連載リーダーの視点 その病気の治療法とは

進化する「手術支援ロボット」――ロボット手術が広げる医療の可能性

公開日

2025年09月10日

更新日

2025年09月10日

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2025年09月10日

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京都市立病院 清川 岳彦先生

低侵襲(ていしんしゅう・体への負担が少ない)な手術への関心が高まるなか、手術支援ロボットの代表的な存在である「ダヴィンチ」は、日本でも泌尿器科を中心に導入が進んできた。現在では複数の機種があり、技術の進化と共に適応疾患も拡大している。

2024年に関西で初の「ダヴィンチ SP」導入に踏み切った京都市立病院(京都市中京区)で多くのロボット手術を経験してきた清川 岳彦(せがわ たけひこ)先生に、ロボット支援下手術の進歩とこれからについてお話を伺った。

開腹手術からロボット支援下手術へ――進化の歴史

まず初めに、手術の進化や歴史について少しお話ししたいと思います。

「手術」と聞くと体にメスを入れて行う、開腹手術を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。実際、以前はお腹などを大きく開いて、患部を直接目で見て行う手術が一般的であり、私が専門としている泌尿器科の手術も開腹で行うことがスタンダードでした。

その後、1990年代半ばより「腹腔鏡下手術(ふくくうきょうかしゅじゅつ)」が普及しはじめ、現在では多くの病気で腹腔鏡下手術のほうが一般的になっています。腹腔鏡下手術は、お腹を大きく切る代わりに体に小さな穴を開けて、そこからカメラを入れて中を観察し、また別の穴から長い器具を入れて手術をする方法です。

開腹手術に比べて体への負担が少ないなど、さまざまなメリットがありますが、術者からしてみると、体の外で長い器具を操作してお腹の中で細かな作業をするのは、とても高い技術が求められることであり、誰もができる手術ではありませんでした。

アメリカに遅れること約10年――手術支援ロボット「ダヴィンチ」が登場

このような腹腔鏡下手術の課題を克服するために出てきたのが、「ロボット支援下手術」です。ロボット支援下手術は、細かな作業が可能なロボットアームを術者が操作することにより、腹腔鏡下手術で必要な高度な手さばきを補い、再現性の高い手術を実現できます。トレーニングは必要なものの、術者の技量に大きく左右されることなく、誰でも一定の安定性をもって手術を行えることが従来の腹腔鏡下手術との大きな違いです。

手術支援ロボットいえば「ダヴィンチ」が有名です。これは2000年代初頭にアメリカで臨床使用が始まった機器であり、日本では2009年に薬事承認を受けました。その後、2012年には前立腺がんに対するロボット支援下手術が保険適用になり、現在では前立腺に加え、腎臓、尿管、膀胱、肺、肝臓、膵臓(すいぞう)、食道、胃、結腸、直腸などさまざまな臓器の悪性腫瘍(あくせいしゅよう)を中心に、保険適用の幅が広がっています。

当院では、保険適用を受けたばかりの2013年にダヴィンチを導入しました。その頃、まだ日本では腹腔鏡下手術が主流でしたが、アメリカでは前立腺がん手術の多くがすでにロボット支援下で行われていました。このような状況を目の当たりにしたことで、私たちも患者さんのために、よりよい医療を提供しなければならないと強く感じ、導入に踏み切りました。

ダヴィンチの特徴としては、ロボットアームによる精密な関節の動きや可動域の広さ、また術者の手ぶれを感知して補正する機能、3D画像により鮮明かつ詳細な術野を確保できることなどが挙げられます。ロボット手術という言葉から「ロボットが勝手に手術をする」というイメージを持たれがちですが、ロボットアームを動かすのは、あくまで私たち医師です。術者は患者さんの横ではなく、少し離れた場所にある操作席に座り、体の中を3D映像で見ながら手術を行います。

手術の様子
手術の様子/京都市立病院よりご提供

ダヴィンチの現在の主流モデル、「Xi」と「SP」とは?

現在ダヴィンチには複数のモデルが登場しており、時代と共に進化を続けています。当院では、第4世代といわれる「Xi」と、従来のダヴィンチとはシステムが異なる「SP」という2機種を導入しており、泌尿器科、消化器外科、呼吸器外科、婦人科で手術を行っています。

「Xi」はお腹にカメラ用の穴1つと、手術器具を入れるロボットアーム用の穴を3つ開ける、マルチポートを採用しています。助手が補助するための穴も入れると、合計で5つから6つくらいの穴で手術を行うことになります。歴史の長いXiを用いた手術は、ロボット支援下手術のスタンダードといえます。

ダヴィンチXiによる手術/京都市立病院よりご提供
ダヴィンチXiによる手術/京都市立病院よりご提供

 

一方、「SP」はまったくコンセプトが違います。手術を行う箇所の近くに、3cm程度の穴を1つだけ開けて、そこからカメラと3本のロボットアームを入れて手術を行うシングルポートという方法を採用しています。手術の種類によっては、助手が補助する穴を追加しますが、総じて、Xiに比べて傷口が少なく済むため、整容性が高く、手術後の痛みが少ないことがSPのメリットの1つです。また、表面の傷が少ないだけでなく、体の中の傷も最小限で手術ができるため、患者さんの回復も早くなることが期待できます。

ダヴィンチSPによる手術/京都市立病院よりご提供

 

XiとSPはどちらが優れているということではなく、2つの機種を手術の特性に応じて使い分けることができ、手術の幅が広がったのがよいところなのです。

ロボットのメリットとこれからの展望――医療の質を守りながら、制度が追いつく日を待つ

ロボット支援下手術は現在では、最初に保険適用となった泌尿器科の病気だけでなく、呼吸器外科や消化器外科、産婦人科などの病気にも適用が広がっています。当院でも、泌尿器科に続いて早くより消化器外科、肝胆膵外科、呼吸器外科がロボット支援下手術に取り組み始め、昨年(2024年)からは婦人科でも導入が始まりました。2013年から手術を開始している泌尿器科では、今までに1300例以上*の症例を重ねています。

ロボット支援下手術の登場によって、より正確な手術ができるようになったことや患者さんの体への負担が軽減されたことなどはもちろん、入院期間の短縮や合併症の低減などさまざまなメリットがもたらされたことは、とても喜ばしいことです。また、ロボットの選択肢として国産のhinotoriをはじめとしたさまざまな機種が登場し、技術が年々進歩を続けていることも、医療現場にとって非常に心強いことです。

一方で、進化した医療技術に対し制度が追いついていないと感じる部分もあります。たとえば、ロボット支援下手術は入院期間の短縮につながりますが、DPC(診断群分類包括評価)制度**の下では、入院期間が短くなることで診療報酬が減るという側面もあります。加えて、ロボット機器自体や専用の鉗子などの維持費は非常に高く、現状の制度ではそれらが十分に補われていないと感じています。特に昨今の物価高騰の影響もあり、医療機関の経営は厳しさを増しています。よい医療を提供し続けながら、どう持続可能な仕組みを作っていくかは、今後の大きな課題です。

こうした課題はあるものの、私たちは医療の質を落とすことなく、持続可能な形でロボット支援下手術を続けていきたいと思っています。そしてこの技術が、もっと多くの患者さんにとって身近で安心できる選択肢になっていくよう、現場として工夫を重ねていくつもりです。

* ダヴィンチによる手術実績(泌尿器科)……1,333件(2013年~2025年7月時点の実績)

**入院医療費の計算方法の1つで、病名や治療内容に応じて1日あたりの定額で医療費を計算する制度。入院期間や病状に応じて医療費が決まる。

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