シェーグレン(病)症候群とは、本来細菌やウイルスなどを攻撃する免疫が誤って自分自身の体を攻撃してしまう“自己免疫疾患”で、主に涙腺と唾液腺が標的となります。そのため、涙や唾液が不足して目や口の乾燥症状(ドライネス)を呈することが多く、加えて全身の倦怠感が生じたり、肺、腎臓、関節などの臓器にも症状が現れたりすることがあります。武井正美先生(阿伎留病院企業団 企業長、公立阿伎留医療センター 院長)は、長年にわたりシェーグレン(病)症候群の診療と研究に取り組みながら、患者会である“シェーグレンの会”の活動にも尽力してこられました。シェーグレンの会との歩みについてお話を伺います。
“シェーグレンの会”は、NPO法人である“シェーグレンの会”の名称でもありますが、患者会である“日本シェーグレン症候群患者の会”と両者を総称してそのように呼ぶこともあります。いずれの団体もシェーグレン(病)症候群の患者さんのために活動をしていますが、NPO法人は全ての方を、患者の会は会員の方を対象とするという区分けです。
日本シェーグレン症候群患者の会は、1986年、当時金沢医科大学 血液リウマチ膠原病(こうげんびょう)内科におられた菅井進先生が中心となって、金沢で立ち上げられました。同年、菅井先生がコペンハーゲンで開催された第1回シェーグレン症候群国際シンポジウムに参加された際に海外の患者会の活動に感銘を受け、患者さんや院内のさまざまな職種の方々にお声がけされて発足したのです。
その後、ご縁あって2010年から、当時日本大学 血液膠原病内科で勤務していた私が事務局を引き継がせていただきました。東京に事務局が移ったことで、患者さんの全国からのアクセスもよくなったと思っています。2013年には東京都でNPO法人の認証を取得しました。
シェーグレン(病)症候群は2015年1月に国の指定難病となりましたが、認定までの道のりは決して平坦ではありませんでした。かつては東京都など一部の自治体が独自に助成を行っているのみで、患者さんが住んでいる地域によって受けられる支援に格差があったのです。
かつて私が勤務していた日本大学医学部附属板橋病院は東京都と埼玉県の境にあり、埼玉県から通院している患者さんも多くいました。埼玉県の患者さんは助成制度がなく、まさに「道を一本隔てるだけで受けられる支援が異なる」状況に日々直面していたのです。これを何とかしなければなりませんでした。菅井先生も県や議会に働きかけるなど懸命に活動されていましたが、なかなか認定には至っていませんでした。
そのようなとき、つながりがあった国会議員の先生が勉強会を開催してくださり、シェーグレン(病)症候群の患者さんがおかれた現状についてお話しさせていただく機会がありました。厚生労働大臣や事務次官を筆頭に厚生労働省の方も出席しておられたので、さまざまな助成制度の対象となっている他の病気との違いを例示しながら、「シェーグレン(病)症候群の患者さんのほとんどは女性です。この状況は女性差別ではないでしょうか」と申し上げました。私の訴えを本当にあたたかく受け止め、共感の言葉をかけてくださったことに感謝しています。その後ほどなくしてシェーグレン(病)症候群は指定難病に認定されました。患者さんの経済的負担を軽減し、安心して治療を受けられる環境を作るための大きな一歩だったと感じています。
日本シェーグレン症候群患者の会の事務局が東京に移って15年になりましたが、運営はボランティアの方々の善意に支えられています。現時点では、シェーグレン(病)症候群に対する効果的な生物学的製剤や分子標的治療薬はまだ発売されていません(2025年12月現在)。そのため、患者さんがどのようなつらさや困り事を感じ、それにどのように対処しているのか、患者会を通じて患者さん同士がつながりを持ち、それらを分かち合うことはとても大切だと考えています。
また、NPO法人シェーグレンの会では、継続的に患者さんの実態を調査し「シェーグレン白書」としてまとめてきました。「シェーグレン白書」は日本シェーグレン症候群患者の会の会員に対して行われたアンケートの結果を同会がまとめた報告書で、日本のシェーグレン(病)症候群の患者さんの実態が詳細に述べられています。最初は2012年、続いて2020年に発刊され、2025年の調査もすでに完了しました。
調査のとりまとめにあたっては、本当に多くの方に快くご協力いただきました。2012年版では東京女子医科大学(当時、現・愛媛大学大学院)の宮内清子先生、倉敷成人病センターの西山進先生、2020年版からは高知大学医学部特任助教・公認心理士でご自身もシェーグレン病の患者でもある患者会会長 小森香先生がご尽力くださっています。
2020年版のシェーグレン白書は、日本リウマチ学会編集による“シェーグレン症候群診療ガイドライン2025年版”にも、患者さんの声として盛り込まれました。従来、臨床試験の結果などエビデンス中心に構成されてきた診療ガイドラインに患者さんの声が盛り込まれたことは、画期的な取り組みであると思っています。
長年、シェーグレン(病)症候群に対しては効果的な治療薬がない状況が続いてきました。しかし、現在世界各国で複数の薬剤の治験が進められており、あと数年でいくつかの薬剤が承認される可能性があります。
新薬への期待が高まる一方で、課題も残されています。シェーグレン(病)症候群の患者さんはなかなか正しい診断に至らず、眼科や耳鼻咽喉科(じびいんこうか)、歯科など複数の診療科や医療機関を受診することも珍しくありません。別の病気と診断された結果、処方される治療薬によって、シェーグレン(病)症候群と診断できない事態に陥ることもあるため注意が必要です。
また、現在治験が進められている薬剤のほとんどは、分子標的治療薬に含まれる生物学的製剤で、薬価は高額になることが予想されます。どのような患者さんにどのように使用することが適切なのか、医療者だけでなく患者さんにも十分な知識が必要になるでしょう。そのような状況になれば、おのずと患者会の果たしていく役割も変化していくと考えています。
日本シェーグレン症候群患者の会を立ち上げた菅井先生は、人生をかけて患者会のために力を尽くされました。晩年、病に倒れてからも、奥様に付き添われながら患者会のイベントにご出席されておられ、私はそのとき偶然会場で菅井先生をお見かけしました。不自由な足でゆっくりと歩く姿に胸が詰まり、声をかけることができなかったのですが、そうしたお姿を拝見してきたので、私も厳しい状況にあっても歩みを止めずに前に進み続けていきたいと強く感じます。患者会の事務局長は日本大学医学部附属板橋病院の中村英樹先生にバトンタッチしましたが、これからもあらゆる手を尽くし、会を存続させていきたいと思っています。
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