札幌北楡病院 三浦正義先生
男性がかかるがんの中で最も多いとされる前立腺がん。その治療はロボット支援による手術や放射線治療が広く行われているが、一方で治療後の「尿漏れ」や「性機能の低下」といった生活の質(QOL)に関わる副作用は、多くの患者にとって大きな悩みとなっている。
そんななか、これらの課題を克服する可能性を秘めた新しい治療法として「TULSA(タルサ)」が注目を集めている。これはMRIで“がん”と“正常部分”の温度を監視しながら、超音波でがんを“焼く”という低侵襲(<ていしんしゅう>体への負担が少ないこと)治療だ。この治療に詳しい、札幌北楡病院の三浦 正義(みうら まさよし)先生に話を伺った。
前立腺がんは、男性特有の前立腺という臓器に発生するがんです。同じ家系内に前立腺がんの患者さんがいる方や、50歳以上の方で発症しやすいことから、遺伝や加齢によるホルモンバランスの変化が関与していると考えられていますが、明確な発症メカニズムは解明されていません。
このがんは多くの場合、前立腺の中にとどまっている「限局性(リンパ節や他の臓器への転移がない)のがん」として見つかります。こうした場合、治療の選択肢がいくつか考えられます。
近年日本で増えてきたのが、ダビンチなどのロボットの支援の下で行う前立腺の全摘手術です。1週間から10日ほどの入院でがんを物理的に取り除く治療で、非常に分かりやすい治療法と言えるでしょう。ただ、大きな課題として、術後の尿漏れがあります。ロボットは非常に精密な手術が可能ですが、手術で括約筋の一部が傷むため、括約筋の機能低下から術後はほとんどの方に尿漏れがあり、完治しない方もいらっしゃいます。また、勃起に関わる神経を残す手術を行っても、性機能の維持は確実とは言えないのが実情です。
前立腺がんに対するもう1つの大きな柱が放射線治療で、がんを治す効果は手術とほぼ同等とされています。手術のような体にメスを入れることに抵抗がある方や、尿漏れの頻度を少しでも下げたい方にとってはよい選択肢になります。ただし、治療期間が非常に長く、一般的には2か月ほど通院が必要になるのがネックです。また、放射線治療は周囲の臓器への影響を減らす技術が進歩していますが、それでも長期的に見ると副作用がゼロとは言えません。
近年、前立腺がんへのアプローチとして「フォーカルセラピー(局所治療)」という考え方が注目されています。たとえば、乳がんなら乳房を温存する手術があるように、前立腺でもがんの部分だけを精密に治療し、正常な機能を持つ組織はできるだけ残そうというアプローチです。
その代表的な治療法がTULSA(タルサ)です。これは、MRIでがんの位置をリアルタイムに確認しながら、尿道から挿入した細い器具を使って超音波で精密に前立腺を加熱し、がん細胞を死滅させる治療法です。熱といっても55度で5秒間の加熱であり、必要最低限の熱でがん病変を的確に処理していくイメージです。
TULSAの大きな特徴は、直腸や膀胱、括約筋といった周りへのダメージがほとんどないことで、手術後1年で尿漏れが残る率は当院においては非常に少なくなっています。なお、治療期間は海外では日帰りが主流となっていますが、当院では慎重を期して基本的には3泊4日です。また、がんの位置にもよりますが、勃起機能の温存率は当院の例では88%となっています(2025年11月時点)。
注意点としては、TULSA治療の対象となるのはがんが前立腺の中にとどまっている「限局性のがん」の方のみであることです。残念ながら、精嚢(せいのう)という隣接する組織にがんが広がっている疑いがある方や、遠隔転移がある方はこの治療を受けることができません。
さらに、この治療は保険適用外(自由診療)であるため、手術の費用が200万円から260万円と高額になることも留意点です。
また、MRIを使う治療なので、体内にMRI非対応のペースメーカーなど金属が入っている方は対象外となります。ただ、外科手術ではないので、出血がリスクとなる「血液をサラサラにする薬」を飲んでいる方でも、薬を中断することなく治療を受けられるというメリットもあります。
現在、この治療を行っている病院は国内で2施設にとどまっています(2025年11月時点)。その理由としては、この治療に使う機器を開発したのが海外の小規模なメーカーで、日本で薬事承認を得るための治験に莫大な費用がかかるため、なかなか進まなかったという背景があります。また、治療でMRI室を半日ほど占有してしまうため、多くの検査をこなす大病院では導入が難しいという現実的な課題も存在します。
私がこの治療法を知った当初は、正直なところ「世の中には研究的治療や科学的根拠の乏しい治療もたくさんあるので慎重に見る必要がある」と思っていました。しかし、海外の論文データを見て、その治療効果の高さや低侵襲性を高く評価しています。
前立腺がんは治る可能性が高いがんですが、治療後の生活が長く続くからこそ、どのように暮らしたいかを考えることが大切になります。手術や放射線治療、そしてTULSAなど、治療の選択肢は広がっています。ご自身が納得し、安心して歩んでいける治療法を見つけていただきたいと思います。
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