野口病院 院長 野口俊昭先生(野口病院ご提供)
痔は、日本人の3人に1人がかかっているともいわれ、国民病とも呼ばれる。ライフスタイルや食生活などの変化によって、痔の大きな原因となる便秘症や下痢症の患者も年々増え続けている。そのような状況のなか、生活習慣を改善することで痔を予防するとともに、治療が必要になった際はより自分の状況に合った対処ができるよう、痔がどのような病気なのかを知っておく必要があるだろう。
「3大疾患」の予防法や治療法、病院で診察を受けるタイミングについて、野口病院(群馬県高崎市)院長の野口 俊昭(のぐち としあき)先生に聞いた。
広い意味では、肛門に関連する痛み、かゆみ、腫れなどの症状が現れたら痔といってよいでしょう。その中でも代表的な痔核(じかく:いぼ痔)、痔ろう(あな痔)、裂肛(れっこう:切れ痔)を痔の3大疾患と呼びます。
肛門付近にいぼ状の腫れができる痔核、管状の膿(うみ)のトンネルが肛門内から伸びて肛門周囲の皮膚から膿が出る痔ろう、肛門の入り口部分の皮膚である肛門上皮が裂ける裂肛といったように、それぞれ特徴的な症状があります。

イラスト:PIXTA
いぼ痔になると、肛門付近にこぶのようないぼ状の腫れが現れます。この腫れものができる位置によって、いぼ痔は2種類に区別されます。肛門の内側の粘膜が腫れる場合は内痔核、肛門の外側にある肛門上皮が腫れる場合は外痔核と呼びます。
内痔核は時に出血を伴いますが、あまり痛みはなく、残便感や肛門のあたりがすっきりしない状態が続きます。
内痔核の原因は、主に2つあります。1つ目は静脈瘤(じょうみゃくりゅう)の形成によるもので、肛門の内側にある静脈叢(じょうみゃくそう)と呼ばれる静脈の塊がうっ血し、こぶ状に隆起します。2つ目は、排便時のいきみを繰り返すことで肛門クッション(肛門の内側にある柔らかい組織)がゆるみ、それがこぶ状に伸びていぼ痔になるものです。両者とも進行すると排便時にいぼ痔が肛門の外に飛び出す脱出を引き起こします。

イラスト:PIXTA
内痔核の治療法は、脱出の程度と、患者さんの日常生活にどのぐらい支障があるかを考慮して決定されます。
出血が続いたり、脱出したいぼ痔を指で押さなければ戻らなかったりする状態であれば手術の適応となりますが、後者の場合は患者さん自身が困っていないようであれば、必ずしも手術をしなければならないわけではありません。患者さんが手術をするかどうか迷っているようであれば無理強いはせず、食事などの生活習慣を改善する保存的治療で症状の緩和や再発防止を目指します。

脱肛を指で戻す(イラスト:PIXTA)
たとえば食事指導では、温野菜を積極的に食べて食物繊維を摂取することなどを提案し、スムーズな排便を促しています。生活指導や薬物療法で2か月ほど様子を見て改善しなければ、やはり手術を再検討することになります。
しっかり治すには、いぼ痔の根元を縛って切り取る結紮切除術(けっさつせつじょじゅつ)が適しています。もし脱出がそれほど進行していなければ、ALTA療法(内痔核に対して直接注射を打つ治療法)という選択肢もあります。この治療法は低侵襲(体への負担が少ない)であるうえに、日帰りで治療できる気軽さがメリットです。その反面、再発する可能性もあるので、医師とよく相談して決めるとよいでしょう。
前述したように、脱出したいぼ痔を排便後に指で押し戻しているようであれば、保存的治療と手術の分かれ目ですので早めに医療機関で診察を受けるべきです。
また出血がある場合、痔と思い込んで放置していたら直腸がんだったというケースもありますので、自分で「大丈夫だ」と判断せず、大腸肛門病学会が認定した専門医などを受診してください。
肛門の外側にできる外痔核は、痛みを伴うケースが多くなります。主に、肛門縁に血豆ができる血栓性外痔核と、肛門縁がむくんで腫れる浮腫性外痔核があり、特に前者は強い痛みと腫れが急に起こります。
いずれの場合でも基本的に手術を行う必要はなく、軟膏などの保存的治療で腫れや痛みを抑えることになりますが、痛みが強い場合は局所麻酔下に切開し、血栓摘出術を行うこともあります。
痔ろうは、肛門を少し入ったところにある小さな穴(肛門小窩)から便汁が入って炎症を起こし、そこから膿の通り道のトンネルが肛門の周囲まで繋がって化膿する肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう)によって引き起こされます。肛門周囲膿瘍は膿が自然に排出されたり、膿を切開で取り除いたりすることで一旦は治りますが、その後も膿の通り道はトンネルになって残り、膿の排泄を繰り返す場合があります。このトンネルが残っている状態が痔ろうです。
痔ろうの根本的な原因である肛門周囲膿瘍が起こる理由は、直腸と肛門に挟まれたくぼみにある分泌腺が細菌に感染するためです。特に下痢症の方は肛門周囲膿瘍から痔ろうになる可能性が高いので、下痢が続かないよう日頃から体調管理に気を配ってください。

イラスト:PIXTA
実は肛門周囲膿瘍になってしまっても放置する方が多いのですが、それは一度切開して膿を取り除くと、症状が落ち着いて一気に楽になるからです。しかし、痔ろうになっている場合、再び膿が溜まって肛門周囲膿瘍が繰り返し起きます。
痔ろうには浅いタイプの単純痔ろうと、深いタイプの複雑痔ろうがあります。複雑痔ろうは後方に入口があり、U字型に走行することが多く、坐骨直腸窩痔ろうや骨盤直腸窩痔ろうがあります。
痔ろうが進行した場合、肛門括約筋の炎症を起こし、肛門が狭くなる肛門狭窄(こうもんきょうさく)を引き起こすケースもあります。さらに、複雑化した痔ろうを10年以上にわたって放置すると痔瘻がんになることもあり得ます。
痔ろうの治療においては、肛門機能を維持しながら、いかに再発しないように根治するかということが重要なポイントになります。代表的な治療法は開放術、シートン法、括約筋温存術などです。
浅い部分にある主に後方の痔ろうには開放術、深い部分にある痔ろうにはシートン法や括約筋温存術が適しています。シートン法はゴムの力で痔ろうを開放する治療法で、患者さんの負担は少ないものの、治療に時間や手間がかかることがデメリットです。
それぞれの治療法は、術後の肛門機能や再発率に違いがあります。医師とよく相談して治療方針を決めることをおすすめします。
痔ろうの一番の予防法は、便通を整えて下痢を避けることです。特に、お酒を飲みすぎると下痢になりやすいので、大酒はできるだけ控えるようにしましょう。また潰瘍性大腸炎やクローン病などの慢性的な腸の病気にかかっている方も、下痢をすることが多いので注意が必要です。
痔ろうは、気付かない間に発症していることもよくあります。腫れや痛みを感じなくても、下着に膿が付いているのを発見したらすぐ病院で診てもらいましょう。
裂肛の多くは、排便時に硬い便をいきんで出すことで起こります。急性期の裂肛は誰でも一度は経験するもので、わずかに出血しますが症状は軽く、坐薬の使用で短期間のうちに治すことができます。

イラスト:PIXTA
注意すべきは、肛門の裂創を繰り返し、なかなか治りにくくなった慢性の裂肛です。そのような状態だと、深い傷である潰瘍(かいよう)が生じ、肛門括約筋がむき出しになって排便後に強い痛みを引き起こし、痛みは長引きます。また、肛門狭窄が進行し、排便障害をきたすこともあります。
また切れ痔が長期間続くと、肛門の奥に肛門ポリープができたり、肛門縁に「見張りいぼ」が現れたりすることもあります。以上のケースでは手術が検討される場合もあり、一度医師の診察を受けることをおすすめします。
一時的な痛みであれば市販の坐薬等で様子を見てよいですが、放置すると治りにくくなるため、注意が必要です。
痔にかかっても、恥ずかしさを感じて病院に行きたくないという方も多いと思います。最近は、女性の患者さんには女性の医師や看護師が対応するなど、気軽に治療を受けられる医療機関も増えてきましたので、自分が納得できる医療機関を探して安心できる状態で痔の治療に取り組んでいただければ幸いです。
また、かかりつけ医に痔の相談をする方もいますが、かかりつけ医が痔を専門としていないことも多いかと思います。肛門をしっかり診てもらうのであれば、肛門外科を標榜している医療機関や日本大腸肛門病学会・日本臨床肛門病学会に所属している医師がいる医療機関を受診して、専門的な治療を受けていただければと思います。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。