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いつまでも自分で動ける生涯を――日本整形外科学会100年プロジェクト記者発表会

公開日

2026年03月31日

更新日

2026年03月31日

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2026年03月31日

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日本整形外科学会は創立100年の節目を迎えるにあたり、2026年2月20日に『「自分で動ける生涯」を支える、骨と関節の“知られていない3つの新常識”―日常からスポーツまで、整形外科医療の進化―』と題した記者発表会を開催しました。発表会では「スポーツ医学」「人工関節」「骨粗鬆症」の3つのテーマで、各分野を牽引する医師による講演がありました。発表会の内容をダイジェストでお送りします。

登壇者(講演順)

  • 河野 博隆先生(日本整形外科学会 理事長/帝京大学整形外科学講座 主任教授)
  • 黒田 良祐先生(神戸大学大学院医学研究科外科系講座整形外科学 教授)
  • 中島 康晴先生(日本整形外科学会 100年プロジェクトリーダー/九州大学整形外科学教室 教授)
  • 斎藤 充先生(日本整形外科学会 副理事長/東京慈恵会医科大学整形外科学講座 主任教授)

歩くという“最良の薬”を国民に届ける

はじめに日本整形外科学会 理事長の河野 博隆先生より、100年プロジェクトの概要と目的についてお話がありました。

河野先生:

日本整形外科学会では創立100年の節目にあたって「100年プロジェクト」を始動し、学会活動のさらなる活性化を目指しています。プロジェクトの一環として、2026年9月には整形外科の国際学会であるSICOTを国立京都国際会館にて開催します。また、2026年11月には「全国市民公開講座」を予定しています。整形外科医による講演や簡単なチェック、運動の実践などを通じ、運動器の課題について「知る・気づく・行動する」機会を提供します。さらに、旅行ガイドブックの「地球の歩き方」とコラボレーションして、歩くことの楽しさと大切さを伝える小冊子「日本の歩き方 powered by 日本整形外科学会」を作成しました。

超高齢社会において、“動けること”は単に個人の問題ではなく、社会の活力につながります。100年プロジェクトを通じて社会に適切な情報を届け、誰もが生涯にわたり動ける社会の実現につなげていきたいと考えています。2500年前にヒポクラテスはこのような言葉を残しています。「Walking is man's best medicine(歩くことは人間にとって最良の薬である)」。“最良の薬”を国民に届けられる環境を作っていくことが、我々整形外科の使命だと思っています。

進化した整形外科手術――スポーツ参画がもたらす効果

続いて、スポーツ医学が専門であり、プロスポーツの世界でチームドクターとしても活躍されている黒田 良祐先生より「アスリートを支える整形外科医療の進化〜日本発の技術が実現するスポーツ人生の延伸〜 ―過去・現在・そして未来へ―」というテーマでお話がありました。

黒田先生:

整形外科医療の進化に大きく貢献したのが「関節鏡」です。関節鏡の開発は1918年に東京大学で始まり、1959年に東京大学の渡辺 正毅先生らが開発した「21号鏡」が世界で初めて臨床実用されて世界中に普及していきました。今では膝、肩、肘、股関節、足関節、指関節など全身の関節を関節鏡で手術できる時代になっています。

関節鏡は「低侵襲手術」に革命的な進歩をもたらしました。小さな切開で手術ができるので、大きく切る手術に比べて筋肉など周囲組織へのダメージが少なく、出血を抑えることができます。術後の痛みも軽減され、入院期間の短縮や社会復帰の早期化につながります。さらに、関節鏡を使うことで関節内部を拡大して直接観察できるため、診断の精度が向上し、より精密な治療が可能となりました。

関節鏡の普及は、アスリートの外傷治療にも変化をもたらしました。スポーツ中に起こりやすいけがである「前十字靱帯断裂」は、いかに精緻な手術を行うかによって術後の成績が大きく変わります。非常に細かく正確な技術が要求される手術であり、関節鏡が必要不可欠です。関節鏡がない時代、前十字靭帯断裂は選手生命の終わりを意味するほどのけがでした。しかし、今では早期に競技復帰でき、長期にわたって現役を続けられるケースが増えてきています。

また、スポーツはアスリートだけでなく、一般の人々の生活にも密接に関わっています。国民のスポーツ参画状況について調べた調査では、60代・70代では、スポーツをしたいと思っている人の割合(実施希望率)と実際にスポーツをしている人の割合(実施率)のいずれも高いことが分かっています(2025年スポーツ庁発表)。超高齢社会の現代において、高齢の方々が元気にスポーツをできるように支えることは私たち整形外科医の役割でしょう。また、スポーツ庁の調査では、スポーツを「する」「みる」「ささえる」に複合的に参画している人は日常生活の幸福感が高いという結果が出ています。人々がスポーツを通じて健康に自分らしい人生を歩んでいけるよう、整形外科医としてサポートしていきたいと思います。

人工関節手術はタイミングが重要――痛みなく、元気に動ける人生を

次に、変形性股関節症の臨床・研究をライフワークとし、診療ガイドラインの作成にも長年携わってこられた中島 康晴先生より「“人工関節は最終手段”の時代は終わり〜最新の人工股関節・人工膝関節手術でアンメットニーズ解決へ〜」というテーマでお話がありました。

中島先生:

運動器障害(骨折・転倒、関節疾患、脊髄損傷)は要介護・要支援となる原因の26.3%を占める重大な疾患です(2022年 厚生労働省 国民生活基礎調査より)。運動器障害の1つである関節疾患の中で最も多いのが、膝関節や股関節に起こる「変形性関節症(osteoarthritis:以下、OA)」です。OAは、加齢や関節の形態による関節軟骨の変性や摩耗によって、痛みや歩行制限、筋力低下、可動域制限などが生じる病気です。国内の推計患者数は股OA(変形性股関節症)が約500万人、膝OA(変形性膝関節症)が約2,500万人とされており、世界的にも近年急激に増加しています。OAでは保存的治療(リハビリテーションや鎮痛薬)または手術による治療が選択され、手術では傷んだ関節を人工関節に置き換える「人工関節手術」が主流となっています。

人工関節手術のメリットは大きな除痛効果とそれに伴う機能回復で、術後の患者さんの満足度も高いことが特徴です。痛みが取れてスムーズに階段を登れるようになったり、スポーツへの復帰が叶ったりする患者さんもいらっしゃいます。バレーボールなど強い衝撃が加わるようなスポーツをされている方もいます。

昔の人工関節手術は他に治療法がない場合の「最終手段」の治療でした。従来の人工関節の素材には耐用性に課題があり、再手術を視野に入れなければならなかったためです。しかし、1990年代末に摩耗に強い「架橋ポリエチレン」が開発され、人工関節の長寿命化が実現しました。加えて、術後早期のリハビリテーションの介入も人工関節手術の治療成績向上を後押ししています。私たち整形外科医は「20年先の再置換の心配をするより、明日の痛みを取りましょう」と自信を持って言えるようになったのです。

今後解決していくべき課題としては、人工股関節手術における「術後の脱臼」があります。脱臼は再手術の大きな要因ですが、ロボットなどのコンピューター支援手術によって正確なインプラント設置をすることで、従来の手術に比べて脱臼を防げるようになってきています。変形性股関節症診療ガイドライン2024にも、ロボット支援手術は脱臼などの合併症予防に有効であるという記載があります。

患者さんの中には手術に大きな恐怖心を感じる方もいるかもしれません。しかしOAは進行性の病気であり、手術はタイミングが重要です。手術前に杖なし歩行をしていた方に比べて、杖を使用して歩行していた方の入院期間は1.4倍長く、術後の運動機能も低いという研究結果が出ています。歩行に杖が要るようになった、椅子から立つのに支えが要る、夜間もズキズキとした痛みがある――といった場合は、積極的に手術を検討してよいでしょう。歩けるうち、筋力のあるうちに手術をして、「痛みなく、元気に動ける」を維持してほしいと思います。

骨粗鬆症は男性こそ要注意――強い骨を作るために

最後に、骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2025年版の執筆担当委員である斎藤 充先生より「骨粗鬆症は不治の病?男女ともに潜むリスクと適切な対策とは―2025ガイドラインが示す最新エビデンス―」というテーマでお話がありました。

斎藤先生:

骨粗鬆症について最も強調したいのは「死に至る病である」ということです。骨粗鬆症は知らない間に背骨が折れている椎体骨折を引き起こすリスクがあり、“いつのまにか骨折”とも呼ばれます。痛みを伴わないことが特徴ですが、椎体骨折がある人は、ない人に比べて生存率が有意に低いという研究結果が出ています。1箇所の骨折は、次の骨折を招く“時限爆弾”となり、放置すれば1〜2年以内に連鎖的な“骨折ドミノ”を引き起こします。

一方で、骨粗鬆症は適切な薬物治療によって改善が期待できる病気でもあります。なぜなら、骨は新陳代謝が非常に活発な組織であるためです。骨が古くなってくると「破骨細胞」によって吸収された後、「骨芽細胞」によって新しい骨が形成される、いわゆる“修繕工事”が行われています。年間40%もの骨が修繕工事で入れ替わっているのです。しかし、男女問わず、加齢に伴って性ホルモンが減少すると破骨細胞による骨吸収が亢進し、骨密度が減少していきます。また、日本人は欧米人に比べて平均寿命が長いため、骨密度の下り坂とも長く付き合っていかなければなりません。

ただし、強い骨を作るためには、骨密度が高ければよいというわけではなく、骨密度が高くても椎体骨折が起こっているケースも多々あります。骨の構造を建物に例えると、コンクリートがカルシウム、鉄筋がコラーゲン線維です。そして、鉄筋と鉄筋の間には、建物のしなやかさを生むための「梁(はり)」が渡されており、骨においては「コラーゲン架橋」がその役割を果たしています。このコラーゲン架橋の良し悪しが、骨の強度を決めるうえでの重要な因子であることを、私たちは研究によって初めて解明しました。悪い梁(悪玉架橋)は“錆び”のようなもので、加齢や生活習慣病による活性酸素の蓄積によってAGEs(終末糖化産物)という名の錆びが無秩序に発生します。そうなると、たとえカルシウムが十分にあっても骨は簡単に折れてしまうのです。

特に男性は骨粗鬆症に注意が必要です。女性は閉経によって骨密度が急減しますが、体内に活性酸素を抑える防御機能(SOD)を備えています。しかし男性は女性に比べてこの防御機能が弱いことから骨のコラーゲンの錆びが増加しやすいのです。さらに男性の骨折例は女性に比べて生命予後が悪く、要介護リスクが高いことが知られています。男性こそ、骨粗鬆症に注意をしていただきたいと思います。

また、骨粗鬆症の治療は継続が大切です。骨密度低下の原因である性ホルモンの減少は生涯回復しないため、治療や予防を止めた瞬間に骨を壊す破骨細胞が動き出し、骨密度は減少し、治療前の状態、すなわち元の木阿弥になります。どれだけよい薬を使っても、自己判断で中断すれば全てが水の泡になってしまうのです。治療の継続性については、薬の添付文書にも記されている鉄則です。適切な栄養、運動、そして継続的な治療により、人生を自分の足で走り抜けていただきたいと思います。

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