2024年4月から適用が予定されている医師の働き方改革。労働時間の短縮など医師の働き方が大きく変わろうとしている中、いかに多種多様な働き方ができる環境を作るかが、これからの医局に求められることでしょう。時代に合わせて変わる医局の姿をリポートするシリーズ第6回は、「自由」をモットーに掲げて働きやすい医局を作る、奈良県立医科大学整形外科教室教授、田中康仁先生のお話です。
大学医局に属していることの大きなメリットは「自分で時間を自由に使えること」です。唯一のメリットと言っても過言ではないかもしれません。それを目一杯に享受してもらいたく、医局員には自由に働いてほしいと思っています。何に時間を使っているのか管理したり、もっと働きなさいと言ったりしたこともありません。
一方で、医局は自由だからこそ“しんどい”場所でもあります。努力によって名が知られるようになると、学会発表や医学書の執筆といった仕事の依頼がどんどん舞い込んでくるようになり、いつの間にか仕事が山積みになっていきます。自由と競争が共存する場所であるがゆえに、研究活動は盛んに行われ医局が活発になります。しかし、時間を自由に使えるわけですからサボろうと思えば、どれだけでもサボれる。もしそのような状況になれば後輩に大学のポジションを譲っていただきたいと思っています。
これまで我が国では上質な医療に誰でもいつでもアクセスできるようになっていました。このシステムは医師のボランティア精神の上に成り立っていたものです。一昔前までは、働き盛りに燃え尽きてしまい、関連の病院を離れてクリニックを開業してしまう医師が多くいました。開業すれば手術をしなくなり、せっかく努力して培ってきた技術を捨ててしまうことになります。これは非常に残念なことですし、社会的にも大きな損失になります。そうならないためにも給与や病院でのポジションなどの待遇面が非常に重要で、勤務医を続けられるよう、医局員の待遇を改善してもらうようにお願いすることがよくあります。私の役割はいわば”労働組合の委員長”のようなものです。
多種多様な人が生き残れる場所でなければ、これからの時代に医局が生き残ることは難しくなるでしょう。いろいろな生き方が選択できれば、できるだけ医局を離れずに技術を生かした仕事を続けてもらえるのではないかと思っています。
先代の教授に続き、私自身も医師になって間もない頃から足の外科を専門にしてきたこともあり、足の外科では世界と競えるレベルだと自負しています。私たちが開発した人工距骨(きょこつ)全置換術*が2020年度から保険適用となったこともあり、全国から患者さんに来院いただいています。
現在力を入れているのが、「超音波(エコー)ガイド下」の診療です。超音波で体の内部を観察しながら手術や疼痛(とうつう)管理を行います。整形外科の手術では関節鏡(関節内部を観察する内視鏡)を使った手術が広く行われていますが、関節鏡は腔の中はよく見えますが、関節の外は見ることができません。超音波では神経など、関節外の組織も容易に同定ができ、手術による合併症を減らすためにもこれからは関節鏡と超音波を組み合わせた手術が登場してくるでしょう。
関節鏡の登場は整形外科診療を大きく躍進させました。超音波ガイド下はそれに続いて大きなブレイクスルーになると確信しています。現在、若手の医師は超音波を巧みに扱える技術を身につけようと、みな熱心に勉強をしています。自分専用の超音波機器「マイ・エコー」を持っている医師もいるほどです。彼らが竜巻の中心となり、後進を吸い上げて渦に巻き込んでくれているのです。そんな彼らの手によってこれから新しい技術が繰り出されることを、とても楽しみにしています。
*人工距骨全置換術:著しい障害を受けた距骨(足首にある骨の1つ)をアルミセラミック製の人工距骨に置き換える手術
2009年に教授に就任して以降、多くの留学生を受け入れており、これまでに国内と海外それぞれ40人ほどの留学生に来ていただいています。日本はほぼ全国から、海外は台湾や中国、タイ、マレーシアなどアジア諸国からの留学生が多いです。ちなみに台湾からの留学生は、生まれた自分の子どもに「Nara(奈良)ちゃん」と名付けたことを報告してくれました。これにはとても感動しました。新型コロナの影響で海外留学生の受け入れが一時ストップしていましたが、最近は少しずつ再開し始めています。
一方手術の手法などに関しては、各大学にそれぞれの特色があります。同じ術式であってもその手法はさまざまであり、ぜひ若手の医師には国内外の大学や病院で学んできてほしいと考えております。これまでにも多くの医局員が研修をさせていただき、学んだことを奈良に持ち帰り、さらに進化させて診療や研究にあたってくれております。
教授になってから入局人数は少しずつ増えてきており、例年10人ほどが新たに入局してくれています。私は学生時代にラグビーをやっていました。体が大きくてパワーがある人はフォワード、華奢でも足が速くて小回りがきけばバックスといったように、ラグビーは誰にでも合うポジションがあります。整形外科も同じように、誰にでも合うポジションがあると思っています。ですから、進路を迷っている人には整形外科を勧めています。
私自身、来る者は拒まずというスタンスですので、この医局に入りたいと思ってくれていれば大歓迎です。そのため他大学を卒業後に地元で働きたいという医師など、他大学出身の転入局者も多くいます。自由であることをモットーに「よく遊び、よく学ぶ」のが私たち医局の風土です。
これからの課題は、いかに女性医師がもっと活躍できる場にするかです。ただし“スーパーウーマン”になってほしいとは思っていません。それでは誰もまねできませんから。ごく普通の女性医師が、ごく普通の医局で着実にキャリアアップをしていく――。そうしたロールモデルをたくさん作っていきたいと考えています。
どの大学にも、代々受け継がれてきた自分たちならではのイメージやブランドというものがあるのではないでしょうか。奈良県立医科大学の整形外科は2代目の増原健二教授が“八方破れの野武士集団”と表現していて、今でもそのイメージは変わらないと思っています。若手の医師は先輩から学ぶことで成長します。そして次第に自分の技術として刷り込まれていき、次の世代に渡されていくのです。
そうして脈々と継承されてきた自分たちならではのイメージや技法は、医局の結び付きを強固にしてくれます。「自分はこの医局の一員なのだ」という仲間意識が芽生えることで、互いに切磋琢磨(せっさたくま)し合い、困ったときには助け合うことができるのです。“奈良県立医科大学ブランドの医師”として一人前の医師に教育することは、私たちに課せられた重要な使命です。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。