連載脱「白い巨塔」―変革続ける医局の“自画像”

「創薬」と「育薬」で世界に影響を与える研究を-佐賀大学医学部 血液・呼吸器・腫瘍内科

公開日

2022年06月23日

更新日

2022年06月23日

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2022年06月23日

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脱「白い巨塔」―変革続ける医局の“自画像”【5回】木村晋也先生

白血病をはじめとする血液疾患の診療や研究に取り組む血液・腫瘍内科。血液疾患の中には、現状の医療では治癒が難しいものも少なくないため、新たな治療法や薬の開発が待たれています。時代に合わせて変わる医局の姿をリポートするシリーズ第5回は、佐賀県内の血液内科専門医数の増加に貢献し、世界に影響を与える研究に取り組んできた佐賀大学医学部血液・呼吸器・腫瘍内科教授、木村晋也先生のお話です。

医局制度の2つの意義

医局で育った医師の1人として、医局制度の意義は主に2つあると思っています。1つ目は若手医師の指導です。医局に所属すれば、患者さんへの対応など医師としての基本について十分な指導を受けることができると思っています。

新医師臨床研修制度では、研修医はスーパーローテート制度のもとで、1~2カ月交代でさまざまな診療科の研修を受けることになります。このため、十分な指導を受けることができないケースもあるように思います。各診療科では短期間の付き合いになることもあって、たとえ嫌われても厳しく指導しようという医師は少ないのかもしれません。そのまま医局に入らなければ、基本をしっかりと身に付けないまま診療に携わることになりかねません。入局している若手医師には、先輩医師たちも「嫌われようともしっかりと鍛えなければ」という思いで、指導することが多いでしょう。

2つ目は地域医療への貢献です。もともと、地域医療は医局制度によって機能していたという背景があります。かつては、2~3年など期限を設けて医局から若手医師を地方へ派遣するケースが一般的でした。医局制度がなければ、地域医療に従事する医師は減り、結果的に地方の患者さんが受けられる医療サービスのレベルが低下してしまうことも考えられます。

このように、医局制度は若手医師の指導、そして地域医療への貢献という大きな意義があったのです。近年は入局しない医師も増えていますが、医局制度はある程度、維持すべきものであると思っています。

「創薬」と「育薬」で世界に影響を与えていく

私たちの医局では研究に力を入れており、新たな薬の開発を目指す「創薬」と、すでにある薬をより安全に、そしてより効果が高く出るように育てていく「育薬」に取り組んでいます。

創薬では、製薬会社と共に新規の脱メチル化阻害剤(血液のがんの一種「慢性骨髄性白血病」の特効薬「チロシンキナーゼ阻害剤」の効果を高めるなどの作用がある)の開発に取り組んでおり、米国血液学会誌「Blood」などに論文も数本発表しています。2022年の夏以降に、臨床試験の最初の段階である第1相試験を国内で行う予定です。

創薬と並行して「育薬」にも取り組んでいます。私は、臨床医は育薬に取り組むべきだと考えています。承認されたばかりの新薬は、生まれたばかりの赤ちゃんのようなものです。新たに誕生した薬をいかに使っていくか検討するのは、我々のような臨床医にしかできないと考えています。そこで医師主導の臨床試験にも積極的に取り組んでおり、世界に先駆けて取り組んだいくつかの研究が医学誌「The Lancet  Haematology」にも掲載されました。NCCN(アメリカの主要ながんセンターで構成された非営利団体)やESMO(欧州臨床腫瘍学会)などのガイドラインにも引用されています。

掲載された研究を1つご紹介すると、70歳以上の慢性骨髄性白血病の患者さんへダサチニブという薬を標準的な量よりも減らしてもいいこと、超少量で十分に効果があることを示したものがあります。経済的、身体的な負担を減らすということをテーマに取り組んできたことが評価されて、Lancet Haematologyに掲載されたのです。

なぜこのように、世界に影響を与えるような研究が出せたのかというと、本当にその研究をやりたいという希望者だけで取り組んでいることが挙げられると思います。臨床研究を計画した際には、毎回、興味を持ちそうな人に個別に連絡をして「その研究に携わりたい」と希望する医師のみに集まってもらっているので、熱心に取り組んでいただくことができるのだと考えています。また、世界に発信するためにはスピードも大事です。時間がかかるほど、他の国から同じような研究が出てくる可能性が高くなりますし、早く結果が出た方が患者さんにとってもメリットが大きいはずです。ですから、研究計画書は基本的に少人数で確定して、可能な限り早くその後の研究へと進むようにしています。

世界に向けて研究を発表するために

基礎研究も臨床研究も大事ですが、症例報告が臨床医にとって最も重要なものと考えています。非常にまれな病気や非常にうまく行った治療や、逆にうまく行かなかったことなど、論文にしなければ個人的な経験に留まります。英語で症例報告を出せば、もしかしたら知らない国の患者さんの主治医がそれを見て治療のヒントが得られるかもしれません。また将来、研究論文を執筆するためのトレーニングにもなり、必ず医局員全員に年に1回は英文で症例報告を書いてもらっているのです。世界に向けて研究を発表していくために、英文で書くことを義務づけています。日本語で論文を執筆したとしても海外では読んでもらえません。症例報告を1本書くためには、しっかりと勉強しなければなりません。そういう機会に勉強する素地もできると思っています。

また、大学院に入学したら極力臨床業務を外し、研究に専念できる期間を2~3年設けるようにしています。留学にも対応しており、いろいろな形で医局員がキャリアアップできるよう支援しています。その中で、私が教授に就任してから12年の間に他大学に3人の教授を輩出しています。

近年は働き方改革にも取り組んでいます。医局員には、「18時に帰れる人が偉いと思ってほしい」と度々伝えています。私自身、率先して18時には帰るようにしているので、以前と比べてみんな早く帰るようになっています。現在は、2つのチームに分けて少なくとも土日のどちらかは完全に休める体制の構築に努力しています。今後はさらにしっかりと休暇を取れる環境をつくっていきたいです。

佐賀県の血液専門医数増加に貢献

私は、2009年に佐賀大学医学部血液・呼吸器・腫瘍内科の教授に就任しました。就任したタイミングで、血液科と呼吸器科が統合され、さらに新たに設けられた腫瘍内科も合わせて本講座が誕生しました。その当時、佐賀県の人口に対する血液内科専門医数は47都道府県の中で最下位でした。県内で血液内科のある医療機関は限られており、医局員の数はそのまま血液専門医の数に直結していました。それが、2015年度には佐賀県の血液内科専門医数は全国6位まで上昇しました。これはちょっとした自慢です。現在では、佐賀県は人口あたりの血液内科専門医数が豊富な県の1つになっています。

なぜそんなことができたか。私たちは医局員の不足を解消するために、全国から医師を集めました。その名残もあり、現在も助教以上の役職の出身大学はほぼ全員異なります。多様性のあるメンバーが集まっていて、とても面白いです。さまざまな医局員がいることにひかれて入局してくれる若手医師もいます。

私たちのような地方の国公立大学では、人材の確保が課題の1つといえます。特に、血液・腫瘍内科は“人気がない診療科”といえるかもしれません。扱う血液疾患は予後が悪いものが多く、負担が重いと感じる医師もいるようです。そんななかで入局者を増やすために、酒食を共にすることなども含めてできるだけ若手医師と交流するよう努めてきました。さらに、学会に参加したときや東京への出張時などは、血液・腫瘍内科に興味がある若手医師と交流することを大切にしてきました。

血液・腫瘍内科医は「究極の総合内科医」

今後はさらに医局員を増やしたいと思っています。人材は何よりも大切です。学生の皆さんに研修などで伝えているのは、「血液・腫瘍内科医は究極の総合内科医」であるということです。それくらい多様な症状を診なければならないので「血液・腫瘍内科医を頑張れば、どんな患者さんも診療することができると思う」と伝えています。また、研究の結果が臨床に反映されるのが早かったり、薬の開発につながったりしますので、そういうところもアピールしていきたいと思っています。
 

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