新東京病院 中尾 達也院長
胸部や腹部の大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)は、破裂すれば命に関わる病気だ。かつては開胸・開腹といった大きな手術で治療を行っていたが、カテーテル(医療用の細い管)を用いたステントグラフト治療の登場により、現在では治療の選択肢は大きく広がっている。
そして今、日本で磨き上げられた「オープンステントグラフト内挿術」が、世界の医療現場で大きな注目を集めている。この治療法はどのように生まれ、大動脈瘤治療の未来をどう変えていくのか。開発の黎明期(れいめいき)からその発展に深く関わってきた新東京病院の中尾 達也(なかお たつや)院長にその軌跡を伺った。
私が心臓血管外科医になった当初、大動脈瘤の手術は胸やお腹を大きく開けて人工血管に置き換える方法しかありませんでした。特に胸の奥深くにある大動脈瘤の手術は術野(手術中に目で見える範囲)が非常に狭く、執刀医にしか見えないことも少なくありません。そのため、手術成績が術者の技量に大きく左右され、若い医師が独り立ちするまでの技術習得には高い壁がありました。
「もっと安全で学びやすい方法はないか」という思いから、1990年代、私たちは「ステントグラフト」という新しい治療法に挑み始めました。ステントグラフト自体も、当時はまだ製品化されたデバイスなどありません。緊急の患者さんが運ばれてくると、手術の準備をする傍ら、私たちは手術室の隣の部屋でデバイスを手作りして手術に用いていました。このデバイス作成は、気管支形成用の自己拡張型の骨組みを持ったステントと人工血管グラフトを50か所以上も自分の手で縫い合わせていくという大変な作業でした。さらに、ステントグラフトを「ところてん」を押し出す器具のようなシース(管)に詰めて手術に用いるのですが、この充填作業もまた至難の業でした。今では考えられないような、手探りの時代だったといえるでしょう。もちろん保険は適用されませんから、全て病院の持ち出しでこの手術を行っていました。
大動脈瘤の手術ではその後、カテーテルを使って血管の中からステントを挿入する「ステントグラフト内挿術(TEVAR/EVAR)」が登場しました。開腹・開胸の必要がないこの新しい手術によって患者さんの負担は大きく減ることになったのですが、TEVAR/EVARはカテーテルが血管を通る間に血栓を剥がし、それが脳の血管に詰まってしまうリスクがありました。
そこで日本では、開胸による手術とTEVARのメリットを融合した「オープンステントグラフト内挿術」の開発が始まりました。(図1)
開発の苦労が実ったのは2014年のことで、日本で初めてオープンステントグラフト内挿術に用いる「フロゼニックス」というデバイスが製品化されたのです。これは国産のグラフトとニチノール(ニッケルとチタンを主成分とする形状記憶合金)製のステントを組み合わせたオール日本製のデバイス(図2)で、私もその開発初期から知見の提供を少ない経験ながらも行ってきました。
オープンステントグラフト内挿術は、胸を開けて大動脈を直接確認するところまでは従来の手術と同じですが、そこからステントグラフトを大動脈の内側に挿入します。これにより、従来の手術で最も難易度が高く、術者の経験の差が出やすかった「末梢側(まっしょうがわ)の吻合(血管の縫い合わせ)」が不要になりました。
末梢側は形状記憶合金でできたステントが内側から血管を支えてくれるため、縫う必要がありません。その結果手術時間は大幅に短縮され、また剥がれた血栓が脳の血管へ行ってしまう可能性も減ることから脳梗塞(のうこうそく)のリスクを大きく減らすことができました。さらに、誰が執刀しても一定レベル以上の安定した手術が可能になったため、若い医師を育成するという教育的な観点からも、非常に画期的な進歩だったと思います。
オープンステントグラフト内挿術の登場は、治療の選択肢も広げました。たとえば、大動脈の病気は一度治療しても、数年後に別の場所に動脈瘤ができることがあります。そこで、最初のオープンステントグラフト手術の際に、将来の追加治療がしやすいように血管内に「プラットフォーム」という土台を作っておくのです。
いつでもボールを受け止められるように、大きなキャッチャーミットを構えておくようなものと考えていただくと分かりやすいかもしれません。この方法によって将来、もし血管に新たな瘤(こぶ)ができても、足からカテーテルを入れる「追加TEVAR」で、このミットめがけてより安全かつ低侵襲(ていしんしゅう)に追加治療ができます。生涯にわたって患者さんの血管を守っていくうえで、オープンステントグラフト内挿術によるアプローチは非常に有効だと考えています。
私はこの素晴らしい治療法を世界に広めたいという思いから、10年前から台湾の台北、台中やタイのバンコク、中東のドバイなど、海外の学会に足を運んで普及活動を続けています。メーカーの方からの説明に加え、医師から医師へ、海外の友人として「この治療法は素晴らしいから使ってみてはどうか」と伝えると、大変心に響くようです。
このオープンステントグラフトは、日本で生まれ、世界に広がりつつある「メイドインジャパン」の技術です。そのデバイスは千葉県の市原市にある工場で作られています。以前、工場で働く方々の前でお話しする機会がありました。私は皆さんに、「日々作っていただいているこの小さな製品が、日本だけでなく、世界の多くの人々の命を救っています」とお伝えしました。皆さん、ご自身の仕事の価値を改めて感じ、非常に感動されていたのが今でも忘れられません。
この日本発の治療法が、日本だけでなく世界中の1人でも多くの患者さんの希望となるよう、これからも努力を続けていきたいと考えています。
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