青松記念病院外観(青松記念病院ご提供)
多くの人が悩んでいるにもかかわらず、恥ずかしさから医療機関での治療をためらいがちな「痔」の症状。特に「いぼ痔(痔核<じかく>)」は、初期段階では痛みがほとんどないため、市販薬で対処したり、放置したりする人も少なくない。
会社の健康診断や大腸カメラの検査で「いぼ痔がありますね」と指摘されたものの、自覚症状がないためにそのままにしているケースは要注意だ。放置すれば症状は悪化し、手術が必要になることもある。
青松記念病院(大阪府泉佐野市)の青松 直撥(あおまつ なおき)先生に、いぼ痔の中でも特に多い「内痔核」について受診のタイミングや治療法を詳しく伺った。
皆さんが「痔」と聞いてイメージする症状はさまざまだと思いますが、実は大きく分けて3つの種類があります。硬い便で肛門(こうもん)が切れてしまう「きれ痔(裂肛)」、細菌が入って膿(うみ)が出てくる「あな痔(痔瘻)」、そして血管がこぶ状に腫れる「いぼ痔」です。
きれ痔は便秘がちな女性に多く、繰り返すうちに肛門が狭くなってしまうことがあります。あな痔は、一度膿のトンネルができてしまうと自然には治りにくく、基本的には手術が必要になります。
そして、これらの痔の病気の中で最も患者さんの数が多いのがいぼ痔です。特に肛門の内側にできる「内痔核」は、実は症状が出ていないだけでほとんどの方にある痔です。
会社の健康診断などで大腸カメラの検査を受けたときに、「痔がありますね」と医師から言われた経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。ここで指摘される痔の多くが内痔核であり、通常はご本人にまったく覚えがなく、検査で初めて指摘されるケースが大半です。
内痔核は、自覚症状がほとんどありません。しかし、症状がないからといって安心はできません。多くの場合、気付かないうちに進行していくからです。
内痔核の進行度は4つの段階(ゴリガー分類)に分けられます。最初は排便時に出血するくらいですが、2段階目になると排便時にいぼが肛門の外に出てくるようになります。この段階ではまだ自然に中に戻るので、あまり気にならないかもしれません。ところが3段階目に進むと、指で押し込まないと戻らなくなってしまいます。そして最終の4段階目になると、いぼが常に出たままになってしまうわけです。
「痔の治療」というとすぐに手術をイメージされるかもしれませんが、内痔核の治療では先ほどのゴリガー分類で1段階目、2段階目までは、炎症や腫れを抑える塗り薬(ヒドロコルチゾン配合製剤など)を使った保存的治療が第一選択となります。
また、塗り薬と併せて「乙字湯(おつじとう)」という漢方薬を処方することがあります。この漢方薬は便を軟らかくして排便をスムーズにし、肛門のうっ血を和らげる効果が期待できるうえ、体への負担が少なく、費用も抑えられるという利点があります。
このような保存的治療で一定期間様子を見て、それでも症状が気になる場合に、次の治療法を一緒に考えていく、という流れになります。
内痔核が進行してしまった場合の治療法としては、専用のゴムの輪を使って内痔核を徐々に壊死(えし)させる方法や、根治を目指す手術(結紮切除法)などがあります。最近では、先ほどのゴリガー分類で2段階目、3段階目の方は「ALTA療法」を選ぶことが多くなっています。これは、内痔核に直接薬剤を注射して小さくする「切らない治療法」です。
注射に関わる治療時間はわずか5分ほどで終わりますし、入院も日帰りか、長くても1泊で済みます。切らないので痛みや体への負担が少なく、次の日から普段どおりの生活を送れる方がほとんどです。脳梗塞(のうこうそく)や心筋梗塞後で、抗凝固薬や抗血栓薬(血液をサラサラにするお薬)を服用の方でも、休薬することなく治療が受けられます。
もちろん、よいことばかりではありません。手術での内痔核の再発率が1~2%程度なのに対して、ALTA療法はどうしても再発率が15%ほどあります。そのため、完全に治す「根治治療」というよりは、今のつらい症状を楽にするための治療、という位置付けになります。それでも、「仕事が忙しくてまとまった期間での入院なんてできない」という現役世代の方には、非常に喜ばれる治療法です。
なお、4段階目になるとALTA療法は適応にならず、根治手術を行うことになります。
内痔核にならないためには、日々の生活習慣を見直すことが何より重要です。特に気を付けていただきたいのが、トイレの習慣。スマートフォンを持ち込んで、気付いたら30分も座っていた……なんてことはありませんか?
トイレに長く座っていると、肛門の周りがうっ血して血の流れが悪くなってしまいます。これが内痔核の大きな原因になるのです。トイレは5分以内で済ませることをぜひ心がけてください。また、便秘で強くいきむのも禁物です。
長時間同じ姿勢でいることもよくありません。デスクワークの方やトラックの運転手さんなどは、どうしてもお尻に負担がかかり続けてしまいます。思い当たる節がある方は、少しずつでも改善していきましょう。
先ほど、大腸カメラ検査で内痔核が見つかりやすいという話をしましたが、実はここに落とし穴があります。検査で「便潜血陽性」となり、不安な気持ちで大腸カメラを受けたら、「がんはなく、原因は痔でした」と言われるケースが非常に多いのです。
患者さんは「がんじゃなくてよかった」と安心されますし、それは本当に何よりのことです。
ですが、検査を担当される消化器内科の先生は、大腸がんなどを見つける専門家ではあっても、痔の専門家ではないことがほとんどです。そのため、「症状がなければ様子を見ましょう」という話で終わってしまうことがあります。
その結果、多くの方が指摘された内痔核を放置してしまい、気付かないうちに悪化させてしまうケースが散見されます。診察室でそういった患者さんを診て、「もっと早く相談に来ていただけたら、もっと簡単な治療で済んだのに……」と感じることも、残念ながら珍しくないのです。
健康診断や人間ドックで内痔核を指摘された方、あるいは排便時の出血など自覚症状がある方など先ほどの4段階のいずれかに該当する自覚がある方は、たとえ症状がなくても一度は肛門科を受診されることを強くおすすめします。専門の医師に診てもらうことで、ご自身の今の状態を正しく把握し、今後の悪化を防ぐことにつながるはずです。どんな些細なことでも、お気軽にご相談いただけたらと思います。
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