「発達障害」という言葉を耳にする機会が増えています。発達障害は「自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害、注意欠如・多動症(ADHD)などの脳機能の障害で、通常低年齢で発現するもの」と定義され、「生きづらさを抱える」「注意力散漫」「コミュニケーションがうまくできない」といった他人との“少しの違い”があっても、それだけで発達障害であるとは言えません。小児神経科医は発達障害も主な専門の1つとしています。日本小児神経学会理事長の加藤光広先生(昭和医科大学医学部 小児科学講座 教授)に、発達障害は増えているのか、疑われる際にどう受診につなげるべきか、かかりつけ小児科医の重要性などについてお話を伺いました。
発達障害と一口に言っても、本来の「生物学的な意味での発達障害」と、親子関係など環境の影響で「発達障害類似の症状」を示すケースがあり、しっかりと区別することが必要です。医療現場では「発達障害の疑い」で受診する人の数は増えていると感じます。
実際の診療現場の感触としては社会的な関心の高まりや、幼児教育機関や学校で指摘されるなどして軽度の方の受診が増え、それに伴って発達障害と診断される方の数は増えていると思われます。しかし、「生物学的な意味での発達障害」のうち、重度の方の数はそれほど変わっていないというのが実感で、それを踏まえると発達障害の方全体の実数はおそらく増えてはいないと推測されます。
インターネットで発達障害という言葉が独り歩きしている弊害は非常に大きく、まったく発達障害ではないのに少しの症状や特徴を調べて不安だけが大きくなっている親御さんが多くいらっしゃいます。SNSやウェブ情報に翻弄されて不安を大きくし、外来受診をされる方は増えていると感じます。不安そうなご家族にネットで調べたかを確認すると、ほぼ全員がネットで調べていました。そのような方にはネットは見ないように伝え、専門性のある医師に尋ねるように伝えています。ただ、ネットを完全に絶つことは難しいでしょうから、科学的にきちんと裏付けされている学会や大学などのウェブサイトで調べることもおすすめしています。
今後のことは分かりませんが、不正確な情報が多くなり、そうした誤った情報を過学習したAIが提示する情報が科学的に正しい情報を凌駕(りょうが)してしまった結果、発達障害についての誤情報や偏見を無批判に信じる人が増えるような社会になることを危惧しています。
一方で、ネットの功罪のうち「功」としては、発達障害の原因として生物学的、遺伝学的な正しい説明も流通しており、全体として正しい理解が進んでいるという印象を持っています。私が医師になった30年以上前は「育て方が悪かったんでしょうか」といったことをおっしゃる親御さんが少なからずいましたが、少なくとも現在大学病院を受診するような方に関しては、発達障害の原因が育て方やワクチン接種、環境などにあるという誤解は減っていると思います。
こども家庭庁は自治体に対する5歳児健診の国庫補助制度を2023年から開始しました。小学校就学を前にした5歳の時点で、発達障害などのスクリーニングをすることが目的とされています。
子どもの体だけでなく精神発達や社会的な発達を評価し、就学後に不適応を起こし得る発達特性のある子どもたちを見出し、支援につなげることは大切です。加えて、家庭環境の整備が必要なケースや、育てにくさを感じている家庭への支援ニーズを拾い上げることも重要で、より幅広い支援や社会の理解促進を目指すべきだと考えています。そのためには支援者のすそ野を広げることが必要で、発達障害を専門としていない小児科医や内科医も一定の対応ができるようになることが望まれます。
5歳児健診は、さまざまな子育て上の悩みや社会生活を送るうえでの不安を持つ親御さんにとって、就学を控えたタイミングでプロフェッショナルの目が入り、不安を把握して寄り添ってもらえる場になることが期待されます。
お子さんが発達障害の疑いがあると指摘された際に、医療機関につながるまでに時間がかかるという問題が指摘されています。受診先を探す際、症状が軽いか重いかによって方法は変わってきます。
症状が軽い、あるいは親御さんがネットの情報で不安を抱いたという場合、まずはかかりつけの小児科を受診して1次スクリーニングを受けてください。
日本小児神経学会は、発達障害児の診療・支援のポイント、上手な連携方法について、日常診療に役立つ情報を提供する「子どものこころのプライマリケア・セミナー」を開いており、会員以外も受講可能になっています。こうしたセミナーを通じて、発達障害が疑われるお子さんがファーストタッチできる先生を増やしていくことが、待機期間を短縮するための最善の方法だと思っています。
発達障害に限った話ではありませんが、かかりつけ小児科医を持つことはとても大切です。発達に問題があるかもしれないと、突然近くのクリニックを受診しても、成長過程も普段の子育て環境も分からないお子さんだと、神経の専門でない先生の場合は戸惑うこともあるかと思います。ですから、ファミリードクターとしてかかりつけの小児科医をもち、予防接種や発熱などの受診を通して小さいときからの発達を経時的に診てもらっていただきたいと思います。
症状が重いお子さんについては、一次スクリーニングを経て専門の医療機関に紹介してもらうのがよいでしょう。
発達障害に関して、医療でしか対応できないのは投薬と書類を作ることです。それ以外については行政が適切な受け皿を作り、診断後の行き先をしっかり整理していただきたいと思っています。公的な支援については、都市部と地方で大きな差はありませんが、民間のサービスなどに関しては都市部が非常に充実していると感じます。医療と行政、福祉が適切に役割分担することによって、より適切なタイミングで医療につながることができるようになると考えます。
なお、日本小児神経学会のウェブサイトに「発達障害診療医師名簿」を公開していますので、受診を希望する場合は参考にしてください。
発達障害の研究は現在、「遺伝的素因の解明による薬剤開発」と「デジタルデバイス/ソフトウエアの開発」の2つのトレンドがあります。
発達障害の原因となる遺伝子について、家族性でありながら単一遺伝子の変異がほとんどの患者さんで見つかっていないことから、現在は複数の遺伝素因が関与する多因子遺伝と考えられるようになってきました。それぞれは影響が小さい遺伝子バリアント(変異)の積み重ねで発症するという考え方で、それを裏付けるデータも出ています。最近では、「Polygenic risk score(PRS)」という、遺伝子をまとめて解析する手法で、特に自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症で多因子が発症リスクにかかわっているというデータが出ています。
ただ、単一遺伝子が原因であれば標的となるタンパク質や分子を特定して創薬に結び付けるというストーリーが描きやすいのですが、多因子の場合はピンポイントで狙いを定めて薬剤を開発するわけにはいかないため、治療に結び付けるにはまだしばらく時間がかかると思われます。
デジタルデバイス/ソフトウエアに関しては2025年2月に、ADHDの治療用アプリケーションが日本でも製造販売承認されました。これまで、ADHDは環境調整と投薬によって治療していましたが、「患者さんごとに最適化された二重課題を行うことで大脳皮質を刺激し、不注意、多動性、および衝動性を改善するように促す」というまったく新しい切り口の治療が登場しました。
発達障害の治療におけるIT化の流れは止まらないと思われ、さらなるITの介入が期待されるところです。
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