「痔」で苦しんだ経験のある方や、身近で治療の話や苦労話を聞いたことがある人は少なくないだろう。痔の中でもっとも多い痔核(じかく)(いぼ痔)による受診者は1日当たり約1万で、痔の症状を持つ人を「痔主(じぬし)」と呼ぶことがあるほど、痔は私たちにとって身近な病気だ。しかし、痔の治療で豊富な経験を持つ田村外科病院(神奈川県川崎市)の院長、田村哲郎(たむら てつろう)先生によれば、日本人の痔に対する理解はあいまいで、誤解もあるという。誰もが「痔主」となり得るなか、適切な治療と予防のために、どのような知識を身につければよいのか。いぼ痔のお話を中心に、田村先生に伺った。
お尻(肛門<こうもん>の辺り)が「なんだか変だな」と感じる状態全般を、日本では「痔」と呼んでいます。かゆみ、痛み、そのほかの違和感――これら全てが痔に該当するのです。
一般的には、痔核(いぼ痔)・痔ろう(あな痔)・裂肛(切れ痔)の3つを「痔」と呼んでいます。この中で半数以上を占めるのがいぼ痔です。そのため、痔といえばいぼ痔を指すことが多いといえるでしょう。
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いぼ痔とは、肛門や直腸の静脈がうっ血して膨らんだ状態のことです。我々のお尻は心臓より下にあるため、血液が心臓に戻りにくく、肛門付近で血液の渋滞が起こりやすい構造になっています。その結果、静脈が膨らみ、いぼ痔ができるのです。
実は、4本足で歩く動物はいぼ痔になりません。二足歩行をする人間ならではの宿命ともいえるでしょう。さらに近年は、仕事や環境の変化でじっと座っていることが多くなりました。動かないことで血液の流れが悪くなりがちになることも、いぼ痔が起こりやすくなる原因だと考えられています。
いぼ痔の症状は、大きく分けて以下の3つです。
■出血…肛門や直腸の静脈がうっ血して膨らむため、便が通過してこすれると血液が流れ出ることがあります。
■脱肛…静脈のうっ血がひどくなると、膨らんだ部分が肛門から外に出てしまうことがあります。
■便秘…肛門内部で静脈が膨らむと便通の邪魔になり、便が出にくくなる場合があります。
いぼ痔の診断は、主に視診と指診、肛門鏡を使った検査によって行います。
治療法としては注射と手術がありますが、近年は日本で開発されたALTA療法(患部を硬化させるALTA薬剤を肛門内の患部に注入する治療法)が多くの方に選ばれています。手術の場合、麻酔が切れるとどうしても痛みを伴いますが、ALTA療法には痛みが少ないことが特徴です。2005年に保険適用となったこの治療法は徐々に広まり、現在では主流となりつつあります。
ただし、ALTA療法は内痔核(直腸の粘膜にできるいぼ痔)にのみ適用され、外痔核(肛門近くの皮膚にできるいぼ痔)には適用できません。そのため、外痔核の治療には手術が必要です。最近では、いぼ痔の程度に応じてALTA療法と手術を併用する方法も普及しており、患者さんの負担軽減に寄与しています。
いぼ痔は命に関わる病気ではなく、治療後はほぼ改善が見込めます。医師とよく相談し、自分に合った治療法を選ぶことが重要です。
お尻に違和感を覚えたり、心配に思ったりした場合は、早めに医師の診察を受けることをおすすめします。痔の検査や治療はそれほど怖いものではありません。
逆に、恥ずかしさから受診をためらい放置することは、より大きなリスクを招く場合があります。たとえば、肛門からの出血を痔によるものだと自己判断して放置した結果、実際には大腸がんが原因であるケースもあります。少しでも不安に感じたら、楽観視せず、早めに医療機関を受診してください。
いぼ痔の予防には、肛門周辺の血流をよくすることが欠かせません。次の2つのポイントを意識してみましょう。
■座りっぱなしを避ける
長時間座りっぱなしでいると血流が滞りやすくなります。仕事中でもこまめに立ち上がるなど、できるだけ体を動かす工夫をしましょう。
■自然な排便を心がける
便意を感じたら我慢せず、タイミングを逃さず排便することが大切です。反対に、無理にいきむのもいぼ痔悪化の原因になります。
また、朝起きたときにコップ1杯の水を飲む、家の掃除をして体を動かすなど、腸のはたらきを促す習慣を取り入れてみてください。これらの方法は大腸がんの予防にもつながるので、一石二鳥です。
現在では、インターネットを利用して医師や病院の情報を簡単に調べることができます。ただ、情報量が多いため、どこを選べばよいのか迷うこともあるでしょう。痔に関しては、日本臨床肛門病学会の認定制度で「痔を専門とする医師」と認定された先生を探すのがよいと思います。
とはいえ、実際に受診してみないと、相性のよい医師か、信頼して任せられそうかは分からないものです。もし合わないと感じた場合は、ためらわずに医師や病院を変えてください。信頼できる医師との出会いが、治療の前進に大きく寄与します。
痔は恥ずかしい病気というイメージがありますが、いぼ痔は誰もがなり得るものです。恥ずかしさから目を背けたり受診を先延ばしにしたりするのはおすすめできません。人間の宿命だと受け入れ、堂々といぼ痔に向き合い、必要であれば治療を受けましょう。それこそが、宿命との上手な付き合い方だといえるでしょう。
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