湘南慶育病院 鈴木則宏先生
片頭痛は日常生活に支障が出るような激しい痛みが特徴だ。頭痛は見た目では分からず、他人から理解してもらえないというつらさもあるうえ、これまでは鎮痛薬でしのぐしかなかった人が多いだろう。
そんな片頭痛に2021年、新しいアプローチによる治療薬が登場して、多くの人がつらさを克服しつつあるという。湘南慶育病院の頭痛外来で治療にあたる鈴木 則宏(ずずき のりひろ)先生に、片頭痛治療の今を伺った。
片頭痛は、激しい痛みが特徴の頭痛です。ズキズキと波打つような痛みが4時間から3日間続きます。痛みに加え、光や音に過敏になったり、吐き気や嘔吐を伴ったりする場合もあります。動くと痛みが強くなり、仕事や学校に行けなくなる人も少なくありません。
片頭痛には前兆が現れる場合と、前兆がない場合があります。典型的な前兆は、目がちかちかして見えづらくなる症状です。このような前兆から約1時間で、激しく頭が痛みます。ただし、片頭痛の患者さんの約7割は前兆がありません。
片頭痛は女性に圧倒的に多い病気です。小学生くらいから発症し、主に閉経とともに有病率が減ってきます。生理周期によって頭痛が悪化する人も多く、女性ホルモンと関係していると考えられています。また、片頭痛は遺伝性の要素もあるようで、患者さんの家族にも片頭痛が多い傾向です。しかし、片頭痛と遺伝の関係についてはまだ解明されていません。
片頭痛は通常、長くても3日間で収まります。吐くと頭痛が軽くなる人も多く、「我慢すれば治る」と考えられてきました。
片頭痛の問題は、周りにそのつらさが分かりにくいことです。そのため、患者さんが頭痛を訴えて仕事を休んだり早退したりすると、周囲からサボっている、怠けていると疑われることも少なくありません。また、患者さんが仕事を休んで苦しんでいる一方で、仕事を引き継がなければならない周りの人に影響が出てくることも問題といえるでしょう。
このように、片頭痛は生活に大きな支障を及ぼす病気です。ところが、命の危険がある脳卒中や心筋梗塞には国を挙げて対策を行っていますが、片頭痛ではこれまで十分な対策は行われてきませんでした。このため、治療が進んでいなかった面があります。
しかし最近では片頭痛が社会的にも大きな影響を与えるという理解が進み、治療の重要性が広まりつつあります。さらに新しい薬も登場し、適切に治療すれば頭痛をある程度抑えられるようになってきました。
以前は片頭痛になっても、アスピリンやアセトアミノフェンなどの痛み止めでしのぐしかありませんでした。その後、片頭痛は血管が広がって起こると考えられるようになり、エルゴタミン製剤という血管を収縮させる薬が登場します。しかし、この薬は副作用が多かったため、今はほぼ使われていません。
さらに研究が進むと、片頭痛はセロトニンと関係していることが分かってきました。この発見をもとに開発されたのが、セロトニンの受容体を刺激するトリプタンという薬です。日本でも、21世紀に入ってからこの薬が使えるようになりました。
ただし、トリプタンは飲むタイミングが難しいという問題があります。痛みがひどくなってから飲んでもそれほどの効果はなく、であれば「痛みが出る前に飲めばよいのでは」と思うかもしれませんが、それもあまり効果はありません。トリプタンは痛みが出た30分から1時間の間に飲む必要があります。それでも、点鼻薬や口の中で溶ける経口薬、自己注射薬などさまざまな剤型が登場したこともあり、かなり使いやすい薬といえるでしょう。
トリプタンは使いやすい薬である一方で、痛みが出てから使う薬であるため、月に何回も頭痛が起きる方はそのたびに薬を服用しなければなりません。そこで、「頭痛の回数や程度を減らせないか」という考えで行われるようになったのが予防治療です。予防治療は年々進化を続けています。
片頭痛を予防するために服用する薬として、かつては抗うつ薬、β遮断薬、抗てんかん薬といった他の病気に使う薬が使われていました。しかし、どれも効果は十分ではなく、長期間飲み続けても痛みを抑えることができない患者さんもいらっしゃいました。
これに対して2021年に登場したのがCGRP関連薬です。片頭痛が起きるときには、CGRPという物質の血中濃度が増えていることが分かっており、CGRP関連薬は、このCGRPの活性を抑制する薬です。月に1回この薬を注射すると、片頭痛の発作を起こす回数が減ったという患者さんが当院でも増えています。ただし、この薬は3割負担で1回12000円前後と高価であるため、経済的な問題から治療に踏み切れない患者さんがいるという課題があります。
片頭痛への対処としては薬物治療だけでなく、そもそも片頭痛が起こらないように、きっかけとなり得る要因を避けるアプローチが重要です。
片頭痛を起こしやすい要因にはいくつかあります。代表的なものとして、光、音、匂いがあり、食べ物では「赤ワインを飲むと頭痛が起きる」という声を患者さんからよく聞きます。ただ、実際には片頭痛を引き起こす要因は患者さんによってまちまちであり、共通の要因と呼べるものはありません。
したがって、患者さん自らが「朝に光を浴びると起きる」「雑踏にいると起きやすい」など、片頭痛を引き起こす要因を把握することが重要です。私は片頭痛の患者さんに、「頭痛ダイアリー」をおすすめしています。頭痛が起きた日とそのときの状況をメモしていただくことで、頭痛が起きたときに共通の状況を把握しやすくするのが目的です。要因を把握できれば、光が原因であれば「サングラスをする」、音が原因の場合は「雑踏を避ける」などの対策ができるでしょう。
中には要因が分かりにくい方もいらっしゃいます。患者さんの中には、壁の色を変えることで頭痛が減ったという方もいらっしゃいました。要因をより効率的に探すためにも、頭痛ダイアリーをぜひ診察を担当する医師に見せて相談していただくようお願いします。
このように進化した片頭痛の治療ですが、片頭痛を診察できる医療機関が限られていることは課題だと思っています。なぜ限られるのかというと、片頭痛の診断には時間がかかるからです。
片頭痛は名前のとおり「頭の片側が痛む頭痛」と思われがちですが、実際には片側だけが痛むとは限りません。そのような片頭痛を正しく診断するには、画像診断や血液検査だけでなく、患者さんのお話を聞き、症状が基準に合っているか確かめる必要があります。その結果、診察に時間がかかってしまうため、多くの患者さんを見たい医療機関ではあえて片頭痛の診察をしないことがあり、診られるところが少なくなってしまうのです。
また、片頭痛の治療では、患者さんのお話からいつ、どのように頭痛が起きるか分析して、薬を適切なタイミングで飲むよう指導することが必要です。しかし、医療機関によってはCTやMRIを撮って脳卒中など命に関わる病気がないか確かめた後、異常がなければ患者さんからそれ以上の話を聞かず鎮痛薬を出すのみ、としているところもあるかと思います。
ここまでして初めて、「片頭痛の治療をした」と言えるでしょう。
片頭痛は医療機関でも十分に診断されていないのですから、患者さん自身で判断することは困難です。頭痛でつらい思いをしていたら、ぜひ適切な治療をしてくれる医療機関を受診してください。とくに、日常生活に支障が出ていたり、嘔吐したりするときは、早めの受診をおすすめします。
受診する医療機関を探すときには、日本頭痛学会が認定した頭痛専門医がいる医療機関を目安にするとよいでしょう。全国の頭痛専門医のリストは、日本頭痛学会のWebサイト(https://www.jhsnet.net/ichiran.html)に掲載されています。
片頭痛は20歳代から40歳代という、人生でとくに充実した時期に多くみられる病気です。また女性にとっては、妊娠や出産、子育てといった重要なライフイベントが続く時期でもあります。片頭痛でお悩みの方は、ぜひ医療機関に気軽にご相談ください。
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