北海道は九州7県を足し合わせた2倍の面積があります。その広大な土地で暮らす人々の医療は、道内の医大から派遣される医師によって支えられています。医師を育てながら広い北の大地の地域医療を守るには、何が必要なのでしょうか。時代に合わせて変わる医局の姿をリポートするシリーズ第3回は、遠隔医療で診療と教育の両立体制を作り上げた札幌医科大学医学部消化器内科学講座教授、仲瀬裕志先生のお話です。
5年前に札幌医大に来て驚いたのが、北海道内各地に関連病院があることでした。北海道の広さは日本の他都府県とは桁違いですから、その広さを考えて医局運営にあたる必要があります。道東の根室市や紋別市の病院に医局から派遣した若い医師が、組織から離れて独りになってしまったと感じさせてはいけない。きちんとフォローし、教育もしていくことが一番大事なことだと思っています。
大学と関連病院を含めてワンチームとしてやっていかなければ絶対にうまくいきません。
そのための方策としてやっているのが、1つは派遣先病院での外来診療と大学での研究・診療の両立。もう1つが遠隔医療です。
道南の江差町にある道立江差病院に北海道の寄付講座ができ、医局から助教を1人常駐で派遣しています。ただし“行ったきり”ではありません。月~水曜日まで江差で診療をしたら、木曜日は大学で外来、金曜日は大学で研究や実験に従事してもらっています。
地域医療の現場に行くと、いわゆる「コモンディジーズ(一般的な病気)」の患者さんを診察することが多いと思います。地域医療の診療を行いつつ、大学に戻った時にはIBD(炎症性腸疾患)の患者さんの治療にとりくんでもらっています。IBDは前首相が罹患(りかん)されていた潰瘍性大腸炎や、クローン病を含む、原因がまだ明らかとなっていない難しい病気です。そうした特殊な患者さんを診る経験も非常に大事です。大学病院の医師としての教育もしっかり受けさせる。それが医局運営の基本で、一番大事なことだと考えています。
遠隔医療もすでに導入しています。今年から札幌と釧路、函館、帯広の病院をつないで、IBDの遠隔診療をやっています。
たとえば市立釧路総合病院の外来に患者さんが来て、札幌にいる僕とWebを通じてお話しします。患者さんの顔とデータを見ながら「こういう治療をした方がいいですよね」などと言うと、医局から派遣している若い先生も患者さんの隣で治療のことを全部聞くことができます。患者さんのデータは現地の先生が取ってくれます。おなかを触ることはできませんが、遠隔医療で患者さんのお話を伺いながら、若い先生の指導もできる、教育型システムの診療体制となっています。
道外の人だと距離感が分からないかもしれませんが、札幌から釧路へは約300kmもあります。車なら高速道路を使っても5時間はかかり、飛行機で移動してもおかしくない距離です。患者さんはその距離を感じることなく、大学に来なくても僕の診察を受けることができるわけです。
新型コロナウイルス感染症に後押しされたことはあると思います。遠隔診療を導入したおかげで、若い医局員と顔を合わせることが頻回にできるようになりました。もちろん、患者さんは遠距離通院をしなくてもいいわけですから、時間とお金をセーブできる、札幌から離れたところにおられる患者さんにとってはベストな診療体制が構築されつつあります。
市立釧路総合病院近隣あるいは道東に住んでおられるIBD患者さんで、難治性が高く、特別な治療が必要なIBD患者さんがおられた場合、市立釧路総合病院に受診していただければ、そこで診断・治療ができるようになります。これが可能になれば、患者さんの負担を最小限にできます。近い将来、市立釧路総合病院を道東地域のIBD患者さんのためのハブ病院にしていきたいと考えています。
現在は、診療報酬はついていません。遠隔医療の診療報酬を請求できる施設基準が、難病診療連携拠点となっているためかもしれません(本学は難病診療分野別拠点病院)。それは覚悟の上で、この遠隔診療に取り組んでいます。今すぐに診療報酬をもらうことよりも、遠隔医療の実績を積むことで、我々の行っている診療が道内のIBD患者さんの役に立っていることを多くの方々に認識していただくことが大事かと考えています。5年以内にこの診療システムを確立して、将来的には、診療報酬がつくようになればいいと思っています。でも、それは最重要ではなく、道内のIBD患者さんがどこにいても同じ治療が安心して受けられるようになることを目的として、遠隔医療の確立を目指しています。
次は道立江差病院とつないで、遠隔で内視鏡の研修をする予定です。ライブで内視鏡の画像を共有しながら、内視鏡の操作や内視鏡診断を指導します。
地域医療の現場に行ったら、検診が大事です。ですから、江差に関しては研修医の教育に遠隔診療を活用しようと考えています。
研究の面で言うと、医局員には論文を書くよう指導しています。医師として経験したことを医局内だけで共有しても、患者さんのためになりません。書いて世に出して多くの医師に読んでもらう。それも医師として大事な仕事です。
「NO PAPER、NO GRANT」。大学の研究費全体はいま減少傾向で、競争的研究費を勝ち取るためには論文は必要です。医局の中でもそういう意識がこの5年で浸透し、若い先生方がしっかりと論文を出してくれるようになってきています。
臨床でよく分からないことが出てきたら、基礎研究に立ち戻らないと解明できません。しかし、現実問題として、GRANTがなければ研究はできません。
ですから、大学医学部というところは、GRANTを獲得し、研究をして臨床に還元して……というPositive loopを回していかなければならないと考え、実践してきました。その結果、いろいろな成果が出てきているのは非常にうれしいところです。
地域医療を守っていくためには、“本丸”の大学がしっかりしていないといけないと思います。医師が飛行機に乗って飛び回るのではなく、関連病院と常に連携を取りつつ、Webも使って本丸から地域の診療に関わるような形を作っていく。若い先生が地方に行っても指導を続けられるシステムを構築する。これこそが本当の意味で地域医療を支えることになると確信しています。
若い先生が派遣先に行っても一人ぼっちにしない。それが基本かつ最低ライン。私たちははすでにこの取り組みを開始できていると感じています。
私はそば屋の息子で、父はお客さんにおいしいと思ってもらえるよう常に工夫を重ねていました。それがプロだからです。もうこの世にはいませんが、私がもっとも尊敬すべき人物が父です。医師の世界も同じではないでしょうか。我々はプロでなければならないと思います。若い人たちには、医師は勉強すればするほど患者さんのためになる、自分のためにもなる。だから、ずっと勉強してほしいと言っています。一生勉強ができる職業につけるなんて、ありがたいと思ってほしいと。
医局としては、教育に重点をおいています。私たちの教育によって育った医師が財産です。私は学生から「厳しい先生」と映っていると思います。なんでもかんでも怒るとか、理不尽にキレたりすることはありません。しかしながら、医師としてしっかりやるべきことができないと絶対に怒ります。頭がいいのはいいことです。しかしそれだけではなく、人として患者さんに対して一生懸命になれることを求めています。
いま入局してくれている研修医・専修医・専攻医はとても優秀です。みんな「全身が診られる消化器内科」を目指し、研鑽(けんさん)をつんでくれています。講座の長として、こんなにうれしいことはありません。若い彼らがどう成長してくれるかが本当に楽しみです。
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