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患者の負担を減らす放射線治療― ガンマナイフの仕組みやメリット・デメリットを知る

公開日

2025年01月10日

更新日

2025年01月10日

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2025年01月10日

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脳腫瘍と聞くと、開頭手術を連想する人も多いかもしれない。しかし近年では、開頭することなく脳腫瘍を抑え込むことができる放射線治療が多数行われている。神奈川県横浜市港北区にある横浜労災病院は1991年(平成3年)の開院時から、放射線治療装置の1つである「ガンマナイフ」を導入していた医療機関だ。その副院長で脳神経外科部長を務める周藤高(しゅうとうたかし)先生に、ガンマナイフ治療の仕組みやメリット・デメリット、適応症例や今後の展望などについて伺った。

ガンマナイフ治療の仕組みと、その開発の歴史

ガンマナイフは、ガンマ線と呼ばれる放射線を使った治療装置です。放射線治療の1つですが、病変周囲の放射線量が非常に少なく、まるでナイフで病巣を切り取ったようなピンポイントの治療ができるため、ガンマナイフと呼ばれています。

ガンマナイフは1968年、スウェーデンのカロリンスカ大学の脳神経外科医ラース・レクセル教授によって開発されました。当時は脳手術での死亡率が高かったことから、開頭せずに患部を治療できれば死亡率を引き下げられるのではという発想から、研究が始まりました。

ガンマナイフ治療装置は、約200本のガンマ線のビームを多方向から照射します。1本1本のガンマ線は微弱なので、ガンマ線が通過する部位にはほとんど影響を与えず、ガンマ線が集中した部位のみに強くガンマ線が当たる仕組みになっています。

1968年に初めて制作されたプロトタイプのガンマナイフは、脳腫瘍ではなく三叉神経痛などの機能的疾患の治療装置として設計されました。その効果が認められたことから、脳腫瘍や脳動静脈奇形の治療に使われるようになったのです。その後も改良が続けられ、1987年にアメリカのピッツバーグ大学が改良型のガンマナイフを導入し、多くの治療を行い有効性が広く知られることになり、全世界へと普及しました。

日本では1990年、東京大学が初めてガンマナイフ治療装置を導入し、現在では約50台が日本全国で稼動しています。

ガンマナイフ治療の際には、患部に正確に照射するため頭部を固定しなければなりません。また、患部の位置を座標として数値化する必要があります。

そのため当初は、金属製のフレームで頭部を固定した状態でCTやMRIの画像を撮影し、そのデータに合わせてどのように照射するか治療プランを作成し、多数の照射ポイントを手作業で調整していました。

現在では自動で照射ポイントに位置調整ができるようになり、治療時間も大幅に短縮されています。さらに2015年にはフレームではなくマスクで頭部を固定するタイプも登場し、患者さんの負担が少なくなりました。フレーム固定ではフレームをピンで頭部に固定するため、局所麻酔が必要です。一方マスク固定は、患者さん一人ひとりの顔に合わせたプラスチックマスクを作成して頭部を固定するため、痛みを感じることはありません。ただしマスク固定は、体を動かすと頭部の位置も影響を受けることがあるため、患者さんの病気や病状などによって使い分けられています。

多方向からガンマ線を照射するというガンマナイフの基本コンセプトは、開発当初から変わっていません。しかし、ハードウェア的な進化は上記のように目覚ましいものとなっています。

ガンマナイフはどんな病気の治療に使えるのか

日本国内においてガンマナイフによって治療できる病気は、頭蓋内の悪性腫瘍(転移性脳腫瘍、神経膠腫(しんけいこうしゅ)、悪性リンパ腫、軟骨肉腫など)および良性腫瘍(聴神経腫瘍、髄膜腫、下垂体腫瘍、頭蓋咽頭腫(ずがいいんとうしゅ)、血管芽腫(けっかんがしゅ)など)、脳動静脈奇形などの血管障害、三叉神経痛(さんさしんけいつう)などの機能性障害で投薬による痛みのコントロールが困難なものとなっています。なかでももっとも多いのは、悪性腫瘍です。特にがんが脳に転移した転移性脳腫瘍では、がんで患者さんの体力が落ちているケースが多いため、手術や化学療法といったほかのがん治療より患者さんの負担が少ないガンマナイフによる治療が適しているといえるでしょう。

ガンマナイフで治療が可能な転移性脳腫瘍は一般に長径がおおよそ30ミリ以下とされています。ただ、腫瘍の種類や生じた部位などによって治療方針は異なるので、一概にはいえません。

また、外科手術とガンマナイフを組み合わせて治療するケースもあります。たとえば聴神経腫瘍の場合、周囲に聴覚や表情筋を司る神経が存在するため、良性腫瘍であっても聴力障害や顔面神経麻痺といった後遺症が懸念されます。そういったデリケートな部位の病変では、先に手術で腫瘍をある程度摘出してから、残った部分にガンマナイフ治療を行い、合併症を避けつつ治療効果を上げるといったことが行われています。

なお、ガンマナイフ治療にかかる治療費は、入院費用や検査費用を合わせて約60万円程度となっています。いずれも公的保険が適用になるため、患者さんが負担する治療費は3割負担で約20万円程度です。

ガンマナイフ治療のメリット・デメリット

ガンマナイフのメリットは、外科手術が難しいケースでも治療ができることでしょう。たとえば頭蓋底と呼ばれる脳の深い部分にできた腫瘍は、周囲に大事な血管や神経が通っているため、外科手術での切除は非常に困難です。しかしガンマナイフなら、ピンポイントで腫瘍に照射できます。

患者さんの身体への負担が少ないことも、ガンマナイフのメリットの1つです。高齢などで体力的に全身麻酔での開頭手術が難しい患者さんでも、ガンマナイフ治療なら可能なケースは少なくありません。

また、ガンマナイフは、例えば転移性脳腫瘍が複数個あっても多くの場合1回の治療で全てを照射できるため、治療期間も短縮できます。

以前は多発した転移性脳腫瘍に対して、脳全体に放射線を照射する”全脳照射”という放射線治療が行われていました。しかし全脳照射は合併症として脳の認知機能に影響を与えてしまう可能性があり、加えて全脳照射は原則として1回しかできません。対してガンマナイフ治療では、病巣だけにピンポイントで照射するため、何度でも治療が可能です。また、すでに全脳照射を受けている患者さんであっても、ガンマナイフ治療は多くの場合可能です。

メリットの多いガンマナイフ治療ですが、もちろんデメリットもあります。その1つは、ガンマナイフには外科手術のような即効性がないことでしょう。外科手術なら、病変部が切除できたかどうかを視認でき、全摘出されれば術後は病変部が無くなる、ということになります。一方、ガンマナイフ治療では、腫瘍など照射した病変部が本当に抑え込むことができているのか、長く経過をみないと判断できません。

またガンマナイフ治療は全脳照射より副作用が少ないとされていますが、病変周囲の脳組織に放射線障害が出る可能性もゼロではありません。非常にまれではありますが、放射線の影響で良性腫瘍が悪性化したり、放射線誘発性腫瘍ができたりといった合併症も報告されています。さらには、放射線による脳壊死が治療から5年以上経ってから出ることもごくまれにあります。

今後のガンマナイフ治療への期待

ガンマナイフの出現によって、外科手術や従来の放射線治療では治療が困難であった病気に対しても、治療できる可能性が広がりました。正しい知識と技術をもってガンマナイフ治療を行えば、副作用もきわめて少ないことが研究によって明らかになっています。

ガンマナイフ治療装置そのものも改良が加えられ、治療可能な対象も広がっています。また、どんな疾患にどのぐらいの線量を照射すれば効果が得られるのかといったことについても研究が進められ、世界規模で一定の見解が出ています。

今後の期待としては、公的保険の適用となる病気の拡大ではないでしょうか。日本の保険診療では、ガンマナイフで治療可能な病気は、脳腫瘍、脳血管障害、三叉神経痛のような神経の機能性障害の一部となっています。そのほかにもガンマナイフは、本態性振戦、強迫神経症、てんかんの治療などにも有効で世界では多く行われていますが、残念ながら日本では保険適応にはなっていません。

今後はさらに保険適用できる範囲が広がり、より多くの患者さんがガンマナイフ治療のメリットを享受できることが望まれます。

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