連載リーダーの視点 その病気の治療法とは

より正確でより安全な手術が可能に― 人工関節置換術支援ロボットレポート 第1弾

公開日

2025年04月21日

更新日

2025年04月21日

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2025年04月21日

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左から理事長・石井有希夫先生、磐田振一郎先生

近年、変形性関節症の手術に手術支援ロボットが用いられることが増えてきている。

代表的な手術支援ロボットとしては、ジンマーバイオメット社の“ROSA Kneeシステム”や日本ストライカー社の“Makoシステム”などがあるが、それらを使った治療、手術はどういったものなのだろうか。

この記事では“ROSA Kneeシステム”を導入している石井病院(群馬県伊勢崎市)の理事長で整形外科専門医でもある石井 有希夫(いしい ゆきお)先生と、同院で実際にロボットによる治療を行っている磐田振一郎(いわた しんいちろう)先生に、手術支援ロボットによる変形性関節症の治療についてお話を伺った。

変形性関節症とは

変形性関節症とは、さまざまな要因によって関節が変形してしまった状態をいいます。変形性関節症になると、関節の周囲が痛む、関節部分が腫れている、関節の曲げ伸ばしをしたときに引っかかりや違和感がある、といった症状がみられます。

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変形性股関節症

関節の表面は軟骨で覆われていますが、同じ動作の繰り返しや加齢によって、軟骨が変形したりすり減ったりしてしまうことがあります。すると関節を包んでいる滑膜に炎症が起こり、痛みを感じるようになります。

関節は全身にありますが、その中でも膝関節、股関節は加重がかかりやすく、変形性関節症が起こりやすくなっています。

PIXTA

変形性膝関節症(画像:PIXTA)

変形性関節症の難しいところは、病気の進行度合いと患者さんの自覚症状が必ずしも一致しないことです。関節がひどく変形していても、あまり動かない生活を送っているので痛みや不自由を感じない人もいます。反対に病気の段階としては初期であっても、変形の仕方によって激しい痛みを感じることもありますし、日常的にスポーツをしている人はプレイに影響してしまうこともあるでしょう。

関節の変形が進んでからでは、治療法も限られてきます。そのため関節に違和感があったら、すぐに医療機関にかかることが大切です。

変形性関節症におけるさまざまな治療法

変形性関節症のごく初期の段階では、痛み止めの内服薬や外用薬を処方するほか、関節の滑りをよくするためにヒアルロン酸の注射をすることもあります。痛みがあると、関節を動かすことが少なくなり筋肉が衰えてしまうため、関節可動域改善訓練などのリハビリテーションを行う場合もあります。

症気が進んだ場合は、手術での治療が主となります。変形性関節症の手術には進行の度合いによって、関節鏡による手術、骨切り術による手術、人工関節置換術などが考えられます。

関節鏡による手術は、変形がそれほど進行していない初期に行われるものです。骨切り術は、関節が変形したために崩れてしまったバランスを、骨を切り取ることで整える手術です。
さらに病気が進むと、人工関節置換術を行うことになります。すり減ってしまった関節を取り除いて人工的な関節に置き換える手術で、関節全体を置き換える全置換術と、傷んでいる部分だけを置き換える片側置換術があります。

いずれの治療も公的保険が適用され、高額療養費制度の対象となるため、人工関節置換術を行ったとしても、世帯所得が年770万円以下なら自己負担額は最大で約1万円程度です(2025年1月現在)。

人工関節置換術での手術支援ロボットとは?

整形外科で手術支援ロボットを使うのは、主に人工関節置換術です。
患者さんの関節の形や病状によって、骨をどこまで削るのか、人工関節をどんな角度で設置すればよいのかが変わってきます。手術支援ロボットは、患者さんごとの細かい数値をあらかじめ入力しておけば、数値のとおり正確に骨を削り、正確な角度で人工関節を設置できます。

ロボットを導入するメリットは、より正確な手術ができることでしょう。数値を入力することで術後はどうなるかが明確に予測できるので、経験の少ない医師でも失敗の可能性をより引き下げることができます。

ただし人工関節は、ほんのわずかな設置角度の差で曲がり方に差が出ることもあります。その意味では、数値入力の際に術者の臨床経験が影響してくるといえるでしょう。つまり、経験豊富なベテラン医師がロボットを利用したほうが、よりメリットが大きいと考えられます。

また手術の経過は全てロボットに記録されているので、術後に何か問題が起こった際には記録から手術経過を確認できます。医療過誤があったとしても資料の改竄(かいざん)は難しいので、患者さんにとっても大きなメリットになることでしょう。

デメリットとしては、数値入力などロボットの操作に時間をとられるため、手技よりも手術時間が多少長くなることです。

また手術の際には、ロボットに患部周辺の状態を認識させるため、骨に小さな傷をつけてアンテナを差し込む必要があります。ほんの小さな傷ではありますが、手技による手術では必要のないダメージを患者さんに与えることになります。ロボットでの手術と聞くと低侵襲(体への影響が少ない)というイメージを抱く人も多いと思われますが、実際にはそうとはいえない部分もあるのです。

先方提供

Rosa Kneeシステムを使っての手術の様子(石井病院よりご提供)

ロボット導入前後での変化

ロボットを導入したことで、当院の人工関節置換術の多くはロボットの支援の下で行われるようになりました。ただ、それによって入院期間が短縮された、といったことは現在のところありません。

ではなぜロボットの導入に踏み切ったのかといえば、より正確な手術、よりリスクの低い安全な手術を提供するためです。どんな病院でも、常に経験豊富なベテラン医師だけが手術を手がけるわけではありません。まだ経験の浅い医師が担当することもあります。そういった場合でもロボットの支援によって、ベテラン医師のレベルに近づくことができるのです。

なお、当院が数あるロボットから“ROSA Kneeシステム”を選んだ理由は、以前から当院がジンマーバイオメット社の人工関節を使っていたためです。どの会社の人工関節を使うかという点は、手術を担当する医師の好みによるところも大きいのですが、当院では性能や耐久性、価格などさまざまな面から比較検討して同社の製品を使用していました。整形外科用の手術支援ロボットはほかにも、ストライカー社のMako、ジョンソン&ジョンソン社のVELYS、スミス・アンド・ネフュー社のCORIなどがありますが、他社製の人工関節でも問題なく使える手術支援ロボットがあれば、選定結果も変わってきたことでしょう。

手術支援ロボットは決して安いものではありませんし、導入にあたってはスタッフの確保も必要です。ある程度の広さがある手術室でないと設置できないという物理的な問題もあります。それでも今後、技術の革新に伴ってロボットの導入はさらに進むことでしょう。

手術支援ロボットの今後の課題は?

今は世間全体が、アナログからデジタルへと変化していく過渡期といえるのではないでしょうか。医学の世界でも、昔は先輩医師の手技を見て学んだものですが、今後は手術支援ロボットによるガイドを教本として経験を積んでいく医師が増えることでしょう。

今後考えられる問題点としては、ロボットやナビゲーションシステムの支援を受けての経験しかない医師が、未導入の医療機関を避けてしまうことでしょう。現在でも医師の偏在は問題になっていますが、さらに偏在が進むこともあり得ます。

また手術中は、ロボットにエラーが出たとしても手術を止めることはできません。しかしロボット手術しか経験がない医師の場合、すぐに手技でフォローすることができない可能性もあります。

現在は手技による手術と手術支援ロボットを使っての手術の両方を経験している医師が数多くいるので、ロボットにエラーがあった際にも対応できます。ロボットありきで育った医師が、どうやってロボットなしの手術経験を積んでいくのかが、今後の課題となってくることでしょう。

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