連載リーダーの視点 その病気の治療法とは

その首の痛みや腰痛、本当に手術が必要ですか? ──脊椎脊髄の病気の「早すぎるメス」を考える

公開日

2025年09月08日

更新日

2025年09月08日

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2025年09月08日

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平和病院 横浜脊椎脊髄病センター 田村 睦弘先生

首や腰の椎間板(ついかんばん)ヘルニアをはじめとした脊椎脊髄(せきずい)の病気には、症状が進んだら手術という選択肢がある。不快な症状から早く解放されるために手術を受けるべきかどうか、悩んでいる人も少なくないだろう。

しかし、脊椎脊髄の病気に対する手術の判断基準は病院によって異なっており、ときには不要な手術が行われることもあるという。平和病院 横浜脊椎脊髄病センター(神奈川県横浜市鶴見区)の田村 睦弘(たむら むつひろ)先生に詳しくお話を伺った。

保存療法を尽くさずに手術するケースが増えている

頚椎(けいつい)や腰椎の椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)、頚髄症(けいずいしょう)といった脊椎脊髄の病気による首の痛みや腰痛、手足のしびれといった症状には、多くの方が悩まされているでしょう。これらの病気は主に、年齢を重ねることで背骨のクッションの役割を果たす椎間板や、骨、靱帯(じんたい)などが少しずつ変性していくことが原因で起こります。

これらに対する治療は、まずは保存療法から始まります。薬物療法、理学療法(運動療法や物理療法など)、装具療法、神経ブロック療法などがそれにあたります。これらの方法でも症状が改善しなかったり、痛みやしびれで日常生活に支障が出たりする場合に、手術が検討されるのが本来の流れです。

ところが近年は、十分な保存療法を行わないまま安易に手術が行われることがあり、当院でも他の医療機関で「すぐに手術しましょう」と言われた患者さんが相談に来られるケースが非常に増えています。詳しくお話を伺うと、椎間板ヘルニアで腰痛の症状が出て1週間で手術をすすめられたり、手足の先が少ししびれるだけで「このままだと将来動かなくなるから」と言われて手術を提案されたり、といったケースがありました。

医療機関によって異なる手術への判断

こうした事態の背景には、医療機関ごとに手術の判断基準が異なるという問題があります。中には早期に手術を選択する方針をとっている施設もあるのです。

本来は、学会が示す治療ガイドラインに沿ってまず保存療法を十分に行い、それでも改善しないときに手術を検討するべきです。しかし、医師の判断で早い段階から手術を提示され、患者さんの同意があれば、結果として手術が行われてしまうこともあります。

その結果症状が治まればよいのですが、早めに手術を受けたのに症状が改善せず、「本当にこの手術は必要だったのでしょうか」と他の病院に相談する――。これは日本の脊椎脊髄の病気の治療において、非常に大きな課題だと感じています。

早めの手術が行われる4つの要因とは

では、なぜ保存療法を尽くさずに手術が行われることがあるのでしょうか。その背景には、主に4つの要因があると私は考えています。

1つ目は症状と診断のミスマッチです。たとえばMRIなどの画像を見るとたしかに大きなヘルニアが写っている場合でも、そのヘルニアが本当に今の痛みの原因だとは限りません。実は、悪さをしているのはその大きなヘルニアではなく、画像の隅にある小さなヘルニアだった、ということも多々あるのです。ヘルニアの大きさだけを理由に早期に手術をしても、原因が別の場所にあれば症状が改善しないのは当然です。

2つ目は、予防的な治療として手術が行われていることです。
実は、日本整形外科学会のガイドラインでは、多くの脊椎脊髄の病気において「手術と保存療法では、長期的な予後に大きな差はない」とされています。また、「そのままにしておくと必ず悪化する」といった医学的根拠も明確には示されていません。
それにもかかわらず、「必ず悪くなるので、今のうちにやっておきましょう」と手術が選ばれるケースがあるのです。しかし、時間をかけて経過を見ていれば、手術せず保存療法だけで症状が軽減した可能性もあったかもしれません。

患者さんの焦りが早めの手術につながってしまう

3つ目の要因として、患者さん自身が「早く治りたい」と焦る気持ちから希望されるケースがあります。患者さんが手術で不快な症状を取り除きたいという気持ちを持たれるのは当然のことですが、医師は症状の経過や他の治療法、そして手術のリスクまで十分に説明し、患者さんもそれを理解したうえで判断していただくことが大切だと考えています。
痛みが強い患者さんに保存治療の継続をご理解いただくことは難しい場合もありますが、将来良くなる可能性があることをお伝えするようにしています。

4つ目として、学会による「指導医・技術認定医」の認定制度が関連している可能性があります。経験値やスキルが高い医師による後進の指導を後押しする「指導医・技術認定医」の資格は、整形外科の診療をよりよいものにするために必要です。そして「指導医・技術認定医」の資格を得るために、あるいは継続するために、学会によってはたとえば「首の前方からの手術を〇年以内に〇件行うこと」といった条件を課していることがあります。

この条件はなかなかハードルが高いのですが、医師の育成の観点から、手術ができる症例に対しては積極的に手術をしている病院もあると聞きます。もしそれが行き過ぎてしまうと、患者さんに負担がかかる不要不急の手術となってしまうかもしれません。

かかりつけの先生を頼ろう

早すぎる手術や不要な手術を受けないようにするためには、医療機関選びも大切です。メディアで公表されている症例数や最先端の設備だけで判断せず、一人ひとりの患者さんに向き合って誠実な医療を行っている医療機関を選ぶべきでしょう。

おすすめしたいのは、整形外科やペインクリニックの先生に紹介をしていただくことです。長年地域で患者さんを診てこられた先生たちは、紹介先となる医療機関がどんな治療をしているかをしっかり把握されており、「ここはすぐにボルトを入れる」「あそこは保存的治療をしっかりしてから手術に進む」など、実際の姿をよくご存じです。最近では患者さん自身が医療機関のホームページなどを調べ、希望するところへ紹介状を書いてもらうケースも増えていますが、専門家の視点にはそれ以上の情報と経験があります。

また、紹介先で手術をすすめられて迷ったときも、かかりつけ医に相談することをおすすめします。「本当に手術が必要なのか」と、保険診療の範囲で気軽に尋ねてみてください。きっと親身になって応えてくださるでしょう。

これからの脊椎脊髄の病気の治療で重要なこと

脊椎脊髄の病気に限らず、全ての病気の治療において大切なのは、「患者さんの負担が少なく、なおかつ回復につながる治療として最も適しているのは何か」を見極めることです。

医師は、患者さんの状態に応じた最適な方法を、丁寧な説明と共に提示する。患者さんはそれを鵜呑(うの)みにせず、別の専門家の意見にも耳を傾け、自分自身で納得して選択する。特に、体にメスを入れるような手術においては、このような姿勢がいっそう重要です。

医師と患者さんがしっかり対話を重ね、最善の道を一緒に選んでいく――それがこれからの脊椎脊髄の病気の治療のあるべき姿ではないでしょうか。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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