連載リーダーの視点 その病気の治療法とは

その膝の痛み、年のせいだと諦めないで――変形性膝関節症の誤解と治療の最前線

公開日

2025年11月07日

更新日

2025年11月07日

更新履歴
閉じる

2025年11月07日

掲載しました。
0456f49635

リハビリテーションセンター熊本回生会病院 院長 鬼木 泰成先生

膝の痛みで悩む人は少なくない。加齢のせいだから仕方がない、骨が変形してしまったら治らない――そう思っている人も多いのではないだろうか。

だが、変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)は「骨」ではなく「軟骨」の病気であり、保存療法から手術まで幅広い治療の選択肢がある。

変形性膝関節症の正しい知識と治療法の選び方について、リハビリテーションセンター熊本回生会病院(熊本県上益城郡)の院長を務める鬼木 泰成(おにき やすなり)先生に伺った。

変形性膝関節症とは

変形性膝関節症と聞くと、「骨が曲がってしまう病気」と考えてしまう方がいらっしゃるのではないでしょうか。これは誤解で、実際は骨そのものではなく、関節表面にある軟骨がすり減っていく病気が主因です。

変形性膝関節症
(キャプション)変形性膝関節症の軟骨の状態(画像提供:PIXTA)


赤ちゃんの頃の軟骨は、水分をたっぷり含んでいます。しかし、加齢や生活の中での負荷によって軟骨が少しずつ乾いてすり減っていくと、骨との摩擦が強まり、痛みが出てきます。
また、変形性膝関節症の場合は日本人の多くが膝の内側の痛みを訴えます。これは和式の生活で内側に負担がかかりやすく、その結果O脚になっていく方が多いためだと考えられています。

なお、変形性膝関節症は従来は炎症とは異なる病気とされてきましたが、最近の研究によって炎症に関わる物質が軟骨の変性に関与していることが分かってきました。つまり、完全に炎症性ではないけれど、炎症のような反応が一部で起きているという状態が変形性膝関節症だといえます。

手術の前にすべきこと ――保存療法

変形性膝関節症の治療というと手術を思い浮かべがちですが、まず大事なのは治療のガイドラインに従い「保存療法」を行うことです。
その際、筋肉が関節を支えることができればその分、膝の関節にかかる負担が減るので、筋力を鍛える運動療法を最初に考えるべきです。

膝が痛いのに筋トレなんて無理だと思われるかもしれませんが、実は膝を動かさずにできる方法があります。これは「アイソメトリックトレーニング」と呼ばれる等尺性運動で、たとえば膝を伸ばしたまま太ももの筋肉に力を入れる、といったトレーニングによって筋肉を鍛えることができます。

とはいえ、トレーニングは自己流で行わないほうがよいでしょう。また、ジムに通ったり、整体やマッサージに頼ったりする方も多いのですが、運動療法は本来、医師が診断し、どのような運動をすべきかを処方したうえで、理学療法士の指導の下で取り組むべきものです。自己流で判断することなく、医師や理学療法士をぜひ頼ってください。

また、薬や注射による治療も選択肢の1つで、痛み止めやヒアルロン酸の注射は症状を和らげるのに有効です。ときどき「ヒアルロン酸の注射が効かない」と言われる患者さんがいらっしゃいますが、その場合は適切な時期や方法を見極めて治療することが重要でしょう。また、関節以外が原因で膝痛が出ている場合も、もちろん効果は期待できません。

なお、サプリメントで摂取するグルコサミンやコンドロイチンは、通常は軟骨まで届きません。ただし軟骨に一時的に血管が入り込む時期があり、そのタイミングならば成分が届く可能性があります。つまり、ごく限られた状況を除けば効果は期待しにくいといえます。

新しい治療、再生療法

保存療法以外に、近年はPRP療法*という、自分の血液から取り出した血小板を膝に注入する再生療法が注目されています。これは痛みや腫れを抑えるとされ、当院での調査では1回の注射で約6割、2回を含めると、約8割の方が痛みの改善を実感されていらっしゃるようです。

ただし、変形そのものが元に戻るわけではないので、膝の形や動きが完全によくなることはありません。それでも、入院が難しい方や高齢で手術ができない方にとっては大きな助けになる治療といえるでしょう。

*PRP療法 自由診療です。PRPを直接、関節内に注入します。痛みはほとんどなく、日帰りが可能です。1回あたりの費用は医療機関によって異なります。

自分の膝を生かす手術、新しく生まれ変わる手術

保存療法で限界がある場合は、手術を選択することになります。

手術にはいくつかの種類があり、代表的なものには関節鏡を使った手術があります。関節鏡には小さなカメラがついており、病変部に入れて炎症の原因になる組織を取り除いたり、傷んだ半月板を処置したりすることができます。

また、症状が進行した方には、悪い部分を直接治すのではなく、脛骨(けいこつ)を切って残っている軟骨部分に体重がかかる軸を移す「骨切り術(高位脛骨骨切り術:HTO手術)」が有効です。

骨切り術にはいくつかの種類があります。その中で創外固定器を用いた方法は、あらかじめ変形を矯正する際に骨を切る角度を決めて手術する従来のやり方とは異なり、手術後に角度を修正できるのが特徴です(下記図参照)。患者さんには創外固定器を装着していただき、この装置を使って少しずつ骨の形を変えていきます。骨と骨が接合する角度を段階的に調整し、痛みが和らいだと感じられるところまで患者さんご自身で補正できるため、自分の膝を残して生活したい方にとって有益な方法といえ、当院でも多くの症例数があります。

イラスト
①のように骨を切り、②のように創外固定器で少しずつ角度を変える。


より正確で、より安全な手術へ ナビゲーションシステムとは

さまざまな選択肢を検討した結果、最終的に人工膝関節置換術を選択する場合もあります。これは傷んだ軟骨と骨の表面を削り取り、金属やプラスチックの人工物に置き換えるものです。

TKA
人工膝関節置換術(TKA) (イラスト提供:リハビリテーションセンター熊本回生会病院)


従来、人工膝関節置換術は医師の手技に大きく依存していました。しかし近年ではナビゲーションやロボットを用いた手術が普及しつつあります。これらの技術は、骨の軸をより正確に捉えられることや、関節の設置精度を高められるといったメリットがあり、徐々に広まりを見せています。

当院では手術の際にナビゲーションシステムを活用しています。当院で導入しているのは手のひらサイズの携帯型ナビ「KneeAlign2」で、外部機器と接続せずに内蔵IMU(慣性計測装置)で骨の軸を把握し、骨切りの角度を算出できます。医師は算出された角度を見て手術を行うというのがナビゲーションシステムを使った人工膝関節置換術の流れとなります。
ナビゲーションシステムでは医師の目では見えない骨の中心軸をより正確に捉えることができ、より自然に歩けるように人工関節を設置できる可能性が高くなることがメリットです。

なお、ロボット手術では、ナビゲーションを行った後の手術をロボットがサポートします。ロボットならではの正確性がメリットとなりますが、準備に時間がかかること、膝の手術では保険適用がないことがデメリットといえるでしょう。

人工膝関節置換術については、その実施数が多すぎるのではないかと感じています。もちろん必要な方には大切な治療です。しかし、保存療法や骨切り術を検討せずに、すぐ人工関節に進んでしまうケースも少なくないようです。本来であれば、患者さんの生活や希望に合わせて、幅広い選択肢を検討することが望ましいでしょう。

新しい再生療法の可能性も視野に入れる

なお、変形性膝関節症の治療においては、自分の軟骨細胞を培養して移植する新しい治療(自家培養軟骨移植)が2025年5月に承認されました。

この治療は、患者さん自身の細胞を使うため拒絶反応がなく、軟骨そのものを再生できる可能性があります。また人工膝関節置換術と違って自分の関節を温存できるため、特に活動性の高い比較的若い世代の方に有用です。保険適用が認められているので、条件を満たせば保険診療として受けられる点も安心でしょう。まだ条件や設備が限られていますが、今後の大きな可能性として期待されています。

正しい理解と選択で広がる治療の可能性

膝の痛みは「年だから仕方ない」で済ませるものではありません。治療には保存療法から手術まで幅広い選択肢があり、それぞれに適したタイミングがあります。大事なのは、まず自分の膝がどういう状態かを知り、信頼できる医師と相談しながら進めていくことです。信頼できる医師を選ぶ際は、手術の件数や設備の新しさよりも、患者さん一人ひとりに合った治療を一緒に考えてくれるかどうかを重視するとよいでしょう。

痛みを抱えている方に、少しでも安心して暮らせる時間を取り戻していただきたいと心から願っています。
 

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

リーダーの視点 その病気の治療法とはの連載一覧