ハーバード大学マサチューセッツ総合病院 教授 John H. Stone先生と語らう川野充弘先生(左)
一般社団法人日本リウマチ学会と株式会社メディカルノートによる第5回の連携ウェビナーが2025年5月29日に開催されました。今回は「IgG4関連疾患への誘い」と題した講演で、日本IgG4関連疾患学会の理事長を務める金沢医科大学血液免疫内科学 臨床教授の川野充弘先生より、日本の研究者が明らかにした疾患概念と世界への発信について、ご自身の経験を交えたお話がありました。当日の講演内容をダイジェストでお送りします。
近年確立した新しい疾患概念である「IgG4関連疾患」は、さまざまな臓器において腫大、腫瘤(しゅりゅう)、結節、肥厚が生じる全身性の病気です。特徴的な病変として、涙腺・唾液腺が左右対称性に腫れる「ミクリッツ病」、膵臓(すいぞう)がソーセージ様に腫大する「自己免疫性膵炎(じこめんえきせいすいえん)」、腹部の大動脈周囲が肥厚する「後腹膜線維症」、造影検査で腎臓に多発する造影不良域を認める「間質性腎炎」などが現れることがあります。このほか、血液中のIgG4が高値を示し、組織中に多数のIgG4陽性形質細胞が浸潤していることも特徴です。
IgG4は、免疫グロブリンG(IgG)という血清蛋白の一種です。通常は血清IgG値の3~6%程度しか存在せず、炎症を起こしにくくて最もおとなしい免疫グロブリンとされています。また、アナフィラキシーのような重篤なアレルギー反応から体を守るはたらきがあることが知られています。
このIgG4が、前述の「ミクリッツ病」や「自己免疫性膵炎」と関与することを日本の研究者が明らかにし、さらに全身疾患としてのIgG4関連疾患の概念を確立しました。その過程についてご紹介します。
IgG4関連疾患の歴史は19世紀末までさかのぼります。1892年、ドイツのケーニヒスベルグ(現・ロシア、カリーニングラード)で、ポーランドの外科医ミクリッツ氏が、左右対称性に涙腺・唾液腺が腫れる症例を報告しました。その後、多くの類似する症例が報告され、「ミクリッツ病」と称されるようになりました。
それから約50年後の1933年、スウェーデンの眼科医シェーグレン氏が、目と口の乾燥症状がある患者さん19例について報告し、これらの症例は「シェーグレン症候群」と呼ばれるようになりました。
そして1953年、多数の「ミクリッツ病」の患者さんを解析した論文で、「ミクリッツ病」と「シェーグレン症候群」とは同一の病気であるとする見解が示されました。この論文をきっかけに、当時の欧米では「ミクリッツ病」の症例報告が見られなくなったのです。
日本では1991年、都立駒込病院の川口医師らが、リンパ球や形質細胞が組織に浸潤して炎症を生じ、線維化*も呈した膵炎の症例を、世界で初めて報告しました。1995年には東京女子医大の吉田医師らが、同様の複数症例を解析して「自己免疫性膵炎」という疾患概念を提唱しました。さらに2001年には、信州大学の浜野医師、川医師らにより、「自己免疫性膵炎」の患者さんにおいて血中IgG4が著しく高値であることが示されました。その翌年には両医師により、組織に浸潤している形質細胞が産生するIgGの大半がIgG4であることも報告され、「自己免疫性膵炎」の病態にIgG4が大きく関わることが明らかにされました。
同じ時期、札幌医大の山本医師、高橋医師らは、男性に多い「ミクリッツ病」と、女性に多い「シェーグレン症候群」とが同一であるという欧米での当時の見解に疑問を持ち、両疾患の血中IgG4を測定して比較しました。その結果、「ミクリッツ病」の患者さんでは血中IgG4が高値であるのに対し、「シェーグレン症候群」の患者さんでは低値であり、この2つが異なる病気であることを明らかにしました。このとき初めて、IgG4というキーワードから「自己免疫性膵炎」と「ミクリッツ病」とがつながってきたのです。
*線維化:組織が線維成分に置き換わり硬くなってしまう現象のこと。
私も2004年に初めて「ミクリッツ病」の患者さんを診療しました。こちらの患者さんは驚くことに、血中IgG高値で間質性肺炎やリンパ節腫脹を示し、顎下部リンパ節の生検では多数のIgG4陽性形質細胞の浸潤を認めました。涙腺・唾液腺の症状だけでなく、今までに「ミクリッツ病」では報告されていなかった肺病変やリンパ節病変がみられたのです。その後は眼科や耳鼻科へ協力を求め、ミクリッツ病の可能性がある患者さんを集めて診療の経験を重ねた結果、その病態が涙腺・唾液腺だけでなく、全身に及ぶ病気である可能性に気付きました。
そこで私は、2007年にIgG4研究会(現・日本IgG4関連疾患学会)を立ち上げ、同研究会で「IgG4関連疾患への誘い」と題した書籍を作成し、新しい疾患概念について広く発信しました。そして、金沢大学で162例の患者データを解析し、涙腺・唾液腺(50%以上)、腎臓・膵臓・後腹膜(各々、約30%)のほか、下垂体や皮膚、肝臓など多彩な臓器にもIgG4陽性形質細胞が浸潤した病変を認めることを確認しました。また、全国から集められた剖検(病理解剖)症例の解析により、大血管だけでなく腎動脈の分枝である葉間動脈などの中型血管にも病変を形成することも示しました。
これらの知見から、IgG4関連疾患という疾患概念が生まれるに至りました。全体像として、全身の臓器にIgG4陽性形質細胞とリンパ球浸潤による炎症をきたし、その結果、腫瘤、腫大、結節、肥厚を認める病気であること、臨床的には中高年の男性に好発し、高IgG血症とアレルギー素因を特徴とすることが分かってきたのです。
IgG4研究会を発足した後、世界でもIgG4関連疾患の研究の機運が高まり、2011年にアメリカのボストンで世界初の国際シンポジウムが開催されました。このシンポジウムでIgG4-Related Diseaseという疾患名が国際的に統一されました。その後も国際シンポジウムは、継続的に開催されています。また2013年には、本邦のIgG4研究会から世界で初めての英語教科書を出版し、のちに中国語版も刊行されました。こうしてIgG4関連疾患は、国際的に広く認知される疾患概念へと発展し、世界中の患者さんの診断・治療に役立てられるようになりました。
IgG4関連疾患は、ミクリッツ氏の最初の報告から100年以上を経て、日本の研究者たちによって疾患概念が解明されました。このようにリウマチ・膠原病(こうげんびょう)内科医は、新たな疾患に遭遇する機会が少なくありません。未知の病態に取り組み、新たな疾患概念の発見・解明に貢献することは、リウマチ・膠原病診療を続けていく醍醐味だと思います。
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