第20回 医療の質・安全学会学術集会が2025年11月8日、9日に京都市勧業館みやこめっせで開催されます。大会長を務める松村由美先生(京都⼤学医学部附属病院 医療安全管理部 部長/教授)は「日本の医療がより安全で質の高いものになることを目指して、さまざまな人の経験や知恵を共有し合いながら試行錯誤することが学会のミッション」と語ります。本学術集会では2日間にわたって多様なプログラムが用意されているほか、参加者が楽しみながら勉強できるよう、京都を満喫できるイベントも用意されています。大会長である松村先生に、学会テーマに込めた思い、プログラムの見どころ、皆さんへのメッセージなどを伺いました。
※早期参加登録は2025年9月26日(金)まで

今回の学術集会のテーマは「サステイナブルな質の改善と患者安全」としました。この「サステイナブル(持続可能な)」には2つの意味を込めています。
1つは、医療安全の取り組みの持続可能性についてです。医療現場では、手作業や目視による確認で安全性を担保しているケースが少なくありません。しかし、度重なる確認などに手間や時間がかかってしまうと脳は疲弊してしまいますし、ミスにつながる恐れもあります。一方で世の中全体を見てみると、技術の発展により効率性と安全性の両立が進んできているのが分かります。たとえば、コンビニやスーパーではバーコードの活用によって正確かつスピーディーな計算ができるようになっていますし、物流現場では荷物に貼られたバーコードの情報を読み取ることで荷物を間違いなく宛先に届けられるようになってきています。社会全体はこれだけ合理的になっているのに、いまだに医療の世界は人間が頑張らなければいけない状況から脱することができていません。薬の処方においてはバーコードを活用している病院や薬局も増えてきましたが、現在も目視で確認している現場もあります。バーコードを使いこなすことができれば、より安全な医療を効率よく提供できるようになるでしょう。医療における効率と安全を等しく育てていきたいという思いをテーマに込めました。
もう1つは、環境への負荷軽減についてです。医療用ガウンや手袋といった個人防護具、使い捨ての医療機器などの医療用廃棄物が環境に及ぼす影響が近年問題視されています。もちろんこれらは医療の質を維持するために大切な物品ではありますが、廃棄には環境に大きな負荷がかかります。医療と環境がどちらも共存していけるよう、必要以上の物品使用は避けるといった廃棄物を減らすなどの努力をすることは大切だと考えています。学会ではその問題提起もできればと思っています。
なお、今回のテーマ「サステイナブルな質の改善と患者安全」は、SDGs17の開発目標に合わせた17文字にして、それぞれの字には17目標のカラーを当てはめました(トップのポスター画像参照)。
本学術集会のプログラムは会員の皆さんから意見を募り企画しました。世界患者安全の日企画、学会連携企画、教育講演、シンポジウム、パネルディスカッションは全て皆さんのアイデアをもとにしたものです。医師、看護師、薬剤師、臨床工学技士、放射線技師などのさまざまな医療専門職に加えて、法律、医療情報、医療DX、品質管理、災害医療などの分野で活躍されている方々にご登壇いただくプログラムを多数ご用意しています。非常にバラエティに富んだ内容となっているので、きっと自分の興味と合致するプログラムに出合えることと思います。
私が大会長として企画したのは、大会長講演と国外・国内招聘講演です。国外招聘講演では、ブータン王立医科大学の西澤和子先生にお話しいただきます。ブータン王立医科大学はブータン国内初・唯一の医科大学であり、その設立に京都大学が協力をしたことから長年にわたり友好関係を培ってきました。以前、ブータン王立医科大学で医療安全教育に取り組まれている西澤先生から教育内容についてお話を伺ったときに、世界の最先端と感じるような内容で大きな驚きを受けました。私たちは物がない、お金がない、人がいないことをできない理由にしてしまいがちですが、ブータンのように医療資源に恵まれていない環境であっても、医療の質・安全の改善に向けて最先端の考えを持って取り組めることを、ぜひ皆さんに知ってほしいと思い企画しました。
国内招聘講演は、富山県滑川市の「ほたるいかミュージアム」の取り組みに関するお話です。ほたるいかは年に2か月ほどしか発光しないためミュージアムでは発光時期以外の閑散期の集客に苦難を抱えていましたが、VR(仮想空間)を使ったり、別の発光生物を展示したりするなどの工夫で集客数を伸ばしてきました。講演では運営者である小林昌樹さんと、ミュージアムのVR開発者である石村卓也さんに講演をいただきます。どのように協力し、アイデアを出し合ってきたのか、わくわくするような学びあるお話が聞けると思います。
大会長講演は「Duty of Candor:公正な文化の醸成と共に」という演題で、日頃私が大切にしていることや思いをお伝えしたいと考えています。
医療の現場で何らかのネガティブな事態が起こったとき、二度と同じ失敗を繰り返さないためには、プロセスに問題があったのではないか、もっと違う方法があったのではないかといったことを考えることはとても大切です。しかし、私を含めて人は誰でもそうですが、うまくいかなかった理由や経緯を事細かに問われるのは気持ちのよいものではありません。ただ、何も言わずに見過ごしてしまえば患者さんの不利益につながってしまいますし、医療者の成長の機会も逃してしまいます。一方で、高圧的な態度で考えや方法を押し付けても誰も聞く耳は持ってくれないでしょう。
「どうすればネガティブな状況に対して誠実に対応できるのだろうか」ということを医療安全管理者として私はずっと考えてきました。相手の気持ちに寄り添い話ができる雰囲気を作りながらも、こちらが伝えるべきことをしっかりと伝えるのはとても難しいことです。相手の性格によって伝え方を変えてみたり、自分自身のアプローチが本当に正しかったのか振り返ったりするなどしながら、自分なりのコミュニケーションスタイルを組み立ててきました。大会長講演ではこうしたお話をお伝えできればと思っています。
京都大学医学部附属病院の医療安全管理室では、病院での困った経験や改善点などについて患者さんから意見を集めるフォームをホームページに設置しています。医療を受ける中で感じた率直な意見を届けてくださるのは本当にありがたいことです。医療の質・安全向上のために何かを変える必要があるとき、単に私たちが「ここをもっと改善したほうがよい」と伝えるだけでは説得力に欠けてしまいますが、当事者である患者さんからの声であれば、現場のスタッフも納得して聞き入れてくれると思うのです。
たとえば、医療安全管理者として「手術前は起こり得るリスクをきちんと説明してください」という指摘をしても「リスクについてあまり細かく説明すると患者さんが怖がって手術を受けてくれなくなるかもしれない。そうなったら患者さんが不利益を被ってしまう」という理由で、こちらの指摘を聞き入れてくれない医師もいるかもしれません。しかし「手術の前には多少説明が長くなってもよいから、リスクについてきちんと説明してほしい」と患者さんからの声があれば医師も納得できると思いますし、実際に私たちのところにはこうした意見がしばしば届いています。
安全で質の高い医療を提供するために、当事者である患者さんの意見は大変貴重です。患者さんから届いた意見に対しては、しっかりと耳を傾けて必要に応じて調査を行うなど誠実に対応することを日頃から心がけています。
医療現場で働く皆さんの中には、日々たくさんの仕事をこなしながら効率的に多くの情報をインプットして、頭がいっぱいになっている人もいることでしょう。学術集会は普段の仕事から離れて学びに集中することができる大変貴重な機会です。目の前のセッションに集中していただき、疑問点が浮かんでくればそれは絶好のチャンスですのでぜひ恥ずかしがらずに質問をしてみてください。
今回は秋の京都を楽しんでいただけるイベントもいくつか用意しています。学術集会の前日には、知恩院にある国宝三門の上層部(楼上)の特別拝観ツアーを行います。通常非公開の三門楼上からは京都市内を一望できますし、記念品として御朱印帳もプレゼントします。また、京都大学と京都府立医科大学の表千家茶道部の方々にご協力いただき、学術集会の会場にあるお茶室で美味しいお茶とお菓子をお出しします。そのほか、学術集会に参加登録された方のお子さん(小学1年生〜6年生)を対象に調剤体験ができる「キッズ薬剤師」というイベントも開催します。お子さんを連れての参加がしやすいよう無料の託児所も準備しました。楽しみながら勉強できるよう、さまざまな工夫をこらしています。
本学術集会は運営メンバーの皆さんと一緒に2年前から少しずつ作り上げてきました。また学生のボランティアの方々も協力してくれています。たくさんの人の頑張りと思いが込められた素晴らしい学術集会になっていると思いますので、多くの方にご参加いただけるとうれしいです。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。