連載トップリーダー 語る

少子化で変わる小児外科医療―患児の成長を見守る医師の挑戦

公開日

2025年09月04日

更新日

2025年09月04日

更新履歴
閉じる

2025年09月04日

掲載しました。
4241d1bf60

急激に社会構造が変化している現在、医療はさまざまな問題に直面しています。小児外科は一般の方にはあまり知られていませんが、先天性疾患や小児がんなどに対する外科手術を専門とする分野で、子どもたちの未来を支える重要な診療科です。

2025年6月に日本小児外科学会 理事長に就任された家入里志先生(鹿児島大学病院 小児外科 教授・診療科長)に、小児外科医療が抱える課題とその解決のために学会が果たしていく役割についてお話を伺いました。

急速に進む少子化という現実

小児外科領域における課題についてたずねると、家入先生は「やはり少子化ですね」と即答しました。少子化は政府の予測を大きく上回るペースで進行しており、特に新型コロナウイルス感染症の流行が始まった2020年からの5年間で急加速しています。家入先生が医師になった1994年当時の出生数が約120万人だったのに対し、2024年の出生数は約68万人、2025年は65万人程度となる可能性があり、将来的に50万人を割り込む時代も見え始めています。小児外科の医師にとって少子化の進行は患者数の減少に直結する深刻な問題です。患者数が減れば、当然手術を受ける患者さんの数も減少します。その結果、若手医師を育成するために必要となる手術経験数を確保することが困難になってきているのです。

小児外科学会の果たすべき役割

このような状況の中で、小児外科学会はどのような役割を果たしていく必要があるのでしょうか。家入先生は“専門医の育成システムの変革”を最重要課題として掲げ、この難局を乗り越えようとしています。

日本の医療システムの功罪

北米では、小児外科手術を行う医療機関を集約化し、専門医の数も制限しています。さらに、明確な役割分担によって小児外科医が手術のみに専念できる体制が確立されています。少数精鋭の小児外科医によって1施設あたり年間4,000~5,000例もの手術を行っているため、小児外科医一人当たりが執刀する症例数が非常に多く、それによって専門医の質が担保されているのです。

これに対して、日本の医療システムは大きく様相が異なります。日本では学会が認定する小児外科施設は200を超え、臓器移植のような特殊な手術を除けば米国のように患者さんが何百kmも移動する必要はなく、基本的に地元で治療を完結することができます。アクセスのよさは患者さんやご家族にとっては大きなメリットですが、医療機関が集約化されないことによって1施設あたりの年間手術数は約200~300例程度にとどまる施設が大半を占めます。遠方の医療機関を受診する際の移動や宿泊にかかる費用、仕事を休まなければならない場合の休業補償などが、公的医療保険の給付対象に含まれないことも集約化の足かせとなっています。

病院の統廃合による集約化も一つの選択肢になるものの、これも容易ではありません。かつて家入先生は鹿児島県内の小児外科2施設の病院長に集約化を提案しましたが、手術に必要なスタッフの数や人件費の問題で実現には至りませんでした。一部では、自治体の首長の強力なリーダーシップによって病院の統廃合が進んでいる地域もあるものの、例外的な事例といっていいでしょう。東京都内にも複数の小児外科施設がありますが、それぞれの病院の歴史や医師の教育機関としての役割、さらには大学系列・医局の違いなどが複雑に絡みあい、統廃合への道のりは険しい状況です。

「日本の医療システム上、集約化は事実上不可能に近い状況です。集約化が困難である以上、現実問題として医師育成のシステムを変えるしかない」と家入先生は強調します。

専門医育成システムの転換

現在、日本の小児外科手術の約8割は、東京・名古屋・大阪・福岡の大都市圏にある医療施設で行われています。家入先生は、これら大都市圏の医療施設のハイボリュームセンター(年間の手術件数が多くさまざまな症例を経験できる施設)で「小児外科を志す医師が若い時期にトレーニングを受けられるシステムを構築したい」と決意を語ります。一方、都市圏から外れる地方の小児外科医療を維持するために、経験豊富なベテラン医師の活躍に期待を寄せます。「ベテランの経験と知識が生かされる場面は多くある。長く小児外科を続けられている先生に、地方の小児外科を守ってもらいたい」と家入先生は話します。

成長を見守る医師のやりがい

小児外科医としてのやりがいは、長い年月にわたって患者さんの成長を見守れることだといいます。小児外科の仕事は手術をして終わりではありません。その後の長いフォローアップも重要な仕事です。

家入先生は「今年生まれた赤ちゃんは約80年以上生きる時代です。自分が手術をしたお子さんが結婚して子どもを連れてきてくれたときなど、自分がやってきたことはまんざら意味のないことでもなかったなと思うのです。まるで孫をみるような感覚ですし、時にはその子を抱っこして一緒に写真撮影をすることもあるんですよ。病気だからといってやりたいことを諦めさせたくない。その子がやりたいことをやれるようにしてあげたいと思います」と小児外科医としての思いを語りました。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

トップリーダー 語るの連載一覧