されることで肺の縮む力が失われてしまいます。その結果、効率的な換気とガス交換ができなくなり、労作時の息切れ、咳、痰などの症状が現れます。
ただ、こうした変化はCOPDが進行した状態にならなければ、高精細CTなどの画像診断によっても捉えることが困難です。そのため、私たちは呼吸機能検査(スパイロメトリー)によって、息を吐き出す際の空気の流量を測定し、閉塞性換気障害(肺から空気がうまく吐き出せないこと)の有無を確認することで診断を行っています。ここで問題になるのが、検査の性質です。心電図のように安静にしていれば測定できるものとは異なり、呼吸機能検査は患者さんに精いっぱい息を吸ったり吐いたりしてもらわなければなりません。患者さんの努力を伴う検査で、診断に手間がかかる点が検査の普及を妨げる一因となっています。結果としてCOPDの認知度や診断率が向上しないというジレンマを生んでいます。2025年の調査では、COPDの認知率は約35%程度にとどまっており、診断率は1割に満たないことが指摘されています。
厚生労働省のデータによれば2024年のCOPDによる死亡者数は16,629人ですが、未診断の方がいることを考慮すれば、実際にはもっと多くの方がCOPDで命を落としていると推測されます。少し昔のデータにはなりますが、COPDの有病率を調べたNICE スタディ(2004年発表)という大規模な疫学調査研究では、喫煙経験者では約15%、また年齢別では40〜79歳で8.6%(70〜79歳で24.4%)の方がCOPDに罹患している可能性が指摘されています。COPDは社会的な負荷が大きな病気であり、まさに「コモンディジーズ(ありふれた病気)」なのです。
名古屋大学病院で肺がんの精密検査(気管支鏡検査)を受けた患者さんを対象とした調査でも、COPDの診断率の低さが明らかになっています。検査を受けた方のうち54.4%にCOPDの合併が認められましたが、事前にCOPDと診断されていた方はわずか8.5%しかいなかったのです。肺がんとCOPDは「喫煙」という共通のリスク因子を持っているため合併しやすいものの、多くのケースで見逃されているのが実情です。
また、COPDは他疾患の治療に影響を及ぼしたり、他疾患の予後悪化因子となったりすることも指摘されています。たとえば、肺がんで通常は根治手術が可能と思われる患者さんであっても、重症のCOPDがあり呼吸機能が低い場合には、手術を断念せざるを得ないことがあります。
また、虚血性心疾患にCOPDを合併している患者さんでは、死亡リスク(全死亡、心血管死、心臓死リスク)が有意に高まることが分かっています。さらに心不全、高血圧、肺がん、糖尿病といった主要な疾患において、COPDが予後不良の因子であることが多くの論文で指摘されています。2024年の日本人の死因順位において、COPDそのものは男性で11位ですが、上位を占める心疾患や脳血管疾患、肺炎などの背景にCOPDが潜み、悪影響を及ぼしていることが推測できます。
私たちは年を取るにつれて体力や生活能力が少しずつ衰えていきます。そうした自然の衰えを、COPDは加速させてしまう恐れがあります。放置して呼吸機能がどんどん悪くなっていけばフレイルや要介護状態を経て寿命の短縮につながりかねません。しかし、できるだけ早期に禁煙して、適切なタイミングで治療介入を行えば、健康寿命を延伸することが可能です。
私たち医療者の願いは、患者さんが重症化して強い息切れに悩まされる前のできるだけ早期の段階で介入することです。しかし、現実にはCOPDと診断される前に何度も呼吸器症状で受診しながら、単なる風邪などとして見逃されているケースが少なくありません。この“見逃された機会”をいかに減らすかが、私たちの喫緊の課題です。
2024年度に始まった厚生労働省の「健康日本21(第3次)」では、COPDに関する目標が認知率の向上から「死亡率の低下」へと引き上げられました。この目標変更を後押ししたのが、治療薬の進歩です。長時間作用型気管支拡張薬(LAMA/LABA)や吸入ステロイドを含む3剤配合薬(LAMA/LABA/ICS)などの優れた治療薬が次々と登場し、COPDは適切に管理すれば予後を改善できる疾患となってきているのです。
日本呼吸器学会は国の目標に呼応する形で「木洩れ陽2032 COMORE-By2032」という活動を開始しました。これは「COPD Mortality Reduction by 2032(2032年までのCOPD死亡率減少)」の頭文字を取った名称です。「COPD」という言葉自体が覚えにくいという指摘を受け止め、親しみやすい名前で啓発を行うことで、非医療者の方々の協力も依頼しながらCOPD死亡率減少を実現したいという願いを込めました。
「木洩れ陽2032」の目標を達成するためには、呼吸器専門医の力だけでは不十分です。早期受診・早期診断を促進するためには、自治体や関連医療機関、医師会、薬剤師会、理学療法士協会、さらには関連企業との広範な連携が不可欠だと考えています。
具体的な活動例として、私が関わった奈良県広陵町での取り組みをご紹介します。広陵町では以前からCOPDの診断率向上に向けた疾患啓発を積極的に行っていましたが、なかなか受診率が向上しない課題を抱えていました。また、町内に呼吸器専門医が不在であるという地理的な課題があり、受診をしたとしても専門的な診療を受けられていない問題もありました。そこで、広陵町の町長やけんこう推進課、医師会の方々と協力して、奈良県立医科大学附属病院への「ホットライン紹介状」を作成しました。質問票の点数を記入するだけで手間なく紹介していただけるフローを構築したことで、地域における診断の壁を低くする試みを続けています。
また、日本呼吸器学会では「息切れ」という共通のキーワードを持つ日本心不全学会と連携した取り組みを行っています。「COPDと心血管疾患における診療実践ガイド」を合同で作成し、主に循環器を専門とする医師に対してCOPDのスクリーニングの重要性などを呼びかけています。
COPDはありふれた症状から始まり、静かに進行して他の病気も悪化させる社会的な負荷の大きい疾患です。しかし、早期に発見して適切に介入すれば、その未来は変えることができます。私たちは「木洩れ陽2032」の活動を通じて、1人でも多くの方が生涯にわたって健やかな息を守り続けられる社会を目指し、啓発を続けてまいります。
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